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クラウスとココシュカ

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

クラウスとココシュカの出会いです。

243クラウスとココシュカ


 魔物トイフェルというものは、ある日突然出現する。木の股から産まれるとも言われているが定かではない。

 大昔は國中に居たとされる魔物も、今では殆どが地下迷宮ダンジョンの中だ。そして地下迷宮の中では、狂暴牛や眠り羊のような動物型から、吸血鬼ヴァンパイアや淫魔のように人型になれるものまで様々な魔物が産まれる。

 そして、稀に装飾品や武器に棲み憑いた魔物も産まれる。人族も属性付きの装身具や魔剣を打てるが、地下迷宮産の魔剣との違いは、中に魔物が棲んでいるかいないかだ。

 地下迷宮産の魔物が棲む装身具や魔剣は、手懐ければ強力な相棒となる。但し、魔物に好かれあるじとみなされなければならない。もし無理に使役しようとすれば、いつ寝首を掻かれるか知れないからだ。


 ココシュカは気付いた時には大剣の中に棲んでいた。地下迷宮のそれほど深くない階層だったが、森の奥深くにある廃城の中に一人きりだった。

 どれだけ経ったか解らなかったけれど、ある時城の中に冒険者がやってきて、剣から出ていたココシュカを見て驚いて逃げ出していった。

 それがココシュカには面白くて、やってくる冒険者を物陰から驚かして遊んでいたのだが、これが原因で数年後にエンデュミオンがやって来たのだ。

 エンデュミオンはココシュカに驚かなかった。

「驚かないの?」と聞いたら、エンデュミオンはココシュカの頭を撫でて、本体である大剣のある場所まで案内させた。

 そして、そこで魔物としてのココシュカがまだ幼い事や、このまま冒険者を驚かせ続けると討伐されるかもしれない事を懇切丁寧に説明した。

 魔剣は魔力を吸収しないといけないことや、主を見付ければ共に行動出来る事なども。

「どうして主が解る?」

「うーん、主の魔力は美味しいらしいぞ。だからココシュカは、魔力が美味しい者を捜せば良いだろう」

「そうか」

 エンデュミオンはその時ココシュカに魔力を分けてくれたが、エンデュミオンはココシュカの主にはなれないらしかった。魔力は結構美味しかったのだが。

「エンデュミオンは魔法使い(ウィザード)だから、ココシュカ程大きい剣は振り回せないし、武器を持つ事は許されないのだ」

「そうか」

 ココシュカにも遠巻きにしている人族が数人居るのは解った。

 エンデュミオンがココシュカの安全を確認した後、周囲に居た騎士達が姿を現したが、エンデュミオン以外の他人に触れられるのは嫌だったココシュカは、成体化して自分の大剣を背負って地上まで移動したのだった。

 ココシュカは王宮預かりとなった。時々エンデュミオンが顔を見せに来る以外は、半年に一度騎士候補生が魔物付きの武器の適正があるかどうかやって来る。主を見付けて武器庫から去っていくもの達もいたが、ココシュカは中々主を選ばなかった。

