妖精達と冬遊び
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妖精的〈浮水の護符〉の使い方。
230妖精達と冬遊び
窓の外からキャッキャと子供の楽しそうな声が聞こえてくる。
「雪に沈まないのは良いよね。埋まる心配しなくて良いし」
「うちでは普段使わないからな〈浮水の護符〉は」
孝宏とエンデュミオンが居間の窓から裏庭を覗く。
エンデュミオンがグラッツェルから買い取ったうち、二つはテオとルッツに渡り、それ以外は一つは試しに店の雑貨棚にそっと置かれたものの、残りは硝子の瓶に入れられ、一階にある妖精にも手が届く飾り棚に置かれた。
裏庭に遊びに行く年少組妖精のポケットに入れてやれば、雪に埋まらず雪遊びが出来ると言う寸法である。
年末年始はテオとルッツも仕事をしないので、子供達を見ていてくれる──主にテオが。
裏庭では年明けに降った大雪で、テオがかまくらを作ってやっていた。
その回りでルッツとヨナタンとシュネーバル、遊びに来ていたカティンカとホーンが雪の塊を転がしていた。雪だるまを作っているのだろう。
ルッツ達に雪だるまの作り方を教えたのは孝宏なので、既に出来上がっている雪だるまには、二つ雪玉を重ねた形の物もある。ただし、上に乗っている頭には三角形の耳が付いている。
そのうち裏の路地に向かう柵に沿ってずらりと雪だるまが並ぶ姿が目に浮かぶ。
「そろそろおやつ作るかなー」
「溶かしているチョコレートは?」
「あれはチョコレートバークを作るんだよ」
孝宏はエンデュミオンと台所に行き、鍋の上で湯煎していたチョコレート入りのボウルを確かめた。
「うん、溶けてるね」
砂糖を加えて甘くしたチョコレートを、蝋紙を敷いた天板の上に流し込む。その上に緑が鮮やかなピスタチオ、刻んだ苺のドライフルーツ、砕いたナッツをばらまいた。
「エンディ、冷やしてくれる?」
「うん。氷の精霊」
エンデュミオンは氷の精霊に頼み、チョコレートを冷やし固めて貰った。
固まったチョコレートを、孝宏は適当な大きさに割った。これはそういうお菓子なのだ。
蝋紙に包み、口の広い硝子瓶に入れて保冷庫に置く。
今日のおやつはスコーンなので、孝宏は材料を量って手早くバターを粉の中で刻んで擦り合わせ、牛乳を足して生地をまとめ、コップで抜いて天板に並べてオーブンに入れる。
「ミヒェル、お願いね」
「はーい」
スコーンの焼き加減は火蜥蜴のミヒェルに任せ、孝宏はエンデュミオンが鍋にココアの粉と砂糖、お湯を少し入れて練ってくれていた物に、牛乳を少しずつ入れて伸ばしコンロで温めた。鍋肌が沸々してきたところで火を止める。
「よし」
孝宏は台所横のドアを開けて顔を出した。
「もうすぐおやつだよー」
「はーい。皆おやつに行くよ」
テオの掛け声にわらわらと妖精達が集まる。身体中雪だらけだ。
テオが外套の雪を払ってやり、一人ずつ中に入ってくる。
孝宏は手袋と靴を脱がしてやり、居間へと送り出す。
眠り羊の毛糸は中まで雪が染み込まないので優れものだ。
最後にテオが家の中に入ってきてドアを閉めた。すん、と空気を嗅ぐ。
「チョコレート?」
「おやつはココアとスコーンだよ」
「あ、そうか。シュネーがチョコレート駄目だっけ」
「うん」
シュネーバルにはチョコレートそのままは強すぎて鼻血を出すのである。薄目のココアだと大丈夫だと解り、皆で一緒に楽しめるようになった。
「焼けたよー」
オーブンからミヒェルの声が焼き上がりを教えてくれた。
孝宏は天板に乗ったミヒェルごと、オーブンから取り出す。
熱々のスコーンを布巾を広げた籠の上に盛り、クリームとジャムの容器と共に居間のテーブルに運ぶ。
「熱いからテオに割って貰ってね。ジャムとクリームは好きなだけどうぞ」
「あいっ」
ルッツが元気良く返事する。
テオが年少者からスコーンを割って皿に乗せていく間に、孝宏は台所に戻ってマグカップにココアを注ぎ分けた。
「よし、行くぞ」
エンデュミオンは頭にグリューネヴァルトを乗せ、ミヒェルを抱いて居間に向かった。おやつは彼らも食べるのだ。アハトは揺り籠で、スコーンが少し冷めるの待ちだ。
床に置いたお盆の上に、グリューネヴァルトとミヒェルのおやつを置いて食べてもらう。彼らの体型的にそちらの方が楽なのだ。
「ココアだよ。熱いかもしれないから気を付けてね」
孝宏はココアのマグカップを皆に配った。シュネーバルに合わせた薄目のココアなのだが、エンデュミオンに言わせると妖精にはこれ位で充分美味しいらしい。
「きょうのめぐみに!」
皆で食前の祈りを唱える。
「うー」
半分に割ったスコーンにクリームと苺ジャムをたっぷり乗せ、シュネーバルがかぶりつく。むにっと口の回りにクリームの髭が付く。
「ああい」
カティンカも嬉しそうに口の回りを汚している。
ホーンはココアを気に入ったのか、せっせと舐めていた。
