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春の領主会議(後)

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

エンデュミオンを召喚します。


247春の領主会議(後)


 会議が始まっても、ココシュカはアルフォンスの膝の上で大人しくしていた。お茶の代わりに蜂蜜ホーニック入りの牛乳ミルヒを貰ってご機嫌だったのもあるだろう。ちょろちょろしだしても、アルフォンスが撫でると喉を鳴らして姿勢を直す。

「次はハイエルンだな」

 マクシミリアン王の言葉に、軽く咳払いをしてから、ハイエルン公爵コンラートが持参してきた資料にちらりと目を落としてから口火を切った。

「ハイエルンでは鉱山で新たな熱鉱泉が見付かりました」

「熱鉱石は使用量が多いから嬉しい発見だな。鉱石は封じられている魔力が切れると鉱泉に戻して回復させなければならないのがな……」

 魔力を使いきった鉱石は、各々の性質を持つ鉱泉に戻しておけば、そのうち能力を取り戻す。但し、大きさにもよるが回復に罹る時間は半年や一年はざらだ。

「……」

 こて、とココシュカの頭が右に傾き、左に傾いた。それからぐぐーっと上を向き、アルフォンスの胸に後頭部から倒れ込んできた。

「……」

 物言いたげにココシュカがアルフォンスの顔と背後に立つクラウスの顔を交互に見詰める。会議中なので、声を出すのを我慢しているらしい。その代わりせわしなく、尻尾の真珠色の鱗を持つ蛇がチロチロと舌を出している。

「ココシュカ、何か言いたいのなら言ってごらん」

「ぎゃう。人は妖精フェアリーに頼まない?」

「ん?」

「妖精は鉱石元気に出来るけど頼まないの? エンデュミオン良い子良い子してた」

 ココシュカの発言に、会議室に沈黙が訪れた。

「……陛下、他にも聞きたい事がありますし、エンデュミオンを召喚して宜しいでしょうか」

「頼む」

 マクシミリアンが頷くと、アルフォンスは起き上がったココシュカの頭に軽く掌を乗せた。ココシュカが前肢を上げてエンデュミオンをぶ。

「エンデュミオーン!」

 一緒になってココシュカの尻尾の蛇がキシャーと鳴いていたが、慣れているマクシミリアンは別の事を問う。

「アルフォンス、魔物トイフェルのココシュカが喚んでエンデュミオンが来るのか?」

「ココシュカは元々エンデュミオンが保護していますから」

 ココシュカはエンデュミオンの庇護下にあると思って良い筈だ。

 果たして、いつもより少し間をおいてから、ポンッと円卓の上にエンデュミオンが現れた。

「ふん、やはり喚ばれたか。遊びに来たカティンカから、アルフォンス達が領主会議に行ったと聞いていたのだ。お茶菓子を用意していて良かったな」

 傍らにあったバスケットを、エンデュミオンは黒い肉球で撫でた。

「それにしても、どうして円卓の上に出てしまうのか……」

 エンデュミオンはぶつぶつと呟きながら円卓の上を歩いて、クラウスがアルフォンスの隣に用意した子供用の椅子に座った。エンデュミオンはリグハーヴス公爵領の領民なので。

「クラウス、これをお茶請けに──毒味をするか?」

 エンデュミオンはクラウスに差し出し掛けたバスケットの蓋を開け、中からピンク色のマカロンを一つ取りだした。そして隣のアルフォンスの膝に居るココシュカを呼ぶ。

「ココシュカ、あーん」

「あーん」

 素直に口を開いたココシュカの舌の上に、エンデュミオンがマカロンを乗せる。

「ココシュカ、食べて良いぞ」

「……」

 もぐもぐとココシュカの口が動き、ごくりと嚥下する。

「うまい。ベリーの味がする。もっと食べたい」

「これは皆の分だから、ココシュカにはあとで別にやろう」

「ぎゃうぅ」

 エンデュミオンに額を撫でられ、ココシュカが目を細める。

「クラウス、お茶を淹れ直してくれ」

「はい、御前」

 クラウスと部屋の中に居た騎士が、衝立の陰にある簡易台所に移動しお茶を淹れる。

 お茶を蒸らす間にクラウスがマカロンの乗った皿を配る。エンデュミオンは幾つかある種類をそれなりの個数持ってきたらしい。

 ワゴンで運んで来たティーカップに、目の前で紅色の茶を注いで出席者に配り、クラウスはアルフォンスの元に戻って来る。

 王と領主の集まる領主会議は、文字通り國の各領を治める者達が集結する。その為、入室出来る者は限定されている。女官も入室させないので、お茶は誰が淹れても良いのだが、この面子の中で一番お茶を淹れるのが上手かったのがクラウスだった。

「どうぞ」

有難う(ダンケ)

 エンデュミオンとココシュカの前にも、ミルクティー(ミルヒテー)のカップが置かれる。ココシュカはアルフォンスにカップを持って貰ってミルクティーを舐めていたが、エンデュミオンはカップに二つある把手の輪に前肢の先を突っ込み、器用に持ちあげて水面みなもを舐めていた。普段から飲んでいるクラウスの淹れたお茶だからか、満足そうな息を漏らす。

「ふう。で、何でエンデュミオンを喚んだのだ?」

「鉱石の事で聞きたくてな」

 マカロンを摘まんだ指先を白いナプキンで拭い、マクシミリアンがティーカップを持つ。

「鉱石?」

「使い切った鉱石は鉱泉に戻して復活させるだろう? もしかして妖精でも復活させられるものなのか?」

「ふうん?」

 エンデュミオンは鮮やかな黄緑色(ゲルプグリューン)の瞳で、キロリと会議室内を見回し、なで肩をすくめた。

「結論を言えば、出来る。だがやるのは交換出来る鉱石が近くにない時だけだ。黒森之國くろもりのくにはそれ程行き急いで何かをする必要はないだろう。村や街中に妖精が居るのはハイエルンとリグハーヴス位だと思うが──エンデュミオンはハイエルン領にこの事が知らされるのを良しとしない」

