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シュネーバルとレイク

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

シュネーバルの趣味の園芸。

251シュネーバルとレイク


 エンデュミオンの温室の手前側にある菜園は、香草ハーブ一寸ちょっとした野菜を植えてある。四季の関係ない温室なので、植えて手入れをすればなんでもなるいい加減さなのだが、最近はシュネーバルが面白がって、種や苗をイシュカにねだっては色々と育てている。

 いつもはシュネーバルに頼むと収穫してきてくれるのだが、今は森番小屋にお泊まりに行っているので、孝宏たかひろは籠を片手に温室にやってきた。

「ディルとパセリは……あったあった」

 パチンパチンと必要な分だけ、採取用の鋏で切り取る。

「苺も赤くなってる」

 いつもなら朝にシュネーバルが収穫してきてくれる。多分、その場でおやつとして食べてもいるのだろう。

 真っ赤になっているものを選んで籠に入れる。

「あとは蕪」

 夕食に使う分だけ抜いて、根に付いた土をこすり落とす。

「こんなもんかな。ん? これなんだろ」

 畑の端に見覚えのない葉が生えていた。

 黒森之國くろもりのくにには孝宏が知らない植物も多い。そういうものには手を出さず、エンデュミオンやシュネーバルに確かめるようにしている。

 その植物は濃い緑色の幅広の葉を持ち、紫色の花を咲かせていた。

「綺麗な花が咲いてるね。薬草なのかな?」

 エンデュミオンかシュネーバルが植えたのなら薬草か香草だろうと、孝宏は菜園の植物にたっぷり水を与えてから温室を後にした。


「ただいまー」

「お帰り、孝宏」

 温室から二階の居間に上がった孝宏を、エンデュミオンが迎えた。ヘルマンの所から戻ってきたのかと頷く。しかしシュネーバルの姿はなかった。

「エンデュミオンもお帰り。あれ、シュネーは? 今日もお泊まり?」

「ヘルマンの森番小屋に人狼の兄弟が一緒に暮らす事になったんだが、弟の方の体調が悪くてな。シュネーバルが心配してくっついている。二、三日で帰ってくると思うぞ」

「シュネーいた方が治り早そうだもんね」

「そうだな。悪化はしないな」

 幸運グリュック妖精フェアリーの力は伊達ではない。但し、シュネーバルに好かれていないと効果がないが。

 エンデュミオンはソファーに座っていたイシュカとヴァルブルガの隣によじ登った。

「ふう」

「お疲れだな、エンディ」

 イシュカが手を伸ばし、エンデュミオンの耳の付け根を掻いてくれる。

「んー、ヘルマンの小屋から、アルフォンスのところに寄ってきたんだ」

 ぴたりとイシュカの手が止まる。もう少し掻いて欲しかったので、エンデュミオンは頭を擦り付けて催促する。再びイシュカの指が気持ちの良い所を掻いてくれる。

「クレフとハシェが──人狼兄弟なんだが漂泊の民でな、定住許可証を貰ってきたんだ」

「定住するのに許可証が要るの?」

「通常は街や村の管理者や代理人に届ければいいんだ。漂泊の民は移動する人狼の部族として知られている。物凄く幸運値が低くて、不運を呼ぶと言われるから。実際は本人が不運なだけなんだがな」

