シュネーバルのお泊り(前)
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森番小屋にシュネーバルがお泊りに来ます。
248 シュネーバルのお泊り(前)
〈黒き森〉の森番ヘルマンは森番小屋の拓けた敷地の一角に家庭菜園を作っている。毎年雪が解けたら畑を耕し、雪が降り始める前に冬支度をする。それの繰り返しだ。
今年は北方コボルトのエンツィアンが一緒なので、雪解けを待って二人で朝から畑に出ていた。
畑はまず土から作らねばならない。冬の間雪捨て場にしている為、雪で押し潰されていた土を起こすところからだ。
「地の精霊、手伝って貰えるか?」
ヘルマンは相性のいい精霊の一つである地の精霊に頼み、畑の土を天地替えして貰った。硬い土が一気に柔らかく、濃い色の土に変わる。一応冬前に腐葉土を梳き込んではいるのだが、それなりに良い状態のようだ。
「有難う」
お駄賃を求めて姿を現した地の精霊に、林檎を蜜煮にして干したものを渡してやる。この畑に居る地の精霊はずんぐりした灰色の鼠の姿をしている。灰色の鼠は林檎の蜜煮を受け取るとぱっと姿を消した。
「よし、じゃあ石拾いだ」
「石?」
「何回耕しても小石が出て来るんだよね」
エンツィアンに答え、ヘルマンは足元にあった小石を拾う。元々は〈黒き森〉の端だったこの土地を、領主の依頼を受けて開拓したのはヘルマンの先祖達だ。木を切り根を掘り起こし、耕していった土地なのだ。
小石が残っていると、鍬などの農具が傷む事もあるので、目に見えるものは拾うようにしている。
「あった」
早速エンツィアンも小石を見付け、拾っては籠の中に入れて行く。こうして拾い集めておいた小石は麻袋にまとめておけば、たまに村の大工が砂利として利用する為に回収していく。稀に魔石が出て来る事もあるが、それはヘルマンの取得物になる。
「あ、これ魔石だ」
「それはエンツィアンが取っておいていいよ」
今日もエンツィアンが小さな緑色の魔石を見付けていた。畑として長年使っているからか、木や水の属性の魔石が出る事が多いのだ。
畑を半分程確認して、ヘルマンとエンツィアンは畑の脇に置いてあるベンチに座って休憩した。小石拾いは腰に来る。
水出し紅茶の入った水差しをエンツィアンに〈時空鞄〉から出して貰い、コップに注いで一息入れる。薄く切った黒パンに柔らかいチーズと蜂蜜を塗って、これまた薄く切った林檎を並べ肉桂を振ってオーブンで焼いた物をおやつ代わりに食べる。これはエンツィアンが気に入っていて、朝食にも良く作る。
ポンッ。
瓶のコルクを抜くような音を立てて、エンデュミオンとシュネーバルがベンチの脇に〈転移〉してきた。〈転移〉の練習でもしているのか、エンデュミオンはシュネーバルと前肢を繋いでいた。
「やあ。遊びに来たのかい?」
ヘルマンにエンデュミオンがニヤリと笑った。
「シュネーバルがエンツィアンに会いたがったからな」
「にーに!」
シュネーバルがぴょんぴょんと跳ねる。エンデュミオンはシュネーバルの背中を肉球で優しく叩いた。
「どうせならお泊りしてきたらいいんじゃないかとなってな。これにシュネーバルの着替えなどが入っている」
〈時空鞄〉からコボルト織の布包みを取り出し、エンデュミオンはヘルマンに差し出した。
「お泊りって大丈夫なのか?」
「ヘルマンとエンツィアンが居れば寂しがったりしないと思うぞ。何かあったらエンデュミオンを喚んでくれればいいし。好き嫌いは殆どないから、食べ物を少し小さめに切ってもらえれば大丈夫だ」
ヘルマンは料理が出来るから安心だ、とエンデュミオンは笑った。それから再び〈時空鞄〉に黒い肉球のついた前肢を突っ込み、持ち手付きの籠を取り出した。
「ほうれん草と燻製肉のキッシュと、コッペパン──柔らかいパンが入っているから食べてくれ」
「有難う」
「明日の夕方に迎えに来る。ではエンデュミオンは家に戻る。さてシュネーバル、怖い事があった時はどうするんだった?」
エンデュミオンの問いに、シュネーバルは右前肢を上げた。
「う! へるまんとにーにつれておうちかえる」
「よし。良い子だ」
「うー」
エンデュミオンに褒められ、シュネーバルが紅茶色の目を細める。
どうやらシュネーバルは〈Langue de chat〉に帰宅するという、一方方向での〈転移〉は出来るようになったらしい。
「エンツィアンも何かあったら、うちの裏庭目掛けて〈転移〉してこい。二人共許可してあるから」
「うん」
「ではな」
再びぽんっと音を立てて、エンデュミオンが姿を消した。
〈Langue de chat〉の敷地は、最初にあの場所に棲み付いた妖精であるエンデュミオンの縄張りらしい。大魔法使いが縄張りにしている土地の守りは、おそらく領主館よりも強固ではないかと思う。
「おいで。シュネー」
ヘルマンはシュネーバルを抱き上げ、自分とエンツィアンの間に座らせてやった。
「にーに!」
嬉し気にシュネーバルがエンツィアンに抱き着く。土で汚れるからと、今日は服を着ていなかったエンツィアンの胸に頬を埋めて巻き尻尾が揺れている。
シュネーバルは一般的なコボルトの半分あるかないかの大きさだ。種族的に平原族より力のある採掘族であるヘルマンは、少しだけ気を使ってシュネーバルに触れてしまう。