 ハイエルンの住人は定住しているコボルトを使役してきた歴史がある。もし鉱石の能力を復活出来ると知られたら、またもやこき使われる恐れがある。

「頼むなら非常時に、領主自らコボルトに頼む事だな」

「そうなろうな」

 コンラートも納得したのか、重々しく頷いた。ハイエルンではコボルト解放令を断行し、漸く領内に隠れていたコボルト達が現れ始めたばかりである。再びコボルトを追われる身にする訳にはいかなかった。

「妖精は鉱石を復活出来るなら、魔物はどうなんだ?」

 アルフォンスが、ココシュカに薄紫色のマカロンを食べさせながら言った。

「魔物は鉱石の魔力を食べるから逆効果だぞ。ほら、ココシュカ」

 エンデュミオンは〈時空鞄〉から、サクランボ位の大きさをした薄紅色の魔石を取り出した。

「あーん」

 ココシュカの開いた口に、エンデュミオンは魔石を放り込む。ココシュカは口の中で魔石を舌で転がしてから、テーブルの上にそっと吐き出した。ころりと転がった魔石はすっかり透明になっていた。

「と言う訳だ。魔石も鉱石も魔力を再充填すれば使えるがな。ココシュカは魔石を残してくれたが、魔石や鉱石ごと食べてしまう魔物もいるから、お薦めしない。魔物は結構大食らいだしな」

 ココシュカもかなり大食らいだが、クラウスの魔力の質が良いのと、アルフォンスにもおやつに魔力を貰っていたりするので、領主館にある鉱石や魔石に手を出さないのである。

「ココシュカ、お前はなんでも貰って……」

「屑魔石だから気にするな、クラウス」

 こめかみを押さえるクラウスに、エンデュミオンはひらひらと前肢を振った。

「ぎゃうー」

 ココシュカは色々とおやつを貰えてご機嫌である。

「来て貰ったついでにもう一つ。フィッツェンドルフの港の水竜の問題だ。キルシュネライトが移動した後、後任が見付かっていない。リグハーヴス領に連れてきてしまったから、うちで水竜勧誘の手伝いをしなければならないだろう」

「エンデュミオンがキルシュネライトを連れて来たしなあ。でも元々はフィッツェンドルフできちんとキルシュネライトを祭らなかったからだぞ。レベッカに言っても仕方ないが」

 気まずいのかアルフォンスにちょっぴり耳を伏せてみせてから、エンデュミオンは俯きがちなレベッカに顔を向けた。

「確か……フィッツェンドルフの竜騎士に水竜は居なかったか」

「はい。居りません」

 ぱっと顔を上げたレベッカが答える。

「そうなると、水竜の棲み処に行って勧誘だなあ。まあ、レベッカとエルヴィンなら大丈夫だろう。領主会議が終わったら、エンデュミオンに精霊ジンニー便をくれるといい。水竜の棲み処につれていくから」

「良いんですか!?」

「フィッツェンドルフに水竜がいないと困るだろう」

有難うございます(ダンケシェン)!」

 レベッカは立ち上がり、エルヴィン共々エンデュミオンに深々と頭を下げた。

 エンデュミオンはミルクティーを舐めながら、じぃっとレベッカとエルヴィンを眺める。

「……フィッツェンドルフは命拾いをしたな」

 純朴なレベッカが残っていたので、月の女神シルヴァーナに慈悲を貰えたようだ。そうでなければ、フィッツェンドルフ公爵家は消えていただろう。

 小さな呟きはアルフォンスとクラウスにしか聞こえていなかったらしい。驚愕の視線を向けられたが、神と言うものは優しいだけではない。

 ミルクティーを舐め終え、エンデュミオンは自分の前に置かれていたマカロンの皿を、ココシュカの前に寄せてやった。

「ぎゃう?」

「シュネーバル達が楽しみにしているから、また遊びに来い」

「ぎゃうー」

 べろりとココシュカがエンデュミオンの頬を舐め、尻尾の蛇を立てる。

「エンデュミオン、うまー」

「こら、魔力を舐めるな」

 肉球でココシュカを軽く叩き、エンデュミオンは椅子の座面に立ち上がった。

「ではエンデュミオンはそろそろお暇する。クラウス、これもやろう。ではな」

 エンデュミオンはクラウスに〈時空鞄〉から取り出したクッキーの大袋を押し付け、〈転移〉していった。

 エンデュミオンの姿が消えると、会議室内にあちこちから溜め息が零れた。ケットシーの小さな身体を持ちながら、膨大な魔力を抱えているエンデュミオンは存在が大きいのだ。主である孝宏たかひろが平気なのは、魔力を殆ど持たない〈異界渡り〉だからだろう。

「フィッツェンドルフの水竜の件は、エンデュミオンに案内を頼むと言う事で決まったな。レベッカ、事態が動いた暁には報告を頼む」

「承知致しました、陛下」

 部屋の傍らに机を与えられた書記の立てるペンの音が、室内にカリカリと伝わる。

「では、次の報告へ──」

 こうして、領主会議は粛々と続く。


領主会議後半です。漸く、フィッツェンドルフの水竜問題が動き出します。

キルシュネライトをつれてきちゃったんで、ちゃんとお仕事をするエンデュミオンです。

ココシュカはエンデュミオンにとても可愛がられています。

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