春の領主会議(前)
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領主会議に出かけます。
246春の領主会議(前)
「御前、馬車の用意が出来ました」
「有難う。王宮に一気に行ければ楽なのになあ」
「正式な訪問ですから、仕方ありませんよ」
ぼやくアルフォンスに、クラウスは上着を着せ掛けた。
ただマクシミリアン王に会いに行くだけなら、カティンカに頼んで王の執務室に〈転移〉してもらえばいい。しかし今回は正式に領主会議に参加するので、領主アルフォンス・リグハーヴス公爵が移動したというのを表だって知らしめる必要がある。
「主、カティンカは?」
「カティンカはお留守番だ。人見知りがあるからね」
カティンカは知らない人がいる場所は苦手なのだ。王の執務室に行くのならば、既にマクシミリアンと側近のツヴァイクに会った事があるので挙動不審にならないだろうが、いまだ他領の領主達には会っていない。
「まあ、フラウ・エルゼの件があるしな」
「……」
じろりとクラウスはアルフォンスを睨んだ。
現在のところ、クラウスはエルゼに正式に交際を申し込んでいない。その為、誰か他の者に先を越されると、エルゼとカティンカは他領に行ってしまうかもしれないのだ。
「だからな、カティンカに目を付けられると困るから、連れていかないんだ」
「そうか」
「何ココシュカに説明しているんですか」
「お前がさっさとしないからだろう」
「……」
そんなに簡単に告白出来れば苦労しない。ハァと溜め息を吐き、クラウスはソファーからココシュカを抱き上げ、「行きますよ」とアルフォンスに押し付けた。
正面玄関に回していた馬車に乗り込み、魔法使いギルドへと向かわせる。
ガラガラと車輪の音を立てて馬車が丘の上からなだらかに下る坂道を進んで行くと、並木道の端を歩く少女の背中が見えた。
「エルゼとカティンカ!」
アルフォンスの膝の上から窓の外を見ていたココシュカが、嬉しそうに蛇の尻尾をピンと立てた。
馬車と擦れ違う時、エルゼは会釈をし、カティンカは前肢を振っていた。声が聞こえたら「いってらー」と言っていただろう。
「お見送りか、クラウス」
「ぎゃうう」
「昨日、領主会議に行くとは伝えましたが、フラウ・エルゼは休日ですから〈Langue de chat〉へ行くのでしょう」
ニヤニヤするアルフォンスとココシュカに、クラウスはこめかみを押さえた。ココシュカの養育にはアルフォンスも関わっているので、時々物凄く似た反応をするのだ。しかも変なところが似る。
速度を落として街中を通り、魔法使いギルドの前で馬車を下りる。
「おはよー」
「おはよー」
「おはよー」
今日は手伝いに来ていたらしい、南方コボルトのクヌートとクーデルカ、それに北方コボルトのホーンがカウンターからわらわらと出てきた。
「王宮の魔法使いの塔まで頼みます」
クラウスが利用台帳に記名して、カウンターの内側に居るヨルンに代金と共に渡す。
「はい、確かに。転移部屋へどうぞ。皆、ご案内してください」
「わう!」
声を揃えて答え、コボルト達が先に立って地下への階段を下りていく。ココシュカを抱いたアルフォンスとクラウスがその後に続く。
「転移陣の中に入ってね」
「ココシュカちゃんと抱いててね」
「危ないからねー」
ちょろちょろしそうなのがバレている。
転移陣の回りで三人のコボルトが杖を掲げる。
「いっくよー」
とん、と杖の石突きが触れると、転移陣に銀色の光が走った。ふわりと白銀の光が立ち上る。
「いってらっしゃーい」
賑やかなコボルト達に見送られ、アルフォンス達は王都へと〈転移〉した。