「にーに、なにしてたの?」
「ヘルマンと畑を起こして、小石拾いだよ」
「しゅねーばるもやる」
「おやつ食べたら一緒にやろうか」
「う!」
シュネーバルにヘルマンは林檎の乗ったパンを切り分けてやり、喉詰まりしないように水出し紅茶も飲ませる。
「おっちー」
気に入って貰えたようだ。
休憩をした後、今度は三人で残り半分の畑を見回り、小石拾いをした。当然、汚れるのでシュネーバルの服を脱がせて。
「こいしーこいしー」
歌うように呟きながら、シュネーバルが土の上に覗いている小石を拾っていく。
「こいしーこいしーみみじゅー」
「ん?」
何か今、小石以外の単語が聞こえた。思わずヘルマンとエンツィアンはシュネーバルを振り返った。
「にーに!」
「おぅ……」
シュネーバルがうねうねとのたうつ太いミミズを掴んで、満面の笑顔になっていた。身体の小さなシュネーバルが持つには中々の大物だ。
「凄いの捕まえたなー」
後で前肢を良く洗わせようとヘルマンは頭の片隅に書き加える。
一瞬真顔になっていたエンツィアンも、シュネーバルに近付き頭を撫でた。
「大物だな、シュネー。だけどミミズは土の中で大事なお仕事があるから戻してあげような」
「う!」
シュネーバルは、素直にエンツィアンが浅く掘った穴にミミズを入れ、土を掛けた。その後は小石だけを拾い、内心ヘルマンとエンツィアンを安心させるのだった。
「いつもより、魔石が多い?」
畑の小石拾いの結果、三人が三人とも魔石を数個ずつ拾っていた。
「うー!」
今までこんなにまとめて魔石が出た事はなかったのだが、シュネーバルが緑や青、透明の魔石を白い毛皮で擦って磨き、空に翳して喜んでいるので良いかと思う。
「ヘルマン」
「ん?」
くいくい、とエンツィアンにズボンの裾を引かれ、視線を合わせてしゃがむ。近くなったヘルマンに、エンツィアンが囁いた。
「シュネーバルは幸運妖精だから」
「……ああ、なるほど。ってこんな所にも影響出るの!?」
「出る」
幸運妖精が欲しがられる理由が解った。好意がある者に対して、本人は無意識に幸運を与えるのだ。下手をすると不幸を与えられるので扱いが難しいが、採掘族が多いハイエルンでは昔から欲しがられたのは納得だ。きっと鉱山の当たりが良くなったに違いない。
「シュネー、毛皮で魔石を磨いたら泥だらけになるよ」
「う?」
エンツィアンの忠告は既に遅く、シュネーバルの白い毛は土で薄汚れていた。〈Langue de chat〉では小綺麗にしているが、意外と無頓着らしい。
「お風呂に入ればいいさ。シュネーはお風呂好きだよな?」
「しゅきー」
ヘルマンとエンツィアンが〈氷祭〉の際に泊めて貰った時、シュネーバルは毎晩孝宏達に風呂に入れて貰っていたものである。
「エンツィアンと一緒にお風呂入ろう」
「にーにとおふろー」
ぴょんぴょんとシュネーバルが跳ねる。
「片付けるから待ってて」
ヘルマンは集めた小石を麻袋に入れて物置に片付け、喜ぶシュネーバルとエンツィアンを抱えて家に戻った。
土にまみれているエンツィアンとシュネーバルをバスタブに入れ、よくブラシを掛けてからシャワーでお湯をかけて石鹸を擦り付ける。コボルトの毛皮は良く泡立つ。
「あわわーあわわーぶぶぶぶ」
「こらシュネー、歌うのは後だ」
口に石鹸の泡が入りかけたのか、シュネーバルの尻尾が肢の間にくるりと入る。
エンツィアンが先にシュネーバルを洗ってから、ヘルマンがエンツィアンを洗ってやった。
「流すぞー」
「うん」
「う」
揃って前肢で目を覆ったエンツィアンとシュネーバルにヘルマンはシャワーのお湯を掛けてやる。石鹸を流した後、カモミールの香油をお湯で薄めたものを掛けてから、軽くシャワーで流す。
「よし」
浴布で二人を拭いてやり、風の精霊に頼んで毛を乾かしてもらう。
「ふう、さっぱり」
「しゃっぱり」
汚れが落ちてふわふわになったエンツィアンとシュネーバルは、満足そうだ。
「俺もシャワー浴びちゃうから、お水飲んでゆっくりしてな」
「うん」
「う」
二人を居間に送り出し、ヘルマンも身体の汚れを落とし、服を洗濯した。
着替えて居間に行くと、エンツィアンとシュネーバルはソファーの上で昼寝をしていた。ちゃんとソファーに畳んで置いてあった、昼寝用の焦げ茶色の毛布を掛けている。
ピスーピスーと鼻を鳴らして並んで寝ているのが可愛い。毛色こそ違うが、兄弟だけあって顔は良く似ているのだ。
「お昼は貰ったキッシュかなー」
パンとキッシュはあるので、果物の用意位はしようとヘルマンは台所に向かったのだった。
まだ一人であちこちには行けないシュネーバルですが、〈Langue de chat〉には〈転移〉出来るようになったようです。
畑に行くといつも汚れて帰って来るシュネーバルを孝宏は叱らないのです。多分、キルシュネライトのほうが、「服で汚れた前肢を拭かないの!」と叱っていそうです。
ミミズは孝宏に「ミミズは土を元気にしてくれる凄い生き物だ」と教わったので、掴まえて見せてくれました。褒められて満足。
シュネーバルは〈Langue de chat〉で育っている為、鼻歌部族です。