第四十四話
自分の部屋に戻ってきた俺は、ベッドに倒れ込んでいた。毎回毎回、ゲームが終わるたびにベッドに倒れるが、どうしようもない。肉体的にも、精神的にも削られて、鉋屑のように薄くなっていく。それを回復しようとして、何も考えず、力むこともなく、ただ目を瞑って、時計の秒針の動く音に耳を傾ける。
時々寝返ったりして、部屋の冷気に触れたシーツを触り、熱を帯びた体を冷やしてもらうのだ。
そんな中、『P-device』がメールがきたことを告げる。
メールはナツメからだった。
『一緒にご飯食べない?』
俺は「良いよ」と返事をして、食堂へと向かう。
廊下を歩く中、時々誰かとすれ違う。誰かと談笑していたり、一人で佇んでいたり。中には泣いている人もいた。辛い体験をしたのだろう。
もしかしたら、ゲームの中で大切な人が死んだのかもしれない。もしくは、殺したのかもしれない。
もしそうだとしたら、俺は非情な人間なのだろうか。大切な仲間だった人を殺し、涙一つ流さない。自分が生き残るために、人を蹴落とすことも厭わない。
俺はそんな人間を見たら、きっと非難しているだろう。でも、俺もその人間の一人な訳で。なら、俺はその人間を非難できる立場じゃない訳で。
俺は一体、どんな人間なのだろうか。
⋯⋯ナツメに聞いてみよう。キモがられると思うけど。
◇◇◇◇◇◇
「大変だったみたいね」
開口一番、ナツメは俺のことを心配してくれた。
「どうしてわかった?」
「顔に出てるもの」
ナツメは自分の顔を指さしながら、指摘する。
「そうか⋯⋯」
投げやりな返事をして、俺は取ってきたうどんを啜る。
そして、聞きたかったことをナツメに質問した。
「あのさ、俺ってどんな人間だと思う?」
「何よ。急に言い出して」
「ちょっと気になってな、自分でもわからないんだ」
俺の言葉にナツメは疑問符を浮かべる。
「一つ聞きたいんだけど、どうして疑問に思ったの?」
ショウタを殺したこと。泣いている人を見かけたこと。泣かなかったこと。非情な人間だと思ったこと。
全てを吐き出した。
「私から言えることは、トウマくんは優しい人ってことかしら」
「そうか?」
「だって、そのことで悩んでいるのでしょ? 非情な人間だったら、そのことで悩みはしないでしょ」
「でも、それじゃあ俺が優しい人にはならないだろ」
「そうね、言えないわ。でも、私は知ってる。私はトウマくんの優しさに触れてきたから」
ナツメは胸に手を当てながら、噛み締めるように言ってくる。俺は何もした覚えはない。覚えはないが、覚えてないだけで何かしたのかもしれない。
でも、今はナツメの言葉に甘えよう。
「ありがとな。ちょっとスッキリしたよ」
「そう、良かったわ。お役に立てて」
ナツメは嬉しそうに笑いながら、俺を見つめた。
これ以上辛気臭い空気にならないように、話題を変えた。
俺が話を振ったけど。
「食堂、人あんまりいないな」
「だいぶ減ったからかしら。鬼ごっこの時もだいぶ死んでたし、マルバツクイズでも死んでたし。倍率はすごいわね」
「鬼ごっこはそうだったな。二千人に対して十三人だもんな」
「マルバツクイズもよ。二百人に対して七人だったでしょ?」
確かに。そう考えたら俺はすごいのかもしれない。ブラックジャックは一人に対して三人死ぬ訳だから、やっぱりたくさんの人が死んだのだろう。
「そろそろデスゲーム自体も終わりが近いのかもな」
「そうね。⋯⋯トウマくんは、このゲームのことをどう思う?」
ナツメは真剣な顔で聞いてきた。
「⋯⋯」
答えられなかった。思うも何も、生き残るのに必死で、デスゲームに対して思うことは何もないからだ。生き残るのに必死なのは、異世界に飛ばされたらいつもついて回ることだし、特別感はない。
異端なのだ。この世界では、俺は異分子で、本来いないはずの人間だ。だから何も思わない。デスゲームを経験するまで、誰もが経験する学生生活を送っていたり、社会人だったりした人しかいないはずだ。
この世界の人たちと出会って、戦争が、経済が、といった話題はなかったから、平和だったのだろう。そんな中、強制的にデスゲームに参加させられて、死ななければいけないなんて。
逆に、ナツメはどう思っているのだろうか。俺以外に異世界に転移する人はいないだろうし、俺も知りたかった。
この世界の住人が、このデスゲームに何を思うのか、興味が湧いた。
「ナツメさんはどう思ってるの?」
「私は嫌いよ」
はっきりと言い切る。ナツメらしかった。
「でも」
いや、言い切らなかった。ナツメは髪をかき上げた。そして、遠い目をする。何かを思い出しているようだ。何を思い出そうとしているのか、俺にはわからない。
こういうところが俺のダメなところなのだろうか。人の気持ちに気づけないから、ナツメの顔を見ても何も思わないのだろうか。
俺はどこか壊れてしまったのだろうか。それとも、元から壊れていたのだろうか。
「今はそうでもないわ。かけがえのない人とも出会えたし」
「誰のことなんだ?」
気になったので聞いてみる。その言葉に、ナツメは複雑そうな顔をする。その後、人差し指を唇に当て。
「秘密」
幼子のように笑った。
その仕草に、とあることを思い出す。
「そういえばさ、神が鬼ごっこを始める前に言ってたことだけど、生き残ったら願いを叶えるって言ってただろ。ナツメさんは、どんな願いを叶えるつもり?」
俺の言葉に、ナツメは首を傾げ、俺を見つめた。
「もう決まってるわ」
「それって──────」
「それも秘密」
ナツメは俺を揶揄うように言った。
◇◇◇◇◇◇
ゲームの告知がきた。
次のゲームは『崩落都市』。名前からはどんなゲームか想像できない。
一体、どんなゲームなのだろうか。
都市っていうから、広いフィールドでプレイするのだろうか。
なんにせよ、気を引き締めて行かなければならない。
そんなことを考えていると、ドアがノックされる。
「誰ですかー」
返事は返ってこない。俺は疑問に思いながらドアを開けた。
「トウマくーん!!」
ドアの向こうから飛び出してきたのは、俺に異常な執着を見せるコウセイだった。
「ぶげえ!」
飛びつかれ、ベッドに押し倒される。ボスンとマットレスが沈む音。コウセイがまたがっていた。
「お⋯⋯降りろ」
言っても無駄だと思っていたが、案外素直にどいてくれた。
と思ったら、俺の枕に顔を埋め、勢い良く吸い込み始める。
き、気持ちワリい!
