シュネーバルの幸運の栞
ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。
ちょっぴり不思議な栞が出来ました。
222シュネーバルの幸運の栞
シュネーバルはコボルトの幸運妖精である。
偶然エンデュミオンの温室に〈転移〉してきて孝宏に拾われたので生き延びているが、ハイエルンで白い身体を持つコボルトが穏やかな暮らしが出来る確率はとても低い。
幸運妖精は幸運を呼ぶと言われるためだ。しかし正確には、幸運妖精を幸福な状態におかなければ幸運はやってこない。それもちょっぴりの幸運だ。
だから幸運妖精は血眼で探すようなものではないのだ。残念な事に、殆ど知られていないのだが。
「んっんー」
ちくちくと布に針を刺しながら、シュネーバルが鼻歌を歌う。
本日はカチヤとヨナタンの部屋で、教会のバザーに出す栞を作成していた。
紫に白糸と銀糸で雪の結晶模様が織り込まれた布はヨナタンが織り、それを栞の大きさに切って袋状に縫って裏返し、平織りの青い紐を縫い込みながら口を綴じれば出来上がりだ。
ヨナタンとシュネーバルが袋状に縫い、エンデュミオンが裏返し、孝宏がアイロンを掛ける。それを再びヨナタンとシュネーバルが紐を挟み込んで縫い綴じる。
「アイロン、ひとまず終わりっと。あとは、紐の先に魔石ビーズ付けるんだよね?」
「うん」
ヨナタンが色とりどりの魔石ビーズが入った硝子瓶を孝宏に押し出す。
孝宏は針鼠の形をした針山から、闘将蜘蛛の糸が通った針を取った。
魔石ビーズは地下迷宮の浅い層にいる小型魔物から採れる屑魔石に孔を空けて加工したものだ。屑魔石は小さすぎるので色付きでも殆ど魔力がない。その為子供でも買える値段で、國から冒険者ギルドに卸されて売られている。
実は屑魔石は錬金術師がまとめて大きめの魔石にも錬金出来るので、ちゃんと集めて管理小屋に提出する事を推奨されている。魔石の数で倒した魔物の数も確認出来るからだ。
「今日はテオとルッツ居てくれて良かったなあ。アハトをアイロンの近くには置けないし」
「イシュカの工房にも入れられないしな」
イシュカの工房には刃物があるからだ。
現在アハトはテオとルッツと一緒に、ケットシーの里に遊びに行っている。
「この栞人気ありそうだね。綺麗」
孝宏は長めの平紐の先に魔石ビーズを縫い付けながら言った。本に挟んだら、天の部分からひょろりと平紐の端が垂れる状態になるのが可愛い。
「付与は〈幸運〉と〈眼精疲労軽減〉か」
エンデュミオンは出来上がった栞を持って付与を確認する。
ヨナタンは魔法は使えないが、自分が作ったものに付与を付けられるので、この栞はヨナタンとシュネーバル二人の付与が付いている。
コボルト織で付与付きの栞となると、結構な付加価値が付くのだが、〈Langue de chat〉で売っているものは、材料費とコボルト織の定額と手間賃以外は上乗せしていない。
今作っている物も教会のバザー用だから同様で、売り上げは全て教会に寄付する。
司祭ベネディクトに頼まれた年から、毎年参加している教会のバザーだが、〈Langue de chat〉の品物は人気がある。
イシュカの手帳は、血合いや傷のある部分の革を使用してはいるが品質は確かなお手頃価格だし、ヴァルブルガの編みぐるみと刺繍入りのハンカチは幻の一品とさえ言われる。孝宏の大瓶クッキー詰め合わせも毎年直ぐに売り切れる。そこへもってきて、今年はコボルト織職人と幸運妖精が作った付与付きの栞だ。
勿論付与が付いているとは知らせずに売るし、付与が付いていると気付けるのは、ある程度の魔法使い等だけだ。
エンデュミオン曰く「ささやかな付与だから良いだろう」なのだが、ヨナタンもシュネーバルも、自分が付与を付けていると余り意識していないらしい。
孝宏も最初の年は短期間でお菓子を作りすぎて寝込んだが、慣れてきてからは種類ごとに作りおきしてエンデュミオンの〈時空鞄〉に保存して貰っている。あとは、大瓶に詰めれば良いだけだ。
「……おわり」
最後の魔石を縫い付けて、ヨナタンが闘将蜘蛛の糸を鋏で切る。小さめの文箱一つ分の栞が出来た。
リグハーヴスの教会バザーは他の領からも訪れる人がいる人気の催しだ。