 エンデュミオンに言われた通り、近くに来た騎士候補生の魔力を味見してみたココシュカだったが、総じて好みではなかったのだ。

 長い年月が過ぎ、エンデュミオンが武器庫に姿を現さなくなって暫く経った頃、ココシュカは時々魔剣から出て武器庫の中をうろうろするようになっていた。

 他の武器憑きの魔物達は殆ど武器から出てこずに、眠っている事が多い。皆ココシュカよりも歳上で、何度も武器庫に戻ってきているものも少なくない。

 幼体化して動き回ると、それなりに武器庫は広さがある。武器の種類によって区分けされている部屋を、ココシュカは良く散歩した。

 ある日、いつものように武器庫の中を散歩していたココシュカの耳に、重厚な扉が開く音が聞こえた。

 ココシュカは武器を陳列している台の陰から、入ってきた者を観察した。大抵はココシュカに気付かず出ていくからだ。

「良いのか? マクシミリアン」

「父上に許可を貰ってる。アルフォンスは次代リグハーヴス公爵だから、何があるか知っておいた方が良いだろう」

 武器庫に入ってきたのは四人の少年だった。二人は銀髪で、一人は淡い茶色の髪、最後の一人は黒にみえる程色の濃い黒灰色の髪だった。

 ココシュカは少し遠巻きにしながら、そろそろと少年達を追い掛けた。

 少年達は銘のある武器を中心に陳列台を眺めていく。部屋を移って行く少年達を追い掛け、ココシュカも間口を通り抜ける。

「ぎゃう!?」

 間口を通った途端、首根っこを掴まれ身体が宙に浮いた。間口の陰に隠れていた少年に気付かなかったのだ。

「あれ? ケットシーじゃなかった」

 じたじたするココシュカの顔を覗き込んだのは、濃い色の髪の少年だった。

一寸ちょっと、クラウス! 可哀そうだからちゃんとお尻支えてやりなよ」

「咄嗟に捕まえたから。こうか? ヘンリック」

 茶色の髪の少年に叱られ、濃い色の髪をした少年がココシュカを抱き直す。彼の名はクラウスと言うらしい。

「何捕まえたんだよ、クラウス」

「いや、視線を感じたから……。アル、この子何だ?」

「私に聞かれても」

「ココシュカ、キメラ!」

 置いてきぼりにされたココシュカが、自分で名乗る。

「ココシュカって言うと、大剣の魔剣か。遊びに出てきてたのか?」

 銀髪の少年の一人が、ココシュカの頭を撫でた。この少年はココシュカも何度か見た事があった。この黒森之國の王太子マクシミリアンだ。

「うん」

 頷いて、ぷらぷらさせていた尻尾の蛇を、ココシュカはクラウスの腕に巻き付ける。

 アル、と呼ばれていた銀髪の少年が、ココシュカを指差した。

「……つまり、これは剣の中身?」

「いや、魔物憑きの武器は、憑いている魔物も外側の武器も本体なんだ。だから一般的にはあんまり外に出ないんだけど」

「ちゃんと温かいけど」

「そりゃあ、生きているからな」

 クラウスにマクシミリアンが肩を竦めた。

「……」

 彼らが話し終えるのを待っていたココシュカだったが、そわそわし始めていた。このところ魔力供給がご無沙汰だったからだ。

 ここは武器庫であり、魔剣といえど普通の武器扱いされる。たまに魔法使いが来て魔剣に魔力を供給していくが、彼らは魔力に味があるとは思っていないらしい。何が言いたいかというと、ココシュカの好みの味ではなかったのだ。

 エンデュミオンが来てくれていた間は、彼からしか魔力を貰っていなかったので、不味い魔力もあると知らなかったのである。

 ぐうーっとココシュカの腹が鳴った。

「……魔剣って腹が減るのか?」

「魔力供給が必要じゃなかったかな」

「誰でも良いのかな?」

 アルフォンス、マクシミリアン、ヘンリックが頭を付き合わせる中、「とりあえず、燻製肉のサンドウィッチでも食っておけ」とクラウスは腰に着けていたポーチ型の〈魔法鞄〉から、蝋紙で包まれた物を取り出した。

 ココシュカを片腕で支えつつ、器用に蝋紙を剥いてサンドウィッチという物を口元に持ってきてくれる。

「あーん」

 差し出されるままに、はぐりと齧る。燻したような匂いと美味しい味が口に広がる。ココシュカは魔力とエンデュミオンがくれた菓子位しか食べた事がなかったので、これが鶏肉の味だと知らなかった。

