第四十二話
『──────以上で、ルール説明を終わります』
機械音声が淡々と告げる。
ルールは全て頭の中に入った。後は勝つだけだ。
「で、腹は決まったか?」
ショウタは俺に問いかけてきた。
「俺を殺すことを」
「するわけないだろ」
ショウタの質問に答えつつ、『P-device』を操作して賭ける臓器を選択する。まずは鼻からだ。一番リスクが少ない。
俺が決め終わると、机の中央にあった山札が宙に浮き、俺の手元に二枚のカードを飛ばしてきた。
♥7と♠2か⋯⋯。もう一枚引いた方が良いな。
ショウタも賭ける臓器を決めたようで、二枚のカードが飛んでいく。
配られたカードを見るやいなや、ショウタは口を開く。
「俺は21だぜ」
「⋯⋯ハッタリか?」
「違う。俺は心臓を賭けた。そして、俺はあと一枚引ける。だから、俺は確実にバーストできる」
俺の目が細くなる。カードを持つ手に力が入り、カードに折り目がついた。
「ふざけてんのか?」
「至極真面目だよ。俺は負けるためにここにきたんだ」
死のうとすることが真面目、か⋯⋯。
舐めたことしやがって。
だが、もう止める術はない。
ショウタが心臓をかけた以上、バーストするのが必然だ。
「少し話そう」
ショウタはそれだけ言うと、持っていたカードを伏せた状態で机に置いた。俺もそれにならう。
「レンは可愛かったんだ」
「⋯⋯」
「茶色の瞳に、ウェーブがかっててしっとりとした黒髪、小さい顔。全てが最高だった」
ショウタは、レンのことを語った。
「俺には勿体無いほどでさ、何回も嫉妬したよ。双子なはずなのに、俺とは大違いだったから⋯⋯。今じゃ、二卵性だから似ることはないってわかってるけどな」
ショウタは半笑いで続ける。
「最初はいじめてたんだ。俺とは違う人間だったから。何回も遠ざけようとした。でも、あいつはめげずに俺についてきた」
俺は静かに聴くだけだった。
「あいつが覚えてるかわからないけど、俺が小学四年生の頃、レンが親にこっぴどく叱られて、泣きながら俺のベッドに潜り込んだことがあったんだ。その時もいじめてて、意地悪してやろうと思って、ベッドには入れさせないようにした」
ショウタの乾いた笑いは次第に引き攣っていく。
「でも、あんまり泣いてたから、拒絶することができなくてさ。キレーな顔べちょべちょにして泣いてたから⋯⋯」
ショウタは右手で、自分の髪を鷲掴んだ。
「泣き疲れてて、すぐに寝たレンがさ、俺の手を握って言ったんだよ。『お兄ちゃん』って」
なぜ、ショウタが自分が兄であることに固執しているのか、なんとなくわかったような気がした。
「そん時、思ったんだよ。俺が守ってやらないとなって。俺の全ては、レンのためにあるんだって」
ショウタの歪んだ何かが、垣間見えて、俺は顔を背けそうになった。なんでだろうか。
同族嫌悪だろうか。
「レンのことが大事なら、生きようとは思わないのか?」
「大事だから、俺はもう生きる意味がない。守るものがなくなったんだ」
ショウタは逸らしていた視線を俺に合わせる。
「でも、お前にはまだ残ってるはずだ。リクにナツメ、他にもいるだろ?」
「⋯⋯その中に、お前がいることは気づいてるか?」
「⋯⋯」
俺の問いに、ショウタは答えられない。再び俯いて黙るだけだった。
「何か言えよ」
「⋯⋯俺は守られる人間じゃねえ。勿体無い」
「勿体無いとかじゃなくて、理屈抜きにだよ」
ショウタは伏せていたカードに触れ、指でなぞった。
「すまねえ、トウマ。お前が何を言おうと、俺は曲がらねえよ。レンが寂しくないように、そばにいてやらなきゃダメなんだ」
