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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第六章:二人の願い
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63_大砲の撃ち方①



 エリスはまた武器庫に行った。


 それからじっくり大砲を観察したあと、「書庫に行きたいです」と魔杖に言う。


 魔杖はほっとしたようだった。「ようやく、物騒でないものに興味を持ったか」と言いたげだ。

 しかし――


「大砲の撃ち方がわかる本ってありますか」


 そうエリスが言うと、ぎょっとしたように跳ねた後、物言いたげな視線をひしひしと浴びせてくる。

 感情が見えるエリスには「お前、まだ諦めてないのか」という呆れの感情がしっかり見えた。


「私、一応魔力は――まあほぼないですけど、人類総魔導士時代なんて言われてますからね、一応魔法も使えて、属性は風なんですよ。そよ風程度ですけど……風向きを読むのは得意ですよ。大砲を撃つには向いているでしょう?」

「……」

「それに――」


 エリスは、ずっと悩んでいたことを、口に出す。


「アシュレイと私、ばらばらに戦うのって、やっぱりよくないなって」

「……」


 エリスは反省したのだ。敵を警戒してアシュレイと距離を取ったが、結果はアシュレイを苦しめるだけだった。

 そして今、アシュレイはエリスのために動いてくれている。


 ではエリスは彼のために何ができるのだろうか。


「……武器があるなら、私も戦えるんじゃないかなって」


 王城の宝物庫で見たものの中で、『死者の鏡』を除けば、一番欲しいと思ったのが、大砲だった。


「ここの大砲とは違いますけど、魔法救皇がいなくても魔神倒せるように、って大昔に開発されていた古代魔道具の大砲が王城の宝物庫にあったんです。いいなって思いました。アシュレイだけに戦わせずに済むから」


 魔杖は何か悩むような感情を出した後、


「……風向きだけ読めたって大砲は当たらねえぞ」


 と、ついに声を出した。


「あ、無理をしないでください。魔力を温存しないと、幽霊としての寿命が縮むんでしょう?」

「……気にしなくていい」


 それから魔杖は書庫への案内をしてくれた。

 エリスは一時間ほど、大砲の本を読んだ。



       ◇◇◇



「さて、撃ってみようかしら」


 エリスが本から顔を上げると、読書中は静かだった魔杖が「仕方ないな」と言った。


「運ぶには重いぞ。手伝ってやる」

「いいんですか? でも魔力が……」

「生きながらえるために温存してるわけじゃないからな。……俺が見届けられなくても、お前があいつのそばにいるならいい」


 どこかしんみりした声で言ったあと、「そういえば、大砲は屋上にもあるぞ」と言った。


「屋上……?」

「昔の領土争いの名残りだな。点検は……されてるといいな」


 魔杖と共に歩き、城の屋上に出てみれば、両隅には屋根付きの保管庫があり、大砲が何門か格納されていた。


「車輪がついているから、いざとなればこれを持ってきて、この見晴らしのいいところから撃てばいいのね!」


 前方には断崖絶壁の崖、そして遠くには広大な針葉樹の森が見えた。

 意気揚々とエリスが言えば、「まあ、この城を落とそうってやつが来たらだけどな」と魔杖が笑った。


「練習してみたいです」

「……本気で大砲を撃てるようになりたいのか」


 魔杖の問いに、「はい」とエリスは答える。


「だって私、魔力や剣ではアシュレイと一緒に戦えないから。かといって応援だけしようにも、遠くからだと声や楽器の音は届かないし、踊っても見えないし……アシュレイの真横に浮かせてもらって守られながら声援、っていうのも邪魔になるし。……魔神は大きくて強いから、自力で浮けないような、アシュレイ以外の人間はみんな踏み潰されちゃうし」


 そこで言葉を切り、エリスは遠くの森を見つめた。


「でも大砲なら遠くからでも飛ばせる。魔神にあたる距離まで届かせられたら、戦ってるアシュレイの真横を通っていく。魔神と向き合ってるアシュレイにもちゃんと見えるでしょう? 砲弾が届き続ける限り、後ろに味方がいるってずっとわかるんです」