王都の魔法使いの塔では、小麦色の耳と尻尾の人狼である、ジークヴァルトが待っていた。ジークヴァルトの肩には赤い火竜アルタウスがしがみついている。
「お疲れさまでした」
「皆ばらばらで来るから待つのも大変だろう」
「いえ、皆様近い時間にいらして下さいますよ」
微笑んでジークヴァルトは、塔から出る扉を開けてくれる。
魔法使いの塔は昔エンデュミオンが暮らしていた場所で、彼が暇に飽かして好きなように改造し、限られた者しか扉を開けられないのだ。
「ぴゅ」
「ぎゃう」
アルタウスとココシュカは鼻先をちょんと合わせ挨拶をした。初顔合わせだが、大丈夫のようだ。
「こちらをどうぞ」
クラウスはジークヴァルトに領主館の菓子職人イェレミアスが作った焼き菓子の包みを、〈時空鞄〉から取り出して差し出した。
「ぴゅ、ぴゅ」
フスフスとアルタウスが身を乗り出して包みの匂いを嗅ぐ。
「有難うございます。後でアルタウスと頂きます」
嬉しそうにジークヴァルトが包みを受けとると、その端を待ちきれないアルタウスが齧った。
「こら、アルタウス」
「ぴゅーぅ」
ジークヴァルトがアルタウスを窘める声を背後に聞きながら、アルフォンス達は王宮へ続く白い石畳を進んだ。
王宮は王が公式な執務をする前宮と、私的な居住区である後宮とに分かれている。
領主会議は前宮に近い後宮にある一室で行われる。集うのが王と領主、その側近のみだからだ。
前宮と後宮の間には騎士の守る関があり、武器の確認をされる。
「恐れ入ります、閣下」
「ご苦労様」
アルフォンスは関の手前にある小部屋で、身に付けていた懐剣をテーブルに置いて、騎士に確認させる。変な仕掛けなどがないか、〈看破〉の術が使える魔法使いが調べるのだ。
「お返し致します、閣下」
アルフォンスの懐剣はすぐに戻された。
「次はヘア・クラウス、お願い致します」
「はい」
クラウスは執事服のあちこちから暗器の投げナイフや、大振りのナイフを取り出し、挙げ句に上着の下に隠していた〈時空鞄〉から魔剣ココシュカを引き抜いた。
「それとこの子も」
アルフォンスからココシュカを受け取り、テーブルに乗せる。
「は……?」
部屋に居た騎士と魔法使いが、ココシュカを見て目を丸くする。
「主、テーブル冷たい」
テーブルに乗せられたココシュカは文句を言って、クラウスに飛び付いてきた。肉球が冷たかったらしい。
「御前、頼みます」
クラウスはココシュカを撫でてから、アルフォンスに託した。そしてまず魔剣ココシュカを指を揃えた右手で示す。
「こちらが魔剣ココシュカ」
次に、すっとアルフォンスが抱くココシュカを示す。
「こちらが魔物ココシュカ。魔剣に憑いている魔物です。普段は剣の中に居ますが、今日は外に出ています」
クラウスの説明に顔見知りの魔法使いが、納得顔になる。
「ああ、話に聞いてはいたんですが、会うのは初めてですね。魔剣持ちの騎士は中々いませんから。ココシュカは殆ど白虎なんですね。おやおや可愛い子だ」
「ぎゃうう」
可愛いと言われて、ココシュカが尻尾の蛇をぐにゃぐにゃさせる。
「そして相変わらずえげつない量の武器を持ってますねえ、ヘア・クラウス。……はい、異常なしです」
「王宮騎士を信用していない訳ではありませんが、領主は懐剣しか持てませんから」
領主を守るのは側近の役目である。
クラウスは手早く武器を元の位置に戻した。これで漸く後宮へと入れる。
関を抜け、慣れた王宮内を歩く。ココシュカは剣から出て見るきらびやかな設えに、口を半ば開けたまま天井を見上げていた。天井にも彫刻や天井画があるからだろう。
王宮騎士が扉の両脇に立つ会議室に辿りつくと、やはりココシュカに視線が向けられた。
「こんちはー」とココシュカが挨拶したが、見た目が明らかに魔物なので、警戒されても仕方がない。関を通って来ているので、安全は保証されているのだが。