「つまり、定住許可証はその漂泊の民が安全ですって証明になるのかな?」

「そういう事だな」

 孝宏は台所のテーブルに籠を置き、蕪を流し台の中に入れた。苺は水で洗って軽く水気を取り、硝子のボウルに入れる。

 苺を洗った時に盥に溜まった水で、蕪の土汚れを洗いながら、孝宏はソファーのエンデュミオンに話し掛けた。

「そういえばさ、温室のハーブ畑に見慣れない植物あったけど、あれ何ていうの?」

「どんなやつだ?」

「葉っぱが広くて濃い緑で、竜胆が開いた時みたいな形の紫色の花が咲いてたなあ」

「それこの間のやつかな?」

 イシュカがエンデュミオンの後頭部を撫でて言った。

「温泉に行った時に、ケットシーの畑の脇に生えていた苗をシュネーが貰ってたんだ、回りの土ごと木の器に入れて」

「……」

 肉球を顎に当てて黙って考えていたエンデュミオンは、同じく黙っていたヴァルブルガを横目で見た。

「……温室に行ってみないか、ヴァルブルガ」

「うん」

 ポンポンッと二人の姿が消える。そして間を置かずにすぐに戻ってきた。真顔で。

「イシュカ、本当にあれをシュネーバルが採取してきたんだな!?」

「ああ。自分で掘ってたけど」

 イシュカの答えを聞いて、エンデュミオンとヴァルブルガが床にぱたりと倒れ込んだ。

「うあー」

「にゃあー」

「ええ!? どうしたんだ、二人共」

「何? どうしたの?」

 慌てるイシュカに、孝宏が台所から出て来て、床に転がるエンデュミオンとヴァルブルガに驚く。

「……あれはマンドラゴラだ」

「へ? 引っこ抜くと叫ぶやつ?」

「それなの」

「引っこ抜いた人死んじゃうんじゃないの?」

「最悪はな。もし引っこ抜くなら、防音結界を張ってから抜かないと危険だ」

「シュネーって結界張れた?」

 コボルトは学習して物事を覚えるタイプの妖精フェアリーで、シュネーバルは孝宏と一緒に黒森之國語の書き取りをしているのだ。魔法もエンデュミオンや魔法使い(ウィザード)コボルト達から教わっている。

「シュネーバルはまだ結界を覚えていない筈だ。中級以上の結界でないと、マンドラゴラに叫ばれたら気絶するんだが」

「いや、シュネーは普通に苗を掘ってた気がする」

 イシュカがヴァルブルガを抱き上げ、膝に乗せる。エンデュミオンも起き上がり、再びソファーに上った。

「マンドラゴラを育てるのはコボルトが適していると言われていて、ハイエルンの〈黒き森〉で栽培しているらしい」

「コボルトと相性良いのかな?」

「他の種族には謎が多いんだ、マンドラゴラは」

「今カチヤとお風呂入ってるけど、上がったらヨナタンに聞く?」

 ヨナタンもコボルトなので、何か知っているかもしれない。

「そうだな。詳しくは帰ってきたらシュネーバルに聞くしかないが。菜園にマンドラゴラがいると紛らわしいから、広場の方に移って貰いたいしな。どちらかと言えば、土から出て貰っていた方が安全だ。引っこ抜かれる心配がない」

「引っこ抜いたら枯れない?」

「精霊水を勝手に飲むだろう」

「は?」

 その言い方だと、マンドラゴラが動き回りそうではないか。孝宏は恐る恐る確認した。

「マンドラゴラって、自分で動くの?」

「引っこ抜かれただけならな。切り刻まれたら駄目だろうが、きちんと飼えたら、使う時だけ根を貰えばいい」

 飼う。マンドラゴラは飼うものなのか。想像がつかない。

「根の形は様々で、人型だったり動物型だったりするから、性格も違うらしい。マンドラゴラは頻繁に使う物じゃないから、手間をかけて飼う者は少ないぞ。その都度根っこを買う方が早い」

