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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第六章:二人の願い
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61_先代魔法救皇



「この短剣は何に使うつもりだ?」


 青年はエリスから取り上げた短剣を掲げてみせる。

 無骨なそれは、エリスの手の中にあった時よりも、青年の手にこそ似合って見えた。


「け、決して盗むつもりではなくて、少しの間だけ借りようと……」

「そんなことはわかってる。俺は用途を訊いたんだぞ」


 赤い瞳がすっと細められた。

 第一皇子にも似ているな、とエリスは思った。


 そしてエリスに後ろめたいことがあるせいか、なんとなく彼を怖く感じる。返答次第では、取り返しのつかないことになりそうな予感がしていた。


(そういえば、アシュレイが幽閉がどうとか言っていたような……)


 魔杖に向かってアシュレイが『幽閉とか物騒なことを言わないでくださいね』と念を押してから去っていった気がする。


(私を幽閉しようって、この人がアシュレイに言っていたってことよね……?)


 そしてそれはおそらく、アシュレイのためだろう。

 彼が父親に狙われていることまでは知らないかもしれないが、どんな命令もできてしまう『運命の乙女』を警戒するのは自然なことだ。

 特に、もし彼がアシュレイの保護者のような心境であれば、よく知らないエリスなんて一生閉じ込めてでも、アシュレイに無事でいてほしいと願うだろう。


(……もしかしたら、わかってくれるかもしれない)


 だから、思い切って言ってみることにした。


「アシュレイには秘密にしていただけますか?」


 エリスの言葉に、「……なんだ?」と青年は神妙な顔をする。


「アシュレイは命を狙われているんです。それも、実の父親から」


 青年は一度瞬きをして、「ああ、お前も知っているのか」と低い声で言った。


「……俺も、まあ、大体の事情はわかっている。幼い頃からあいつを見ているからな。呪歌のことで忘却魔法の処置を受けたのは――五歳の時だったか? その時も見ていた。最近のことはよくわからんが」


 エリスが想定するよりも、かなり前から事情に詳しい人のようだ。最近の接触については知らなくとも、第一皇子と同じく、ずっとアシュレイを案じてきた人だろう。


「で、俺にそんな話をしたってことは……短剣は自決用か」


 あっさり短剣の用途に思い至ったらしい。


「はい。……もしくは、声が出なくなるような毒薬が欲しいのですが、この城にはありませんか?」

「…………」


 青年は閉口した。

 それから「まったく……」と溜息をついて目を伏せた。


「さすがに毒を飲めとは言わないぞ。もっと無難な方法があるだろう」


 その言葉には、エリスは首を横に振って否定することしかできない。


「私、アシュレイと距離を取ろうとしたんです。でもアシュレイがあまりにも苦しそうで……」

「……」

「だから、これじゃ駄目だって思ってしまって……結局この城に来て二人きりになっているんです。だからいざという時、止めてくれる人がいないかわりに、自分でしっかり止めないと」

「……離れることを諦めたわけか」


 ふうん、と青年は気のない返事をする。


「喧嘩したんだったか? まあ、いきなり距離を取られたら苦しむだろう。好きな女は追いかけたくなるものだぞ。むしろ、あいつが逃げたくなるほど構い倒して、あいつの方から離れるようにした方がよかったかもな」

「私がしつこく迫ったら……アシュレイが私に飽きたり、逃げたりするってことですか?」

「…………ん、いや、無理か」


 想像したようで、渋い顔をされた。エリスとしても、アシュレイがそのような態度になるとは考えづらい。ただの両想いのいちゃつく男女になるだけな気がする。


「……成功しますかね?」

「……」


 念のため問いを重ねたが、返事はなかった。

 青年は気まずそうに目を逸らす。


「じゃあ、あれだ。『金と権力を持ってる男が好き』って人間の意地汚さを見せつけて、『ああ、自分から離れてくれてよかった』とアシュレイが思うくらいの悪女になれ」

「それはちょっと……」


 そんなことをすれば、また第一皇子との確執に繋がってしまうような気がした。アシュレイはエリスのことを我儘だとは思わずに、きっと願いを叶えようとして、また『皇子』を目指すことになるだろう。


「アシュレイが苦しむようなことは、もうしたくないんです。だから別の方法を選びます」

「別の方法って言って自決を手段にするようじゃあ、困るんだよ」


 青年は気まずそうに、首の後ろをがりがりと掻いた。


「……まあ、俺も最初は『運命の乙女を見つけたらすぐ殺せ』ってアシュレイに言ってたけどな……好きな女に自分から死なれるのはきついぞ」

「……」


 エリスは困ってしまった。たしかにエリスが自分から死んだら、アシュレイの心に傷を作るだろうが――


「でも先代様、もう他に方法は無い気がします」

「死なれたらアシュレイは一生ひきずるぞ。お前のことが大好きなようだからな」

「……」


 エリスは俯いた。

 他に方法が思いつかなくて困ってしまう。ならば彼の言うとおり、アシュレイがエリスのことをさほど好きでなくなればいいのだろうか。


「ちなみに先代様の場合、ご自分の運命の乙女がお金と権力が大好きで、散財家で、辛辣だと結婚前にわかっていたら、結婚しなくてもいいや、と思いましたか?」


 訊ねてみれば、自分の時の『運命の乙女』を思い出したのか、苦い顔になって、 

「いや、それでも結婚してたな」

 と、言った。


「駄目じゃないですか……」

「俺の『運命の乙女』がどんな性格だったか知ってて言ってるだろ? 相当な『悪女』として後世には書き残されているらしいな」


 そう言って、彼は気難しそうな顔をする。

 歴史書によれば、先代の運命の乙女は、あらゆる貴族と、自分の夫に対して、それはそれは苛烈な人物だったらしいが――目の前の彼からは、愛おしさと、憎らしさと、複雑な感情が見えた。