 だから、アシュレイが魔神を封じる時は、一緒に砲弾を撃ち込みたいと思った。


「あ、そうだ。いっそ、花火だったらいいと思いませんか?」

「……」


 エリスが魔杖に軽口を言って微笑みかけた時――頭の中で声がした。


 “――なんて愚かな。”


「!」


 急な重圧に、エリスは思わず頭を押さえる。


「大丈夫か!? どうした!?」


 魔杖が慌てて声をかけてくれる。


「敵が……アシュレイの父親が……」


 エリスは息を張り詰めた。何を命じられても逆らおうと油断せずに、抗わなければならない。


 “――早くしろ。時間がない。私の命が尽きてからでは遅いんだ。他に誰があの子を殺してやれる。私とお前のほかに、誰が魔法救皇を殺せるというのだ。”


「……私は殺しません」


 エリスは、はっきりと否定した。


「あなたが言うような、絶望なんかさせない。もう孤独で苦しませたりしない。私がそばにいるわ。……だから、アシュレイを殺す必要なんかない」


 エリスの答えに、敵は侮蔑を込めた声で「愚かしい」とすぐに返してくる。


 “愛しい人がいたところで、意味はない。むしろ自分が異物だと強く感じる。愛おしく、かけがえがないと思えばこそ、自分との差に傷付くのだ。”


「異物だなんて……私もアシュレイも同じ人間よ?」


 この人は何を言っているのだろう、とエリスは憤慨したが、男の主張は変わらなかった。


 “お前はわかっていない。お前はあの皇子と――兵士たちと同じ側だ。いざとなれば、いつでもあちら側に戻れる、凡庸な人間だ。”


「……アシュレイを置いて戻ったりしないわ」


 “アシュレイは違う。助けてくれと魔法救皇に乞う側には決して入れない。いざという時に身を寄せ合うような、弱き者の側に、あの子だけは生涯入れない。それが人の輪から弾き出されているということだ。それなのに、お前は凡庸さが許されている。甘やかされた、真っ当な『人間』だ。その違いがわからないのか。”


 男は責めるような口ぶりだった。


「……じゃあ、あなたは? 私や他の人の文句を言ってばかりで、あなたは――殺す以外に、アシュレイのために何ができて、何をしたんですか?」


 その問いには、わずかな沈黙が返された。

 しかし、やがて言う。


 “――そうだとも。私では助けられない。……私が代わってやれたらどんなにいいか。”


 悔やむような、痛切な声だった。

 それは、表情を見なくてもわかる――親心からだろうと、察せられる声だった。


(……それだけは、同じ気持ちだわ)


 代わってやれたらどんなにいいか。

 その言葉だけには、初めてエリスはこの男に共感できると思った。


 もし本当にアシュレイが、人の輪の中から弾き出されてつらいというなら、エリスが魔法救皇の役目を代わってあげたい。

 アシュレイはみんなの輪の中で休んでいていいよ、と言って、エリス一人で前線に向かいたい。


(……でも)


 ――代わることは、本当にできないのだろうか。


「……うまく工夫したらできるんじゃないかしら」


 エリスは顔を上げ、前方の見晴らしの良い森と、そして後方に格納されている大砲たちを見る。


「私は、魔神を倒せるような魔力はないけれど……でも、私でも、代わりはできるんじゃないかしら」


 その視線と言葉で、魔杖は敵との会話が聞こえているわけでもないだろうに、「いや、お前には魔神は倒せないだろ」と言ってきた。


「魔力のぶつけ合いだぞ。普通の砲弾なんてかすり傷程度で、すぐ回復される。何の意味もない」

「それはわかっています。……でも、『戦う人』が、アシュレイじゃなければいいんじゃないかしら」

「?」


 魔杖は疑問の感情を出す。


「つまりね――」


 エリスが説明しようとした時、眼前の森から突然土埃が吹き上がり――地面が大きく揺れた。



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