「だよね……」

 マンドラゴラを黙って育てていたシュネーバル。何だか、拾ってきた動物を内緒で飼っている子供のようだ。

「シュネーバルが帰ってくるまで、ちゃんとお水あげておくよ」

「うん」

 先程孝宏が近くに行っても、マンドラゴラは動かなかった。うっかり引っこ抜かれる危険を、マンドラゴラも避けているようだった。

「他の人達には知らせる?」

「妖精が一緒にいれば大丈夫だと思うが。生えている香草や薬草を収穫するのは妖精だけだろうし」

 それに大抵皆一言断ってから収穫していく。

「やれやれ、何年生きてもエンデュミオンの知らない事が起きるものだ」

 くふふと笑い、エンデュミオンは尻尾でソファーを楽しげに叩いた。


 あの後、お風呂上がりのヨナタンを掴まえ、エンデュミオンはコボルトは日常的にマンドラゴラを掴まえて育てるのか問い質した。

「しない、おこられる」

 エンデュミオンの質問に、ヨナタンは思い切り首を横に振った。どうやらコボルトでも、マンドラゴラを育てるのは決まった系譜の家だけだったらしい。しかし、子供のコボルトがマンドラゴラを拾って来るのは良くある事で、本能的に安全な収穫の仕方を知っているのだと言う。

「まわりのつちといっしょにね、こう」とヨナタンが身振りで収穫方法を教えてくれたが、ケットシーの前肢では難しいとエンデュミオンは判断した。

 シュネーバルが留守の間にマンドラゴラを枯らす訳にいかないので、孝宏とエンデュミオンは周りの香草や薬草と同じように、毎日精霊水を掛けてやった。マンドラゴラは孝宏達に正体がばれている事を知らないからか、相変わらず微動だにしなかった。

 そうして、シュネーバルがエンツィアンに送られて帰って来たのは二日後だった。

「ちゃかひろー」

「お帰り、シュネー」

 床に膝をついた孝宏の腹に抱き着き、顔を擦り付けているシュネーバルをにこにこと見ていたエンツィアンに、エンデュミオンは手招きする。

「エンツィアン」

「何?」

「エンツィアンの住んでいた村で、マンドラゴラを育てていたか?」

「決まった家では育ててたけど、うちでは育ててない。──シュネー!?」

 エンデュミオンの問いに何かを感じ取ったのか、エンツィアンはシュネーバルを勢いよく振り返った。

「シュネー、マンドラゴラ拾った?」

「……」

 シュネーバルは抱き着いていた孝宏のシャツを握ったまま、エンツィアンとエンデュミオンの顔を交互に見、じわりと紅茶色の目に涙を浮かべた。

「ないないないっ」

「シュネー!」

 どうやらマンドラゴラを拾ってはいけないと知っていたらしいシュネーバルに、エンツィアンが声を荒げる。

「まあ待て、エンツィアン。シュネーバルが大事に育てているものを捨てて来いとは言わん」

 エンデュミオンはやんわりとエンツィアンを制止した。

「うう、でも危ない」

「エンデュミオンの温室の中で育てて、あらかじめマンドラゴラが居ると解っていればそれ程危険では無い。もう土から出してもいい大きさなら、抜いてしまった方がいいと思うのだが、どうだシュネーバル。その方がマンドラゴラも好きな時に精霊水を飲めるだろう」

「う」

 こくんとシュネーバルが頷いた。納得して貰えたようだ。

「さっそく温室に行くか」

 エンデュミオンはエンツィアンと、シュネーバルを抱いた孝宏と共に温室に向かった。温室には幼いグラッフェン達も来るので、安全な状態にしておく必要がある。

 温室は手前が菜園で、奥が広場になっている。二重扉から温室の中に入り、孝宏はシュネーバルを地面に下ろしてやった。直ぐにシュネーバルがマンドラゴラの傍に駆けて行く。

「れいく!」

 名前を付けていたのか、と思ったが誰も指摘しなかった。ただ「捨てて来い」という結論にしなくて良かったと思ったが。きっと物凄く泣かれたに違いない。

 シュネーバルが近付いた途端、わさわさとマンドラゴラの葉が揺れる。

「れいく、つちからでていいって」

「温室の中は自由に歩いて良いぞ。取り敢えず不審者に叫んでも気絶程度にしてくれると助かる。ここで死人は出したくないんでな」

 エンデュミオンの言葉に、わさりとマンドラゴラの葉が頷くように揺れた。

「う、うー」

 シュネーバルが鼻歌を歌いながらマンドラゴラの周りの土を前肢で掘って行く。本来鼻歌を歌いながらやる作業ではない気がする。シュネーバルはマンドラゴラの周りに薄く土を残したまま掘りあげた。