今年はエンデュミオンも作品を出す事にした。〈薬草と飴玉〉のドロテーア達に手伝って貰い、飴玉を作ったのだ。
エンデュミオンが普段作る飴は平たく伸ばして割っていたのだが、飴を丸く整える溝のある木型を使わせて貰い、丸めてみたのだ。
魔力で坩堝を作って飴を煮詰めるエンデュミオンに、幼馴染みのラルスも呆れていた。しかも味見をして「魔力回復効果があるけど良いのか?」と言っていたが……まあ良いだろう。「店でも売りたい」とも言われたが。
小瓶に詰めて銅貨五枚にしたが、ラルスは「銀貨五枚の間違いじゃないのか?」と首を傾げていた。
エンデュミオンにしてみれば、フィリーネに作ってやっていた飴である。楓の樹蜜があれば作れるのだから、銅貨で良いのではないかと思うのだ。
今年はアハトが居るので、孝宏とエンデュミオンとシュネーバルは留守番をする予定だった。
教会のバザーの当日、イシュカとヴァルブルガ、カチヤとヨナタン、テオとルッツは売り子として出掛けていった。
店は休みなので、孝宏とエンデュミオンは二階の居間で、シュネーバルとアハトと一緒にのんびりする。
「お菓子の詰め合わせで余ったクッキー食べようか。エンディ、抹茶クッキーあるよ」
「食べる」
残りのクッキーを入れていたクッキージャーを抱えてきた孝宏は、それをラグマットの上に置き、台所へお茶を入れに戻る。
ヤカンに水を入れコンロにかけながら、孝宏はエンデュミオンに声を掛けた。
「キルシュネライトも呼ぼうか」
「グリューネヴァルトとミヒェルが遊びにいっているから呼んでくる」
抹茶クッキーを咥えたエンデュミオンが、〈転移〉で消える。
「あはと、なにがいーい?」
「に!」
シュネーバルとアハトは横に倒したクッキージャーを覗き込んでいた。そのまま中に入りそうで怖い。
慌てて孝宏は菓子皿を持っていき、種類毎に山盛り並べてやった。
「ただいま」
ポポン、とエンデュミオン達が戻ってくる。
─おやつね!
おやつでもキルシュネライトの貢ぎ物として認められるらしい。三食おやつ付きの生活で、キルシュネライトの鱗はピカピカになっていた。
全員のリクエストを聞いてお茶を淹れ、孝宏も自分のマグカップを持ってソファーに座る。妖精と竜達はラグマットの上で、クッキーの皿を囲んでキャッキャと楽しそうだ。
「今日の恵みに!」
皆で食前の祈りを唱え、クッキーに手を伸ばす。
孝宏はソファーの前のテーブルにマグカップを置き、クッキージャーに手を突っ込んだ。
「お、抹茶クッキー」
抹茶とバニラ生地を渦巻きにしたクッキーだ。エンデュミオンのお気に入りである。
クッキーを咥え、孝宏はソファー横にある籠の膝掛けの上に置いてあった説話集を手に取った。黒森之國語で書かれているので、少しずつしか読み進められないのだが、説話集はこの國では基本知識だ。一度イシュカとエンデュミオンに音読して貰ったのだが、読み書きの勉強にもなるので自分でも読んでいる。
パラパラと本を開いていくと、栞の挟まっている頁で止まる。
今回バザーに出したのと同じ栞をシュネーバルに貰ったのだが、この栞は一寸面白い。栞に付いている平紐に小さな魔石が付けてあるからか、暗い場所で光るのだ。孝宏はエンデュミオンの瞳と同じ黄緑色の魔石の栞を選んだ。
エンデュミオン曰く、ヨナタンとシュネーバルの付与が混ざっているので偶発的なものらしい。主な付与の《幸運》と《眼精疲労軽減》以外にも付与があるようだ。
「害がないし面白いから良いんじゃないか?」とエンデュミオンは笑っていた。
どうやらエンデュミオンの判断基準は有害か無害からしい。先日のコボルト達の新作魔法についても、無害だったので放置していた。あれは魔法使いギルドに報告した方が良かったらしく、後日ヨルンがコボルト達を魔法使いギルドに連れていったようだ。
周りの人達の反応を見る限り、エンデュミオンは高位の魔法使いらしい。大魔法使い、と良く呼ばれているので。
ルリユールの親方であるイシュカも〈マイスター〉と呼ばれているので、高度な技術を修めた者の事なのだろう。
孝宏にしてみたら、エンデュミオンは大切な可愛いケットシーで、それ以上でもそれ以下でもない。
─あら、説話集?