ヨナタンとルッツもスコーンにたっぷりクリームとジャムを乗せていた。好きなだけ乗せられるスコーンは、妖精達のお気に入りなのだ。
エンデュミオンも鼻歌を歌いながら、グリューネヴァルトのスコーンにクリームとブルーベリーのジャムを乗せてやっていた。
「ミヒェルは何のジャムが良い?」
「桃がいい」
「桃ね」
テオはミヒェルのスコーンを用意していた。そのままだと食べにくいので、グリューネヴァルトとミヒェルのは四分の一に割った。
「に!」
アハトも孝宏に食べさせて貰い、前肢をペチペチ叩いている。
「おいしーねー」
「ねー」
口の回りを汚しながら食べる妖精達は幸せそうだ。後で口の回りと前肢を拭いてあげなければならないが。
おやつを食べた後は、外気温が下がってきたので「また明日来るー」と、カティンカとホーンは帰って行った。
二人を見送ったあと「あ」とエンデュミオンが声を上げた。
「カティンカとホーンに〈浮水の護符〉を持たせたままだった」
ポケットに入れさせておいたのを忘れていたのだ。
「また明日来るんだし、忘れたら雪に埋まっちゃうから持ってきてねって、精霊便出しておけば良いんじゃない?」
「そうだな」
エンデュミオンは簡単に手紙を書いて、風の精霊に頼んだのだった。
ポンッと〈転移〉をして、カティンカはクラウスの執事室に戻った。
「た、ただいまー」
「お帰り、カティンカ」
机の上に書類を広げていたクラウスが立ち上がり、近付いてきたカティンカの外套を脱がせて抱き上げた。
「ん? 何かポケットに入ってますよ」
「も、もってきちゃった」
クラウスがカティンカのポケットから取り出したのは、ギルドタグの大きさの護符だった。緑青色の魔石が填まっている。
「ゆ、ゆきにうまっちゃうから〈ふすいのごふ〉かりたの」
「〈浮水の護符〉をエンデュミオンが持ってたんですか?」
「グ、グラッツェルつくった」
グラッツェルは年末に移住してきた錬金術師の名前だった筈だ。
「素材は? 魔窟水洞蛙の魔石ですよね、これ」
「エ、エンデュミオンもってる」
「ああ……」
魔窟水洞蛙の魔石は小さく、水に落ちると集めるのが手間なので、地下迷宮では捨て置かれる事が多い。つまり出回る数が少ない。
強い魔物ではないが、希少素材なのだ。それを使った護符を、妖精が遊ぶのに雪に埋まらないように貸すとは。
パタパタと窓硝子が叩かれる。窓硝子の向こうに風の精霊が封筒を持って浮かんでいる。
クラウスは片腕にカティンカを乗せたまま、空いた手で窓を開けて手紙を受け取った。
「ああい」
お礼はカティンカが〈時空鞄〉から、クッキーを一枚取り出して風の精霊に渡した。孝宏のクッキーだ。風の精霊は、大喜びでクッキーを受け取り帰っていった。
窓を閉め、クラウスは封筒を確かめた。緑色のインクでエンデュミオンの名前が裏に書かれている。
「カティンカ宛てですよ」
「ああい」
カティンカがクラウスに抱っこされたまま封筒を開け、中の便箋を開く。
『護符を忘れたら雪に埋まるから、明日遊びに来る時に忘れずに持ってこい』
それだけ、緑色のインクで書いてあった。
(埋まるから、と言う理由なのか……)
〈浮水の護符〉はそれなりに貴重なのだが。今は貴族の娯楽に使われる事が多い。地下迷宮の浮島攻略にも必要だが、浮島を諦めれば使わない物でもある。それ位、護符として出回る数が少ないのだ。
(これはやはりエンデュミオンの仕業か……)
クラウスの机の上には、騎士団からの臨時支出の明細があった。先日の大雪の日に、〈浮水の護符〉を二十個購入したとある。
騎士団長マインラートは無駄な出費はしないが、騎士達の為なら予算をケチらずに使う。つまりこれはマインラートが必要な出費だと求めた物なのだ。
(雪が溶けたら水になるから、〈浮水の護符〉で雪にも浮くと思い付くとは)
盲点だった。今まで、雪の多いリグハーヴスでもハイエルンでも、そんな使い方をした者を聞いた事がなかった。
二十個もまとめてグラッツェルから購入出来たのは、恐らくその場にエンデュミオンも居たのだろう。
(一体どれだけ素材を溜め込んでいるのやら……)
大魔法使い時代から溜め込んでいるのだろう。エンデュミオンを筆頭に、リグハーヴス中の妖精達がグラッツェルが欲しい素材を提供するのである。
基本的にはギルドを通すだろうから、市場が崩れないような配慮はすると思われる。但し、エンデュミオンは自分が欲しい護符は、直接グラッツェルに作らせるだろう。
(えげつない素材を持ってそうだからな……)
その内「要るか?」と、とんでもない護符を持ってきそうで恐い。
クラウスがそっと〈浮水の護符〉をカティンカのポケットに戻している頃、ホーンのポケットから同じように護符を見付けたエーリカは、傍らでぱぷーと角笛を吹くコボルトを撫でながら「エンデュミオンは面白い子だねえ」と笑っていた。
遊ぶ妖精達に雪に埋まらない様に貸し出すエンデュミオンです。
グラッツェルのパトロンは妖精達なので、何があっても驚いてはいけない……。