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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第三章:呪いと黒猫とデート
32/69

32_デートと嫉妬②



 街につくと、周辺に護衛が潜んでいるのが分かった。

 人数があまりにも多いので、馬車に付いていた者以外は現地集合らしい。すれ違う人々の二割くらいは皇子の兵だろう。エリスは感情が見えるので、彼らの緊迫具合でただの街人か私服の兵士かを見分けられるが、本来なら気づかれないほどうまく街に溶け込めていると感じた。


(護衛の練習って、こういう感じなのね……)


 これなら、お忍びとして、傍からはエリスとアシュレイがただ二人でデートをしているだけに見えるだろう。


(というか、仮面のままでいいのかしら)


 街の入口はすでに賑やかな祭りの雰囲気だが、仮面の男はさすがに目立つ。

 万能ならば、てきとうに顔を偽ることもできるだろうと思って、

「顔はそれでいいの?」

 と、訊ねてみると、


「あなたに、違う顔の……他の男とデートをしていると思ってほしくないので」

 と、悔しげに言われた。


「……別に、そんなことは思わないけれど」


 彼からは、もや、とまた黒い感情が出ていた。


(これはもしかして……誤解を嫌がる感情ってことかしら?)


「私が、あなたを別の人と勘違いすると嫌、ってことかしら」

「はい」


(なるほど……?)


 わかるような、わからないような感情だ。

 エリスが悩んでいると、彼が言う。


「今日の祭りは、夜の部からは仮面をつけるものなので、昼間からでも、平気かと」


 彼が指差す方向を見れば、入口付近には仮面を売っている店が並んでいた。

 芸術的に、そして豊穣への祈りを込めて、太陽や花や獣の角などを、それぞれ大胆に模していた。


「あら、楽しそうなお祭りね。仮面で過ごせるなんて、あなた向きだわ」

「……ただ、一応、昼の部で仮面をしていると、目立ちはします。嫌ならば――」

「いえ、昼間からでもいいと思うわ。そのままでいきましょう」


 エリスが店先の仮面をわくわくと見ていると、

「エリスさんも、夜のために仮面を買いますか?」

 と彼が訊ねてくる。


「そうね、一つ欲しいわ」


 夜までの祭りだとは聞いていなかったし、公務としてどのようなスケジュールなのかはわからないが、今日の記念に一つ欲しいと思った。


「俺も、祭り用のものを、買います」

「そうね、あなたの私物はちょっと祭り用とは違うものね」


 今日着けているのはさすがにお忍びだからか、魔法救皇の活動の時のものとも違う、シンプルな仮面だった。これはこれで祭りの雰囲気には合わないだろう。

 ふふ、と微笑むと、彼も穏やかに口元をゆるめる。


(なんだかすごく、デートっぽいわ……!)


 嬉しくて、胸がふわふわと落ち着かない。

 彼も、満たされているような感情が周囲を漂っていて、同じ気持ちだとわかって嬉しかった。


(というか本当に、私からしたら『アシュレイらしいなぁ』という印象なのだけれど……魔法救皇の言動として、今日はこんな感じでも大丈夫なのかしら……?)


 先ほど迎えに来てくれた時から、エリスが考える『第一皇子』のイメージとは異なる、別人だとバレそうな物腰なのだが――護衛の人たちに『第一皇子っぽくないな……』とバレたりしないのだろうか。


「あの……」


 エリスが声をひそめて、彼の耳元で囁こうとすれば、途端に、周囲の警戒心が跳ね上がった。


「…………」


 運命の乙女が魔法救皇に、何か良からぬことを吹き込むかもしれない、と思われたのだろう。

 内緒話は諦めるべきだろうか。


(でも、あとでアシュレイが困ったら嫌だし……)


 魔法救皇も、周囲の態度がわかるのだろう、「なんでしょうか」と気まずそうに、そして申し訳なさそうにエリスの言葉の先を促す。


 エリスはなるべく怪しまれる時間を減らそうと早口で、内緒話を強行した。


「ええと……その、護衛の人たちが見てるでしょう? 第一皇子様っぽい振る舞いをしなくていいの? 舞踏会の時とか、もっと不遜な感じだったけど……護衛の人が戸惑うんじゃない?」


 途端に、もや、と黒い焦げ付きそうな『感情』がアシュレイから溢れ出た。


(え!? だめなの!?)