レンが死んでから、この結末は決まっていたのかもしれない。初めから、双子は死ぬ運命だったのかもしれない。
「だから、さよならだ」
ショウタは人生の終わりを告げる言葉をつぶやいた。
「ヒット」
瞬間、机の中央に置かれていた山札が浮かび上がり、ショウタに一枚のカードを渡した。
『相澤ショウタの負けが決定しました』
終わりを告げる機械音声。
ショウタは背もたれに体を預け、天を仰いだ。カードを放り投げ、リラックスするように目を閉じた。
そんなショウタに、俺は話しかけた。
「俺がどんな道を歩むのか、見ててくれよ。せいぜい楽しんでくれ」
ショウタは俺を見た。そして、少しだけ口角をあげ。
「ポップコーン片手に見とくよ。クライマックスも盛り上げてくれよ、レンが寝ちまわないように」
「ああ、見といてくれ」
ショウタは弾け飛んだ。カードを手放し、深くため息をついた。
「もう二人目かよぉ⋯⋯」
誰に聞かせるわけでもない独り言。それは一人の男に聞かれていたようで。
「死んだの?」
「は?」
目の前にいたのは、見知らぬ男⋯⋯いや、少年だった。小さい少年だ。片目を長い前髪で隠している。目の覚めるような白髪。グレーのパーカーを着ている。
「友達、死んだの?」
少年は無遠慮に聞いてきた。眠そうな目でズバズバ切り込んでくる。
「ああ、死んだよ。ほんと⋯⋯参ったよ」
「運、悪いんだね」
「そうかもな」
少年は爪をいじりながら俺の話を聞いた。
「もっと他の方法があったのかな⋯⋯」
って、なんで俺は初対面の子供に聞いてるんだよ。気持ち悪いな、俺。
「さあ、僕は考えたことないから」
少年は、パーカーのほつれた糸をみょんみょん伸ばしながら、興味なさそうに呟く。
「どう言う意味だ?」
「別に、深く考えずに生きて行けるし⋯⋯」
「苦労したことないんだな」
「苦労したヤツが偉いってワケ?」
「違うよ。ただ、ちょっとな⋯⋯」
少年の意外な質問に言葉を詰まらせた。
「あんたも疲れてるんだね」
「⋯⋯」
少年の質問には答えなかった。
「君、名前は?」
「⋯⋯⋯⋯シント」
「俺はトウマだ。よろしくな」
「⋯⋯ん」
シントは短く返事をすると、机に頬杖をつき、俺を見た。
「今から殺し合いするっていうのに、名前を知ろうとするなんて、不思議な人だね」
「殺す人の名前は覚えていたいだろ」
「ふぅん。自信あるね」
「生きなきゃいけないからな。勝たせてもらうぞ」
俺も、シントを見た。
『ゲームを始めます』
互いに賭ける臓器を決めた。俺は先ほどと同じ鼻だ。
山札が宙に浮き、シントと俺に二枚のカードを配った。
伏せられたカードを捲る。
♣9と♥7。
まあまあ強い組み合わせだ。もう一枚引いてもいいが、バーストが怖いな。
いや、今は犠牲にしてもいい鼻を選んだ。なら、勝負に出るべきじゃないか?
俺は攻めるべく、カードを引いた。
「ヒット」
飛んできたカード。それを片手で受け取る。目に飛び込んできた数字は♥4。
合計で20。
ヨシ。攻めた結果、俺の方が圧倒的有利だ。
「僕はステイで」
シントはステイを宣言し、カードを伏せた後、あくびをした。
「余裕そうだな」
「まぁね。どうせ勝てるし」
俺の言葉に片手間で答える。随分と暇そうだ。
『手札を開示してください』
機械音声と共に、手札を机に放り出す。
シントの手札は♣10、♠J。合計で21。俺の負けだった。
「⋯⋯は?」
なんでだ。なんで。まさか、最初から心臓を賭けたのか?