「……本当に悪女だったんですか?」


 つい訊いてしまうが、ただ首をすくめられるだけだった。


「そんなの聞いてどうするんだ」

「そもそも夫婦仲は、悪かったんですか? よかったんですか?」

「夫に(ひざまず)けと命じて、背を踏みつける妻をどう思う?」

「……」


 強制力を存分に使われていたらしい。エリスが気まずい顔をすると、青年は目を逸らして笑った。


「あいつは――俺の妻は、皇后になんてなりたくなかったんだろうな。その怒りを俺にぶつけていた。――だから俺が先に死んだことについては、『こんなところへ連れてきておいて、よくも一人で置いていったな』と恨んでいただろう。実際、『后になんかならなければ良かった』と何度も(なじ)られたものだ。その嫌がらせを俺にしていたわけだが……つまりまあ、人のどうしようもない浅ましいところを、お前もアシュレイに見せつけていけ。俺からもしっかりと『運命の相手なんて期待するな。恋なんて誰とだってできる』と昔から言い含めてある」


(それは子どもの教育に良いのかしら……それとも悪いのかしら……)


 しかも途中からよくわからなくなったが――先代魔法救皇は後悔しているのだろうか。先代の『運命の乙女』は、途中から性格が変わったのだろうか。説明の不足について悩みながら、エリスは首を傾げる。


 結局、先代の『運命の乙女』が悪女になっても、この『魔法救皇』は愛し続けたというなら、エリスへの説得の例としては不適当なのだが――この人は、矛盾に気づいていないのだろうか。


「……ずっと、愛していらっしゃるんですね」


 感情が見えるエリスには、妻の話をする彼から、恋慕の感情が出ているのだけは、しっかり見えていた。


 言葉にすれば、嫌そうな顔をされる。


「……なんでそんな顔で俺を見る」

「どんな顔ですか」

「寛容な人間の顔だ。『仕方ないですよね、好きになっちゃったんだから』という顔だ。アシュレイにもそういう態度をされたことがある。俺より百年も後に生まれた赤ん坊どものくせに」


 け、と眉を顰められた。

 よくわからなかったが、エリスは彼がたとえ妻が変わろうと、愛し続けていたことを、温かく思ったので、そのような顔をしたのだろう。


「……私、アシュレイには人間に幻滅してほしくないです」


 エリスは、この人との会話で改めて思ったことを口にした。


「だから、嫌な人間になってアシュレイに嫌われようっていうのも、やっぱり難しいかなって思います。……むしろアシュレイは、私に寄り添おうとして疲れてしまうような気がします」

「ああ、確かにな……」


 エリスの変化に振り回されて、また苦しそうな顔をするに違いない。


 それを想像できたのか、青年も「難しいな」と苦い顔をした。


「難しいですね。最初から私がいなければ――」


 彼は、いともたやすく世界を救える万能を持っているのに。

 ――誰からも称賛されて、愛されるはずの人だったのに。

 父親に命を狙われて、その決定打になりそうなのが運命の乙女だなんて、ひどい話だ。


「なんで、こんな邪魔をしちゃうような――運命の乙女になんかに生まれたんでしょう」


 ぽつりと、悔やむようにエリスが言葉をこぼすと、青年がわずかに動揺を見せた。


「離れることすら苦しめるような……そんなのじゃなくて、もっと、アシュレイを助ける役目を授かれればよかったのに」

「……」


 魔法救皇に唯一命令できてしまう存在。彼を振り回してしまう存在。

 そういうものではなくて、もっと役に立つ存在だったらよかったのに。


 そう思った途端に、胸がぎゅっと苦しくなる。


(……好きな人の、一番の敵になりかねない存在だなんて)


 わかっていたはずだったのに、改めて考えると気落ちしてしまう。


 エリスが俯いていると、「そういうものだろ」と青年が投げやりに言葉を寄越した。


「魔法救皇は万能なんだから、手助けするやつなんか、逆に要らねえよ」

「……」


 彼の言葉はもっともだった。

 しかし――


(本当にそうなのかしら……)


 違うかもしれない、とエリスは思った。


 アシュレイは――魔法救皇は、いつでも強く、いつでも勝てる存在として生まれてはいるが――誰かに、代わりに戦ってほしい時だってあるんじゃないだろうか。


 エリスはちらりと、先ほどまで触っていた大砲に目をやった。

 それに気づいて、青年は嫌そうな顔をする。


「大砲、そんなに気になるか? ……これで自分が戦うとか言い出さないだろうな?」


 どうやら頭の中の考えを見透かされたらしい。


「だって私、非力だから剣は持てないし、槍も弓もできません。……でも、大砲なら火を着ければいいだけでしょう? あ、もちろん重たい砲弾も入れないといけないけれど」

「大砲もそう簡単に当たらねえぞ。角度だの風向きだの、きちんと考えないと無理だ」

「でも、山ほどに大きい魔神なら当たるでしょう?」

「……」


 的が大きければ、必ずどこかには当たるだろう。

 だからきっと王城の宝物庫にあった古代魔道具も、大砲の形で開発されていたに違いない。


「いや、当たったところで、魔道具どころかただの大砲なんて、魔神相手に何の意味もないぞ。そよ風が当たるより弱い」

「そうですかね……」

「そうだろうよ」


 エリスが大砲を名残惜しく見つめていると、「物騒だから、こんなところさっさと出るぞ」と青年が言った。

 それから「ああ、魔力を使いすぎた。幽霊としての寿命がだいぶ縮んだぞ」と苦い顔をして、すっと姿を消した。

 そしてまた魔杖がぴょこぴょこと跳ねるのだった。



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