 アシュレイにとって、聞きたくないような助言だったのかもしれない。


「ご、ごめんなさい……?」

「いえ、すみません、なにか表情に出ていましたか?」


 エリスが感情を見ているとは知らないアシュレイは、自分の仮面に手をあてて恥じるような感情を出したあと、「名乗りたい……」と呻いていた。


(名乗りたいってどういうこと……? ああ、名乗れない皇族だから……お城でいつも他の兵の視線を気にして大変なのね、きっと……)


 第一皇子の話によれば、アシュレイは現皇帝の亡き妹の隠し子なのだ。

 命を狙われていなくとも、名乗れない事情があるのだろう。


「あの、ごめんなさい。あなたの苦労も知らずに、妙なことを言ってしまって。たまには気を抜きたいわよね……無理をしないで好きなように振る舞うのが一番よね」

「いえ、あなたのおっしゃることも、もっともです」


 彼は少し落ち込んだような感情を出した。

 そして、意を決したようにエリスに訊く。


「不遜な皇子が好きですか?」

「え? まさか」


 謎の質問にエリスは首を傾げる。


「別に、私は不遜な皇子とやらは好きではないけれど……?」

「…………」


 今度は、ものすごく悩むような感情が溢れ出ていた。


(ど、どうしたの!? 何を言えば正解なのか、わからなくなってきたわ!)


 とりあえず明るい話題に変えようと思い、「あ、あれおいしそうよ」とか屋台に目を向け、彼も「あ、大道芸……見ていきましょう」などと乗ってくれて、お互いに手を握ってぐんぐんと歩き出した。次第にアシュレイは幸せそうな感情に変わっていった。


 ふわっ、ふわっ、と喜びの柔らかそうな雲を浮かべているアシュレイを見て、元気になってよかったなぁと微笑んでいると――


 向こう側から、なにやら派手な青年たちの集団が歩いてきていた。人々はそれを恐れるように避けている。


(地元の不良かしら)


 真ん中を歩く男は、エリスに目を留めると、にやにやとした顔で値踏みしたあと、隣に立つアシュレイを露骨に笑った。


「おいおい、昼間から仮面とは張り切ってんなぁ。それとも、恥ずかしい傷でもあるのか? 見苦しいな。しょうもない姿を晒してる詫びに、そっちの彼女を置いてけよ」


 ひどいいちゃもんだ。

 ……なんて自分勝手に喋る人だろう、とエリスは目を瞬かせた。


 相手もまさかこの人が魔法救皇だとは思っていないのだろう。きっと、夜の部まで待てなかったちょっと気が早くて一人だけもう仮面をつけているだけの人に見えるのだ。

 お忍びの格好であるエリスとアシュレイは、そこそこに上品な商家程度の格好だ。しかし相手の不良も、どうやらそれなりに羽振りのよさそうな格好で、本物の商家のお坊ちゃんかもしれない。

 それでこちらを下に見て、喧嘩を吹っかけてきたのだろう。


(……面倒なものに出くわしてしまったわ)


 嘲笑の感情が、その青年と周囲から見える。叔母の村でよく見た感情だ。


「無視しましょう」


 エリスは構わずアシュレイの手を引っ張って、男を避けていこうとしたが、すぐに腕を捕まれそうになる。

 即座にアシュレイが間に立ちふさがり、相手と睨み合いになってしまった。


(まずい。問題を起こしたら――)


 魔法救皇が目立つのは良くない。


 エリスが息を呑んでいると、相手の男は、怯えだと勘違いしたのだろうか、満足そうに鼻で笑って、アシュレイの肩越しにエリスを見下ろしてきた。


「隠れてないでこっちに来いよ。こんな顔も晒せない男、恥ずかしいだろ。俺の隣を歩かせてやるよ」


 まるでアシュレイを侮辱するような発言に、かっと頭が熱くなるような思いがした。

 黙っていられずに前へ出る。


「馬鹿言わないで。あなたの隣に立つ方が恥ずかしいわよ。祭りに来てわざわざ大声で叫ぶことが他人のデートのひやかし? お友達に強さを見せつけたいんでしょうけど、他人の恋人を奪おうなんて、どうしようもないくらい見苦しいのよ」