キルシュネライトが孝宏が持つ説話集に気が付いた。
「うん。まだ読み書きで解らない言葉が多いから」
黒森之國の子供達も、教会で説話集を使って勉強するものなのだ。
─久し振りだわ、読んで!
「つっかえるよ?」
─良いわよ、ゆっくりで。
レモンのアイシングの掛かったクッキーを齧り、キルシュネライトが青い尻尾を振る。
「どれ、解らないところはエンデュミオンが教えよう」
ソファーによじ登って来たエンデュミオンを、孝宏は膝の上に乗せた。柔らかくて温かいケットシーは、人の赤ん坊のような重みがある。
「ええと、読み掛けの章からでも良いい?」
─良いわよ。
「ききゅ」
「いーよー」
「う!」
「に」
皆それで構わないようなので、孝宏は栞を挟んでいた章の頭から音読し始めた。
「─その羊飼いは……荒れた土地に住み……とても貧しかった。彼は少ない羊を……大切に育て─」
途切れ途切れに孝宏が説話集を音読していく。読めない単語はエンデュミオンが発音と意味を教えてくれる。
孝宏の声は高くも低くもなく柔らかいので、動物型の妖精達の耳にも優しい。シュネーバルなどは寝かしつけの時に、説話集や孝宏の書いた本を読んで貰うのが好きで良くねだる。
「う?」
筒型ラング・ド・シャのシガールを握ってサクサク齧っていたシュネーバルが、ぱちぱちと瞬きする。
─あら。
「きゅ」
キルシュネライトとグリューネヴァルトもそれに気付いたが、問題なしと抱えていたクッキーを齧る。
説話集を読む孝宏の回りに、幻影が現れていた。羊飼いの男と羊達。孝宏が読む説話集のお話の幻影だ。恐らく孝宏が想像している映像が浮かび上がっているのだろう。
孝宏は魔法を使える程魔力はない。しかし今日は片手にヨナタンとシュネーバルが作った栞を持っていた。二人の付与が込められた栞は、ちょっぴり不思議な効果を持っていたらしい。本人達も知らなかった効果が。
「わあー」
「に」
ミヒェルとアハトも尻尾を見る限り楽しんでいたので、あえてキルシュネライトとグリューネヴァルトは孝宏を止めずに幻影紙芝居を楽しんだ。無害だったので。
ちなみに栞の効果に幻影紙芝居が付いていると孝宏とエンデュミオンが知るのは、数日後にイシュカとテオに指摘されてからだった。
メインの付与が〈幸運〉〈眼精疲労軽減〉で、隠し付与に〈点灯〉〈幻影紙芝居〉という感じ。
ヨナタンとシュネーバルが作ると、何かと付与が付いています(〈幸運〉は必ず付きます)。
二人共楽しく作っているので、付与を付けている自覚はありません。
〈幻影紙芝居〉は読んでいる人には見えていないので、気付かない……。鏡などがあれば見られます。
規格外でも害がなければいいじゃない、という妖精と竜の皆さんです。