『敗者は臓器を失います』
直後、会場の少し汗ばんだ空気がしなくなった。
「お前、心臓を賭けたのか?」
「な訳ないじゃーん。僕が賭けたのは鼻だよ。君は運が悪かったんだよ」
シントは少しだけ笑いながら俺のことを小馬鹿にしてくる。
まあ良い、切り替えていこう。次だ次。負けたことを気にしても意味がない。
俺は耳を賭け、ゲームを続行した。
二枚のカードが配られる。
♣8、♦4。ヒットするしかないな。
「ヒット」
「ステーイ」
シントは宣言しながら背もたれに寄りかかる。安心しきっている顔だ。
まるで自分が勝つことが確定しているような、そんな顔だ。
俺の手元にカードが飛んでくる。♠5。合計で16。このゲームは負けだな。
『手札を開示してください』
アナウンスが流れた。同時に手札を机に投げ出す。
シントは21。やはり俺の負けだ。
何かイカサマをしているのか?
いや、イカサマなんてできないはずだ。マルバツクイズでそれは証明されている。
透明な壁を飛び越えようとしていた男を、唐竹真っ二つにしていた。だから絶対に無理なはずだ。
だとすれば、シントの武器、才能と言っても良いほどの武器はただの運ってことなのか?
生まれ持った運に俺は負けるってことか?
いや、それは俺にだってある。運が良くなかったら、必ずどこかで死んでいたはずだ。俺にだって、シントほどではないけど、運はあるはずだ。それを手繰り寄せれば勝てる。
「ッ⋯⋯!」
突然、耳に鋭い痛みが入ったと途端、何も聞こえなくなる。
「⋯⋯⋯⋯」
シントが何かを言っているようだが、全く聞こえない。どうやら機能が奪われるのは本当らしい。鼻ではあまり実感がわかなかったが、ようやく感覚を掴めた。
全く音が聞こえないせいか、逆に謎の音が聞こえてくるような気がする。
変な感覚だ。
「お前、ルール理解してるか?」
シントは俺の質問に首を横に振る。その後、シントは宙に文字を書いた。
「どうせ勝てるから理解しても意味がない」
「随分と余裕だな」
「今までの人生もそうだったし」
書き終わると、シントはため息を吐く。
それを尻目に、俺は次に賭ける臓器を選択した。今度は左腕だ。
シントは左肺を賭ける。
カードが配られた。
♥Kと♥7。
「ステイ」
「⋯⋯」
シントはカードを引かず、そのまま結果を待つ。俺と同じくステイを選択したようだ。
カードを放り出す。
シントは21。また俺の負けだ。
直後、左腕が鉛のように重くなり、びくともしなくなる。
肩を動かすことはできるが、肘を曲げたり、腕を動かしたりなどはできない。
自分の体が自分のものでなくなるというのは、なんとも筆舌に尽くし難いほどの恐怖が襲ってくる。
やっぱり変な感覚だ。無意識に動かしていたものが動かなくなるというのは。腕や指は意識的には動かせないけど、それは分かりきったことだから、なんの疑問も抱かない。でも、無意識でも動かせないのはなんとも⋯⋯。
俺は違和感を感じながら、次の臓器の指定する。
心臓。
絶対に21が揃う最強の切り札。しかし、相手も同じ数字を出した時、引き分けになって両者が臓器を失ってしまう。ある種諸刃の剣だ。
カードが配られた。
♣Q、♠9。合計で21。
「ステイ」
「⋯⋯」
手札を開示する。
シントも21。どう足掻いても、シントの運は揺らがないようだ。シントはかすかに笑う。
俺の死にゆく様子を見て安堵したのだ。
ドクン。
心臓が大きく跳ねる。直後、動きを止めた。胸に大きな喪失感が生まれる。AFKの判定を遅らせるために、俺はできるだけ意識を失わないように踏ん張る。だが、脳に血液が行かないのはどうしようもない。俺の意識はゆっくりとフェードアウトする。
完全に気絶する前に、椅子を机から離す。
もう、耐えられない⋯⋯。
上体が机に叩きつけられた。
視界には、シントがいた。口を動かし、俺に現実をつきつける。
『残念でした』
確かにそう言った。
俺は反抗するように、口を開いた。
しかし、シントは耳を賭けていたようで、俺の呟きには気づかない。
「⋯⋯勝負は、ここからだ」
誤字・脱字報告を受け入れているので送ってくれたら嬉しいです。