「おい、やめろって!」
「少しくらいいいじゃないか。せっかくトウマ君の匂いを堪能できるんだ、遠慮はしないよ」
「そういうのはせめて本人が見てないところでやれって!」
「してもいいのかい!?」
「知らぬが仏っていうだろ」
俺がコウセイから枕を奪い取り、胸に抱え込んだ。
くそ。どうして疲れてるっていうのに、こんなに叫ばなきゃいけないんだ。
「俺は疲れたから、さっさと出ていってくれ」
コウセイは俺の言葉を無視し、ベッドに潜り込む。
「トウマ君はいっつもここで寝てるんだね」
「お前それ本気でやってるのかよ⋯⋯」
ニコニコしているコウセイ。その笑顔は作った笑いでも、裏がある笑いでもなんでもない、純粋な笑顔だった。
「ほら、トウマ君。入ってきてよ。疲れてるんだろう!?」
そう言って、毛布をめくり、自分の脇をバンバンと叩きながら俺を誘うコウセイ。
いや、やっぱりコウセイの笑顔には狂気が含まれている気がする。
「一緒に入るわけねえだろ。早く出ろ。俺は疲れたんだよ」
「ならハグをしよう! ハグをしたらストレスが解消されることは有名だよね。さあ、ハグをしよう!」
「しねえよ馬鹿野郎!」
俺は床に置いてある座布団に座り込み、頭を抱えた。
どうしてこうなった⋯⋯。
コウセイは俺を殺してくれそうだという理由で執着しているだけだと思ったが、そうでも無さそうだ。俺なんかに執着するのは、それだけの理由じゃないはずだ。
「あのさ、一つ聞きたいんだけど」
「なんだい? 僕はトウマ君のためならなんでも答えるよ」
「⋯⋯俺に執着する理由ってなんだ?」
俺の質問に、コウセイは黙ってしまった。見つめる視線が痛い。
「前も言ったはずだよ。君は僕を殺してくれそうだからって」
「本当にそれだけか?」
「⋯⋯本当だよ。⋯⋯じゃ、僕は帰るから」
そう言って、今までうるさかったコウセイは静かになった。ベッドから降りて、帰っていった。さっきのテンションとは真逆だ。
何か、別の理由があるのかもしれない。
コウセイの笑顔の裏には、一体何が隠されているのだろう──────
◇◇◇◇◇◇
それから特筆すべきことは何もなく、ゲームの日を迎えた。
気づいた時には、俺は寂れた都市に転送されていた。なぜか既視感がある。どこかで見たような街並みだ。
周りには人もいる。⋯⋯十五人ほどだろうか。
ナツメは⋯⋯いない。ロウも、リクもいない。コウセイは⋯⋯。
「僕たちは運命で結ばれているようだね」
いた。こんなセリフを吐くやつはコウセイ以外いない。
「お前か⋯⋯」
「どうしたんだい? そんな悲しそうな顔をして」
「別に」
取り合うのも面倒なので、適当に相手をしながらルール説明を待つ。
「トウマ君、無視しないでくれ」
「だったら静かにしてくれ」
すり寄るコウセイの顔を押しのけていると、空から銀髪の少年が降ってきた。神だ。
神は俺たちをニヤニヤ眺めながら舞い降りてくる。イラつく顔だ。
「お久しぶりでーす。皆さん、自分の体が欠損するというのはどうだったでしょーか」
最悪だったよ。
「人を間接的に殺した気分はどうだったでしょーか」
もっと最悪だったよ。クソ野郎。
「自分が人殺しになった気分はどうでしょーか」
そんなのはとっくの昔に経験したよ。
「すでに、経験して毛ほども感じてないのかもしれませんがねー」
⋯⋯⋯⋯。
なんだよ、これ。俺の心でも見透かしてるのか?
だとしたら趣味が悪いな。
俺の内心の文句に気づくことはない。神は手をヒラヒラ振りながら、ぐるりと周りを見渡す。神は今、宙に浮かんでいるため、参加者たちが神を見上げているような構図になっている。
優越感でも感じてるのだろうか。性格悪いな。今更だけど。
そもそも、どうやって浮いているんだ?
神パワー的なサムシングが働いているのだろうか。
瞬間、俺と目があった。あったのは一瞬だ。一瞬だが、何か神の意思のようなものが感じられた。
「ま、冗談は置いといて。⋯⋯今から、ルール説明を始めます」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




