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ホーンと角笛

ルリユール<Langue de chat>は、製本及び痛んだ本の修復を致します。店内には素材の見本の他、製本後の本の見本もございます。本の試し読みも出来ますので、詳しくは店員にお訪ね下さい。

アルフォンスにご挨拶。


219ホーンと角笛ホーン


「そういう訳でアルフォンスに宜しく頼みたい」

 自分より一回り小柄な北方コボルトを連れてやってきたメテオールは、エンデュミオンにホーンの説明をしたあとそう言った。

「ホーンの庇護を頼めば良いのか?」

「うん。ホーンはエーリカを選んだから」

「自分の意思でハイエルンを出たなら、ハイエルン公爵でも止められんな。……ところで何でエンデュミオンは懐かれているんだ?」

 現在エンデュミオンは、グラッフェンとホーンに左右から頬擦りされていた。

「ホーンは魔法使い(ウィザード)で先見師。大魔法使い(マイスター)エンデュミオンに会いたかったみたい」

「そうなのか」

「わう!」

 魔法使いにとって、エンデュミオンってアイドルなのかもしれない、とミルクティー(ミルヒテー)を運んできた孝宏たかひろは微笑ましくなった。

「エンデュミオンに会いたくて、ハイエルンを出てきたそうだから」

「おおう。それでは尚更エンデュミオンがアルフォンスのところに連れていかないとな」

 年齢は南方コボルト兄弟のクヌートとクーデルカと同じ位だろうか。

 ホーンは小麦色の身体で、鼻先と四肢の先が真っ白だ。目の色は青ではなくて、薄い灰色なのが珍しい。

「エンディ、領主様がまた吃驚するんじゃない?」

「うーん、まあ仕方ないな。先見師を下手な者の手に渡す訳にはいかないし」

 おやつのタルトタタンを食べてから、エンデュミオンはメテオールとホーン、グラッフェンを連れて領主館へ〈転移〉した。

 一応ちゃんとした訪問にしようと、風の精霊(ウィンディ)に身体を浮かせて貰いドアノッカーを叩く。

「いらっしゃいませ」

 ドアを開けたクラウスは、すんなりとエンデュミオン達を館の中へ入れてくれた。

「クラウス、アルフォンスは居るか?」

「はい。こちらでお待ちください」

 応接室に案内され、エンデュミオンとメテオールはソファーによじ登ったが、ホーンとグラッフェンは温室に続く窓にへばりついた。

「温室はアルフォンスに挨拶してからな。こっちにおいで」

「あい」

「わう」

 二人が戻ってきてソファーに登る。ホーンとグラッフェンが尻を座面に落ち着けた時、応接室のドアが開いた。

「いらっしゃい。皆でどうしたんだ?」

 アルフォンスはエンデュミオン達を順に眺め、ホーンの顔で視線を停めた。

「……初めて会う子か?」

「わう! ホーン!」

 しゅっとホーンが右前肢を挙げる。

「ホーンだ。クルトの母親のエーリカに憑いた。見て解るだろうが〈水晶眼〉だ。魔法使いで先見師だそうだ」

 どさりとソファーに腰を落とし、アルフォンスは片手で額を押さえた。

「エンデュミオン。何を連れてきたんだ」

「いや、今回はエンデュミオンが連れてきた訳じゃないぞ。ホーンが自分でリグハーヴスに来たんだ。……その、エンデュミオンに会いに」

「やっぱりエンデュミオン絡みではないか!」

「保護したのはクルト達だったんだ。まあ、それで良かったんだが」

 エーリカが〈水晶眼〉なので、ホーンの扱いに間違いはない。

「わう」

「ん? ああ、カティンカか」

 温室側から笹かまケットシーのカティンカが応接室を覗いていた。それにホーンが気付いたのだ。

「遊んでおいで。クラウス、窓を開けてやってくれ」