「これはクラウスの魔剣のココシュカだ」とアルフォンスが取り成し、会議室に入る。
広い会議室の中には円卓が置かれ、回りを囲むように置かれた椅子には、既に先客が居た。
赤い髪の若い女性が椅子に座り、その後ろに黒い髪と狼耳、尻尾を持った人狼の側近が立っている。
フィッツェンドルフの新しい領主レベッカ・フィッツェンドルフ公爵と、騎士から側近になったエルヴィンだろう。まだ執事服に慣れていない初々しい感じがする。
王家の血を引く公爵家では銀髪に紫色の瞳で産まれる子供が多いが、レベッカのようにもう片親の血が濃く出る事もある。ハイエルン公爵コンラートも白髪混じりの焦げ茶色の髪をしているし、ヴァイツェアのハルトヴィヒも黒髪系の森林族だ。
王家から各公爵家への降嫁や婿入りは時々行われるが、今では一番王家と血が近いのが、リグハーヴス家だったりする。
部屋に入ってきたクラウスとアルフォンスに気付き、レベッカは機敏な動作で椅子から立ち上がった。元騎士らしく無駄のない動きだ。
「お久し振りです、リグハーヴス公」
「こちらこそ、フィッツェンドルフ公。──水竜はまだ?」
「はい。何しろ棲み処も解らずで……」
「うちにも関わりのある事柄だからな。今回の議題に上がるよ」
何しろエンデュミオンが関わっているので、リグハーヴスとしては言い逃れ出来ない。
「あの、ところでその子は? 魔物ですよね?」
「ぎゃう?」
アルフォンスの腕の中から、ココシュカがレベッカを見上げる。澄んだ赤紫色の瞳は魔物の証だ。
「この子はクラウスの魔剣の中身でね。悪戯好きだが、大人しい子だよ」
「主持ちでしたか」
主持ちの魔物は主の命令に従うので、主の身に何かあった時以外は、暴走しない。
フィッツェンドルフは淫魔で傾いたから、魔物を警戒する気持ちは解る。
それから間もなくコンラートとハルトヴィヒも到着し、アルフォンス達は席に着いた。この二人はココシュカに以前会った事があり、アルフォンスの膝にココシュカが座っていても気にしなかった。
「陛下のお成りです」
声掛けがあり、会議室の扉が開いた。一斉に領主達は立ち上がる。
マクシミリアン王とツヴァイクが部屋に入って来るのを見て、ココシュカが前肢を伸ばす。
「マクシミリアン! ヘンリック!」
「ココシュカか。久し振りだな」
マクシミリアンがココシュカを抱き取り、翼の付け根を慣れた手付きで掻く。
「私を封じ名で呼ぶのはお前位だよ」
ツヴァイクもココシュカの顎の下を指でくすぐる。ぐるぐるとココシュカが喉を鳴らした。学生時代からの顔見知りなので、ココシュカは彼らを名前で呼ぶのだ。
「クラウス、どうしたんだ? 魔剣の外にココシュカを出して」
「出してというより、出てくるんです」
表情を変えず、クラウスが答える。
「リグハーヴスに居る妖精達と遊びたがるので」とアルフォンスが補足する。
「ああ、最近も増えたんだったな」
頷いてマクシミリアンはアルフォンスにココシュカを戻した。
マクシミリアンの執務室にはクヌートとクーデルカが時々遊びに行くので、妖精が増えればアルフォンスが伝えなくても知っているだろう。
マクシミリアンが先に椅子に腰を下ろし、領主達が追随する。各々の側近が椅子の背後に立ち、アルフォンスの膝に座ったココシュカは両前肢をテーブルに掛け顎を乗せる。
「さあ、始めようか」
マクシミリアンの一声で、会議は始まった。
年に何度かある領主会議。王と四人の公爵とその側近で行われます。
聖都は政治には関わらないので、参加しません。
王は複数の妃がいるので、子供も多いです。その為、降嫁や婿入りもあるのですが、その時点で継承権は剥奪されます。