「うまい」

「ちょっ、クラウス何食わしてんの!?」

 サンドウィッチを食べているココシュカに気付いたヘンリックが、ぎょっとした顔になる。

「いや、あげたら食べたから。食べられない物なら食べなさそうだし」

「お前ね……。お腹痛くなったら言えよ、ココシュカ」

 アルフォンスが呆れて、もぐもぐと口を動かしているココシュカをつつく。

「ココシュカ、お水飲みたい」

「はいはい」

 クラウスは〈魔法鞄〉から木のコップを取り出し、魔法で水を注いだ。武器庫は水の精霊(マイム)は殆ど居ない。その為クラウスは自分の魔力で水を作り出したのだ。

「これなら魔力も取れるだろう。ほら」

 今度も口元にコップを寄せてくれたので、ココシュカは水を舌で舐めた。

「ぎゃう!?」

 ビビッと全身の毛が逆立つ。クラウスの魔力水はとてつもなく美味しかった。

「変な味がしたか?」

「ぎゃうぎゃう!」

 コップを遠ざけられ掛け、ココシュカは慌てて太い前肢で死守した。鼻先をコップに突っ込むようにして、魔法水を貪る。

「……クラウス、お前何飲ませたの?」

「ただの魔法水なんだが。美味いのか?」

「んぐ、美味しい!」

「びっしょびしょだな」

 口の回りが濡れていたらしく、クラウスに布で拭かれる。

 ココシュカはクラウスの胸を前肢でたしたしと叩いた。

「ココシュカ、クラウスの魔剣になる!」

「はあ!?」

「あのね、エンデュミオンがココシュカは、魔力が美味しい主に憑けば良いって言ってた」

大魔法使い(マイスター)エンデュミオンが?」

「あー、クラウス」

 恐る恐るマクシミリアンが挙手した。

「殿下、何かご存知ですか?」

「ココシュカはエンデュミオンが地下迷宮から連れてきた魔剣で、申し伝えが残されているんだ。──ココシュカの選んだ主に渡すようにと」

「はあ……」

 クラウスの胸にココシュカは頭を擦り付け、ゴロゴロと喉を鳴らしている。

「私に拒否権は」

「ない。妖精フェアリー憑きと同じだからな」

「私に大剣を振り回せと?」

「主に選ばれれば、ココシュカは軽いんだそうだ。持ってみると解るぞ」

 皆でぞろぞろと魔剣の並ぶ部屋に移動する。その部屋の陳列台の中でもココシュカは大きかった。ココシュカが自分の大剣を前肢で示す。

「ココシュカ、これ」

「よし」

 ココシュカの名前が書かれた札の奥にある、装飾の少ない黒鞘の大剣をクラウスは手に取った。左腕にはココシュカがいるので、右手一本で掴み上げる。

「お」

 大剣は軽々と持ち上がった。普通の騎士なら片手で持ち上げるのは無理そうな大剣だ。

「確かに持てますね」

「という訳で、今日からココシュカはクラウスの物だから」

「これ、國の宝物ほうもつじゃないんですか?」

 マクシミリアンは悩ましげな溜め息を吐いた。

「そうなんだがなあ、魔剣は生きた武器だから、休暇中の魔剣以外は、いつまでも武器庫に置いておけないだろう?」

 魔力供給の為の魔法使いも派遣しないとならないからだろう。例えそれが不味い魔力だとしても。ちょっぴりココシュカは味を思い出して震えてしまった。クラウスの魔力の味を知ってしまうと、もう無理だ。

「特にココシュカはエンデュミオンからの申し送りのある若い魔剣だから、父上も文句はない筈だ」

 王家は大魔法使いエンデュミオンに多大なる負い目がある。王都の防衛は今でもエンデュミオンが遺した魔法陣で守られているのだ。

「マクシミリアン、王都にクラウスを持っていかれると困るんだが。こいつは私の執事になるんだぞ」

「アルフォンスの所に居るのなら大丈夫だろう。私と敵対している訳でもないから」

「そりゃあ、マクシミリアンは私の妹と許嫁だし。ではこのままココシュカは引き取って良いのか?」

「私から父上に説明して、譲渡証明書を出して貰うよ」

「頼む」

 アルフォンスとマクシミリアンが話している隣で、クラウスとヘンリックは魔剣ココシュカをどう運ぶか頭を捻っていた。

「このまま持っていくと目立つよな」

「〈魔法鞄〉に入らないのかい?」

「入るけど……。魔剣を〈魔法鞄〉に入れても大丈夫なのか? ココシュカ」

「大丈夫。ココシュカも出たり入ったり出来る」

 ここで言うココシュカは、キメラの方のココシュカだと理解したクラウスは、魔剣を〈魔法鞄〉に差し込んだ。するすると収納されていくが、ココシュカはクラウスの腕で欠伸をしていた。