「なんだと?」


 エリスの顔に、男の手が伸びようとして――


「彼女に触れるな」


 その手が触れる前に、アシュレイが強く相手の手首を掴んだ。


 彼の低い声に――エリスは驚いて、その横顔を見つめてしまう。


「……痛ぇな。何すんだ」

「俺が仮面で見苦しいのは本当のことだけど、彼女に軽率に触れることは絶対に許さない」

「かっこつけてんじゃねえよ!」


 青年とその仲間たちが殴りかかってきたが、アシュレイは流れるような足さばきで、片手は男の手首を握ったまま、簡単に不良たちを(ぎょ)してしまう。


 そして強くその腕を引き寄せて、男の顔を間近で見つめる。


「……君たちはいつも街で悪さをしているの?」

「っ、痛ぇな! (はな)せよ!」


 男は、暴れてアシュレイから逃れようとするが、びくともしない。次第に恐怖の感情が混じり始め、「やめろ! 放せ!」と男が叫ぶ。


 アシュレイは静かに告げた。


「今日はお祭りだよ。みんなが笑顔になる日なんだ。……周りに迷惑をかけないようにね」

「わかった! わかったから!」


 男はアシュレイから解放されるなり、仲間を連れて逃げて行った。


「……強いのね。驚いたわ」


 つい感想をこぼしてしまってから、皇子に向ける言葉ではなかったなと思ったが、彼は別の心配があったようで、

「ご、ごめん……怖がらないで」

 と、途端に慌てだして、不安そうな顔になった。


「え? 別にあなたを怖いなんて思わないけど」

「ほ、本当……?」


 彼はエリスに怖がられるのがよほど心配らしい。

 それは、願うような――彼にとって大切なことなのだろうと、察せられた。


 彼の心が「どうか怖がらないで」とちいさな星のように必死に明滅しているように思えた。


(――この人は)


 万能なのに、こんなにも怖がりなのは、きっと。

 誰かを傷つけることが、そして人々に遠巻きに畏怖されることが、一番怖いのではないだろうか。


「……大丈夫よ、誰も、あなたを怖がったりしないわ」


 そう言って、エリスが周囲を見るように促せば、アシュレイと目が合った近くの屋台の男性が、「やるなぁ、兄ちゃん。かっこいいぜ」と笑みを返した。「あいつらには困ってたんだ。悪いな、地元のもんが迷惑かけて。逆らえない家のやつで……」と詫びる者もいる。


「ほらね、みんなあなたを褒めているわよ。私もあなたに助けてもらえて嬉しかったわ。……ありがとう」


 まだ不安そうだが、「そ、それなら良かった……」とちいさく溜息を吐く。

 少しずつ調子は戻ってきているようだ。


(でも、もう態度が完全にアシュレイだわ……!)


 臆病で、不安そうで、でもエリスを助けられて嬉しそうにしている――まさに、最初に会った時のアシュレイだ。

 見張りの兵たちがどこまで事情を知っているのかわからないが、あまり『両皇子どちらとも性格が違うな……』と思われない方がいいのではないだろうか。


「と、とりあえず、これ以上、面倒に巻き込まれないために……私も仮面をした方がいいかしら? 一人だから目立つのよね。きっと二人ともお揃いにした方がいいわ」

「あ……」


 彼が、なにやら残念がるような声を出す。


「なあに?」

「いえ、なんでも――俺の隣に立つのが恥ずかしいのなら、素顔を隠しても、いいかも、しれません」

「? 恥ずかしいなんて思わないわ。……いえ、私は初デートに挑むものとして、多少の照れはあったけれど、今はもう落ち着いてきたわ」

「……?」


 二人して、首を傾げ合った。


「仮面は、しなくて、良いと思います」

「そう? ……じゃあ、夜までは仮面はしないでおくわ。それでもいいかしら?」

「はい。俺は、あなたの顔をずっと見ていられる方が、嬉しいので」

「……!」


 さらっと口説くような台詞を言われて、落ち着いたはずの心臓がまた跳ねた。いかにもデートっぽい発言だ。


(え、これってアシュレイが言ってるのよね!?)


 エリスの顔をずっと見ていたいと言ってもらえた。

 かあ、と頬が熱くなり、つい両手で頬を抑えながら恥じらっていると、それを見ている彼から、ぶわっといつもの「可愛い」と呻く時の感情と――やはり、あとから黒く、もや、と焼けつきそうな感情が湧き出ていた。


「……ぐ、具合が悪いの?」

「? いえ」


 それともエリスのせいだろうか。


「あの、私ばかりデート気分で浮かれていてごめんなさい。つらかったらいつでも言って」

「つらいことなど何も……俺も、このデートを楽しみにしていました」

「本当……?」


 つい聞き返してしまうが、彼が真剣なのは語調でもわかっていたし、全身から溢れる感情が本気だと示していた。そして、なによりも、まっすぐにエリスと向き合ってくれている。


「本当です。何よりも、楽しみにしていました」


 念を押すような言い方に、エリスは自然と笑みがこぼれた。

 もう一度手を繋ごうとエリスが手を差し出せば、彼も幸せそうな感情と共に手を握ろうとして――

 

 どん、と彼の膝下に、ちいさなものがぶつかった。


「?」


 二人で覗き込めば、泣きそうな子どもがいた。

 見るからに、大人の付き添いなしで歩いてはいけないような幼い年齢の――迷子だった。



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