「はい、御前ごぜん

 クラウスが窓を開け、ホーンとグラッフェンが温室に出ていく。すぐにカティンカと一緒に温室の奥へと消える。

「ホーンがどれだけ視えるのかは解らんが、エーリカに憑いたから大丈夫だ」

「大工のクルトの母親だったか?」

「ああ。アルフォンスとクラウスには知らせても良いだろう。エーリカはリグハーヴスに居る〈水晶眼〉だ」

「何!? ではたまに先見の知らせがあったのは……」

「エーリカだろうな。〈水晶眼〉に〈水晶眼〉が憑いたから扱いを間違う事はないだろう」

「なるほど。しかしハイエルンも〈水晶眼〉を流出させるとは……」

 はあ、とアルフォンスが溜め息を吐く。

「元々ホーンは集落から出る角笛の子だったから、文句を言われる筋合いはない」

 メテオールがクラウスが出してくれた菓子皿の干し杏子に、前肢を伸ばしながら言った。

「角笛の子? コボルトの角笛と言うと伝説の角笛か?」

 折よく温室の方から、ぱぷーと気の抜けた角笛の音が聞こえた。

「……模造品なのか?」

「角笛の子は複数いるから、どれが本物か解らなくなった」

「ホーンの角笛は本物だぞ?」

 エンデュミオンは緑色のレーズンを、枝からプチリと一つ取った。

「はあ!? 鳴らしてるぞ!」

「ん? ああ、かなり魔力を込めて吹かないと、召喚出来ないから大丈夫だ。なにしろ三頭魔犬ケルベロスを召喚するんだからな」

三頭魔犬ケルベロス!?」

「あれ、本物?」

「前に見た事があるんだ。あのコボルトからホーンは譲られたんだろうなあ」

 何かを思い出すように宙に視線を留め、エンデュミオンは食前の祈りを呟き口にレーズンを入れた。

三頭魔犬ケルベロス……?」

 繰り返し呟いたアルフォンスの前に、そっとクラウスが香草茶のカップを置く。

「喚び出したコボルトの命令しか聞かないから、ホーンが持ってる以上問題ないだろう。普段から角笛を吹いて遊んでいるし」

 使わないよりは玩具として吹いている方が、封じられている三頭魔犬ケルベロスも嬉しいだろう。

「それで良いのか……?」

「今現在リグハーヴスが何処かと争ってる訳でもないんだし、良いんじゃないか? 平和で」

 そもそも三頭魔犬ケルベロスを召喚しても、ホーンが大切なものしか守らないのだ。元々はハイエルンの騎士に憑いていたコボルトが持っていた角笛だと伝えられている。

「まあ、三頭魔犬ケルベロスはコボルトの守り主だからな。例え召喚したとしても、ホーン達と遊んだら還るだろう」

 三頭魔犬ケルベロスは理由がないのに戦ったりはしない。そもそも三頭魔犬ケルベロスはコボルトが好きなので、コボルトに危険はない。

「ホーンの移住は、領主会議で報告しない訳にはいかないぞ」

「それは仕方がないな。だがエーリカの事は内密にな」

「その辺りは大丈夫だ。安全な場所に居ると報告出来れば良い」

「うむ」

 ちゃむちゃむとエンデュミオンとメテオールは香草茶を舐めた。絶妙な温度で美味しい。

「……アルフォンス、あれからフィッツェンドルフはどうなったんだ?」

「淫魔の影響下にあったとみなされたヘア・ヴィクトアと夫人、妹夫妻と使用人は、フィッツェンドルフ沖の小島に幽閉中だ。淫魔の報告をしなかった罪もあるが、精力を常態的に取られていたから、その回復の為だ。思考力が落ちているから、下手な事をされても困る」

「教会孤児院は?」

「現在は閉鎖しているよ。あれは小金を稼ごうとした者の仕業だったんだが、他領に運んでいるのだから悪質だ。人狼の双子については、暴れられると子供でも危険だから放置したんだろう。審問の最中に指示を出した文官が判明したから捕まえたよ。領の内政がかなり杜撰になっていたからやれたんだろうね」