「う」

 土から出たマンドラゴラは、ぶるぶると身震いして土を振るい落とす。その姿は孝宏の想像とは大分違った。

「コボルトっぽい……?」

 赤茶色のマンドラゴラはコボルトに似た形をしていた。ただし、前肢の部分は太めの根が二本あるが、下肢は何本もの根に分かれている。尻尾の部分は細かな根が集まっていた。

「植物だからな。大抵は赤子に似た姿をしていると言われているが、これは一寸変わり種だな」

 マンドラゴラは円らな黒い瞳でシュネーバルを見上げ、「キャン」と鳴いた。

「な、鳴くの!?」

「知能が高いマンドラゴラは喋る」

 動揺する孝宏に、エンツィアンが答えた。

「えええ、喋るマンドラゴラから根っことか貰うの!?」

「喋る方が交渉は出来る。植物に近い程危険」

「そうなの!?」

 交渉が出来ないので、即死攻撃の叫びを食らうそうだ。

「シュネーバル、レイク、こっちにこい。キルシュネライトに挨拶しておこう」

「う」

「キャン」

 温室の精霊の泉のぬしは水竜キルシュネライトである。マンドラゴラのレイクを覚えておいてもらわねばならない。彼女のご機嫌を損ねたら、レイクを尻尾で叩き折りそうだからだ。

 菜園から広場に移動し、エンデュミオンは水盤の縁で寝そべっていたキルシュネライトに声を掛けた。

「キルシュネライト」

 ─あら、どうしたの? 珍しいものを連れてるわね。

 眠ってはいなかったらしく、キルシュネライトは前肢の上から顔を上げた。

「シュネーバルが育てているマンドラゴラのレイクだ。温室の中を歩き回って、そこの水盤で水を飲むがいいか?」

 ─水盤の中に土を入れないならいいわよ。

 温室の精霊の泉は湧き出し口のある深い水盤と、その水盤から滴る水を受ける水盤の二つがある。飲用に使うのが上の水盤で、キルシュネライトが浸かったり寝床にしているのが下の水盤である。

「う」

 シュネーバルは孝宏に手伝って貰いながら、レイクの本体に付いた土を洗い流した。

「キャンキャン」

「根っこの間の土も落としてね」

 孝宏はエンデュミオンが持っていた木鉢に水を溜め、レイクの土を落としてから、芝生の上に置いてやる。レイクは植物なのにほんのりと温かかった。不思議な生き物である。

 さわさわと下肢の根っこを動かして、レイクが下の水盤に入る。植物なので根から水を吸収するのは変わらないようだ。

「キャウー」

 小さなコボルトが満足げに風呂に浸かっているようにしか見えない。頭に葉と花が咲いているが。

 見た目が可愛いので、温室に来るクルト達にも説明さえしておけば大丈夫だろう。魔女ウィッチグレーテルや薬草師のラルスなどは面白がりそうだ。

「これもアルフォンスに伝えないと怒られるかな」

「フラウ・フィリーネにも伝えておいたほうがいいかもよ、エンディ」

「はぁ、仕方あるまい」

 水盤に浸かるレイクの前にしゃがんで話しているシュネーバルとエンツィアンの後姿を見守りながら、エンデュミオンは言葉とは裏腹に楽し気に笑った。


森の中に自生するマンドラゴラ。コボルトの子供はよく拾って来て親に怒られます。

イシュカは実物を見たことが無かったので見逃したという。

シュネーバルも菜園に隠してこっそり育てていたのでした。

レイク、実はもう少しちゃんと喋れます。

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[良い点] シュネーバルが可愛いすぎる 人間の子供が犬や猫を拾ってくる感じかな [一言] シュネーファンとして一推しのお話です
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