 大剣を〈魔法鞄〉に収納し、クラウスは「これで良し」と呟いた。

 大剣をしまい込めば目立たずにすむと思っていたクラウスだったが、この後ココシュカに他の剣を持つ事を断固拒否されるとはまだ知る由も無かった。


「……不味い……魔力やだ……」

「何の夢を見ているんだ?」

 クラウスが風呂から上がると、ココシュカがベッドの真ん中でうなされていた。

 暖かい鉱石暖房の前に寝床を作ってやっているのだが、時々クラウスが居ないのを狙って、ココシュカはベッドの真ん中で寝ている。

 学院時代にクラウスに憑いたココシュカは、色々な事をやらかしたものである。〈魔法鞄〉に戻らず授業に連れていく羽目になったり、黒板の端にチョークで絵を描いていたり、教授の鬘を暴こうとしたり、数え上げると切りがない。

「本当に子供なんだな」と笑いながら、アルフォンスはココシュカにおやつの魔力を与えていた。アルフォンスの魔力はココシュカにはおやつ感覚の味らしい。クラウスの魔力は御馳走だと言うが。

「〈氷祭〉で疲れたか」

 久し振りに外に出て大はしゃぎしたので無理もない。

 クラウスはココシュカを抱き上げて掛け布団を捲り、ベッドの端に寝かせ直した。空いた場所にクラウスも横になる。自分とココシュカに掛け布団を掛けてから、手を伸ばして枕元のランプを消せば、室内は真っ暗になった。

「エンデュミオン、お腹空いたよう……」

「おい」

 今日、鱈腹食べさせた筈なのに、夢の中で腹を減らすとは。

 仕方がないのでクラウスは掌に魔力を纏わせ、ココシュカの背中を撫でてやった。

「ぎゃぅー」

 嬉しそうな声で鳴き、はたはたと背中にある翼が動く。ぐねぐねと尻尾の蛇も動いているようだ。

「主ぃ、ココシュカ良い子にしてるよぅ」

「解ってるよ。おやすみ、ココシュカ」

「ぎゃう」

 律儀に返事をして、ココシュカはクウクウと寝息を立て始める。寝言に答えない方が良いとは聞くが、返事をしないとココシュカはずっとクラウスに話し掛けるのだ。寝た振りをしている訳ではなく、本当に寝言なので始末に悪い。

 寂しそうならば、コボルトの双子やカティンカが居るようになったのだから、ココシュカも館の中で自由にさせても良いのかもしれない。昔よりは分別は付いた筈だ──きっと。

 後は〈Langueラング de() chat(シャ)〉には遊びに行かせても大丈夫だろう。エンデュミオンが居るのだから。

 エルゼもカティンカも、ココシュカに驚かなくて良かった。クラウスがエルゼに隠しているのは、ココシュカの存在位だったのですっきりした。

「ふふ……主に春……」

「……」

 ココシュカがどんな夢を見ているのか非常に気になって仕方がない。

 何となく、ココシュカはこれから頻繁に姿を現すのではないかと言う気がする。領主館の料理は以前より美味しくなっているし、屋台の料理でも味を占めた筈だ。

 ココシュカはクラウスの魔力が主食だが、嗜好品として普通の食べ物も食べるのだ。嗜好品なので大人一人分も食べさせれば満足するのだが。

 領主館の食費が一人分上がりそうだ。アルフォンスは構わないと笑いそうだが。アルフォンスはココシュカに甘い。

「ん? もしかして、ココシュカでもアルの執務率は上がるのか……?」

 どうせ出てくるのなら、ココシュカにも協力して貰おう。

 ふと思い付いた妙案に、クラウスは胸の内で手を叩いた。


子供なココシュカ、学生時代は色々悪戯をしています。クラウスとアルフォンスが謝る事になるのですが、結構アルフォンスは楽しんでいた感じ。

他の剣を持つことをココシュカに断固拒否されたクラウスは、剣術の授業もココシュカで受けていました。ちなみにナイフなどは持たせて貰えます。


ココシュカはエンデュミオンに恩があるのですが、最初にお尻がしびれる位長時間説教されたので、反射的に隠れてしまうのでした。

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