 リグハーヴスの〈華の館〉では、職業娼婦や男娼しかいないが、他の領では子供の頃から仕込みに入って花を売る店もあるのだ。

 間に合って、全ての孤児達を保護出来たのは幸いだった。

「しかし……人狼に見初められて子を設けても、手放したりするのだな」

 人狼は愛情深い種族で、相手を決めたら一生変えないのだ。

 実子を授からなかったアルフォンスは、複雑な思いだろう。アルフォンスも妻のロジーナも、子供が欲しくても授からなかった経緯がある。今は王の庶子(フィッツロイ)ヴォルフラムを実子として可愛がっているが。

「平原族は時として心移りするからな。フュルとヨアヒムにとっては、ゲルトとイグナーツが親であった方が幸せだ」

「私もそう思う」

 領主館に住む人狼のゲルトが血縁だと解り、フュルとヨアヒムは彼等に引き取られた。騎士隊の隊員にも可愛がられ、仲良く暮らしている。

「戻ってきたな」

 ぱぷーと角笛を吹きながら、ホーンが戻ってきた。後ろからカティンカとグラッフェンがとことこついて来る。

「おいで。美味しい干し果物があるぞ」

「わう!」

「ああい」

「あいっ」

 アルフォンスが手招くと、歓声を上げて応接室に戻ってきた。

「前肢を拭いて貰うと良い」

 クラウスとメイドが自然な動きで、ホーン達の前肢を濡らした布で拭き清めた。

「きょうのめぐみに!」

 揃って食前の祈りを唱え、菓子皿に前肢を伸ばす幼い妖精フェアリー達を、エンデュミオンは穏やかな眼差しで見守る。

 本当に昔、エンデュミオンが森林族で子供の頃、こんな風景は当たり前だった。いつの間にかケットシーは〈黒き森〉に引き籠り、コボルトは隠れ住み、竜は姿を消した。

「でぃー、んーまっ」

「そうか、良かったなあ」

 美味しいと教えてくれるグラッフェンの頭を撫で、エンデュミオンは黄緑色の瞳を細めた。

 メテオールも干し林檎をサクサク食べているホーンの頭を撫でている。同族なので、弟のようなものなのだ。

 カティンカはアルフォンスの隣に座って、干し杏子を取って貰っていた。ソファーに上げてくれたクラウスにカティンカが頭を擦り付けていたから、彼にも懐いているようだ。

 主以外がケットシーに懐かれるには、実は根気がいる。孝宏やイシュカのように妖精に好まれる人も稀にいるが、体質である。

 アルフォンスやクラウスが臆病なカティンカに慣れて貰ったのは、努力の賜物だろう。

 アルフォンスは愛妻がいるが、クラウスは独身である。そしてカティンカのあるじのエルゼも独身である。

「……もうくっつけば良いのに」

「何かおっしゃいましたか? エンデュミオン」

「いや、なんにも」

 思わずぼそりと呟けば、耳敏いクラウスに聞き咎められてしまった。

 人の恋路を邪魔してはならない。クラウスの魔剣でプチッとされたくない。

 多分、一回り歳が離れているしとか、そう言う事で奥手になっているのだろう。

 クラウスは騎士の位がある準貴族だが、騎士ならば平民と結婚しても階級差は問われない。元々平民でも騎士にはなれるからだ。

(そのうちかねえ)

「でぃー、あーん」

「ん、杏子か」

 グラッフェンがくれた干し杏子を食べながら、エンデュミオンは〈リグハーヴス公爵の黒き爪〉と密かに呼ばれる執事を陰ながら応援するのだった。


実は本物の伝説の角笛を持っているホーンです。玩具としてぱぷーぱぷー吹いていますが、魔力を籠めて吹くときちんとした音が出て、ケルベロスが出てきます。

〈水晶眼〉と伝説の角笛がセットでやってきて、相変わらず頭が痛いアルフォンスです。

そのうち普通に領主館の温室にも遊びに来ます。


アルフォンスの予期せぬところで、防衛力が上がるリグハーヴス公爵領でした。

ちなみに〈牙〉は王のツヴァイクを指すので、〈爪〉になります。


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