31_デートと嫉妬①
デート当日、屋敷に迎えの馬車が来て、仮面の金髪の青年が降りてきた時、エリスは自分の勘違いに気づいた。
髪色が違っても、わかった。
――あ、この人アシュレイだ、と。
(なんでアシュレイ!? いえ、魔法救皇がアシュレイなのはわかっていたけど――本物が来るなんて皇子はひとことも言わなかったわよ!?)
第一皇子が「魔法救皇は俺だ」という嘘の発言を続行している上に、『第一皇子の兵』がエリスに慣れるための公務だと言われていたので、てっきり第一皇子が魔法救皇のふりをしてデートに来ると思いこんでいたのだ。
(本物の方の魔法救皇とデートなら言っておいてよ!)
昨日、猫のアシュレイにも『第一皇子とデート』と言ってしまった。どうりで彼が『にゃ!?』と慌てていたわけだ。きっと『デートの相手は僕だよ!? 兄さんじゃないよ!? あれっ、なにか伝達ミス!?』みたいなことを思っていたからだったのだろう。
(は、恥ずかし……)
勘違いをした上に、アシュレイにも「公務を頑張ってくるわね」とか言ってしまった。羞恥で自分の頬が赤くなるのがわかる。
それでもアシュレイに会えたのが嬉しくて、ついつい彼を熱心に見上げていると――
「……」
仮面越しに、じっとエリスを見つめ返して――いつもの「可愛い」と呻くときの感情と――見たことのない、もや、と焼き付くような黒色の、うごめく暗雲を出していた。
「?」
どうしたんだろう、とエリスは目を瞬かせる。
人生で一度も見たことのない『感情』だ。
(何かしら……黒いってことは、よくないものなの?)
エリスはそっと訊ねてみることにする。
「あの、私、なにか失礼なことをしたかしら……?」
エリスの言葉に、彼は驚いたような顔をしたあと、「いえ、あなたは何も」と否定した。
(……?)
黙って見つめ合ってしまう二人を、馬車の御者やわずかな護衛たちが、表情には出さないものの、不安そうに見守っている。
――今日は、魔法救皇と運命の乙女の、初の公務だ。兵たちも緊張しているだろう。
(まずいわ……ちゃんと私は安全ですって示さないと)
今日のエリスがやるべきことは、この魔法救皇、そして国や世界に対して無害な人物であると兵たちに証明することだ。
第一皇子のお忍びに同行する仕事ではなかったのだ。
(と、とりあえず、中身がアシュレイなら……仲の良いアピールはできそうよね……!?)
そっとエリスが手を差し出してみると、彼は不思議そうにしたものの、優しく握り返してくれた。
彼からは喜びと照れと――また、あの黒いもやもやが出てくる。
(また出ているけど……本当にこれは何の感情なの……?)
喜んでいるのに、黒い感情が出るのは何故なのだろう。
とりあえず、彼は手を握ってくれたし、兵たちも二人の様子に喜んでいる。今日はこんな感じでいけばいいのだろうか。
(そう、今日はアシュレイとのデート……アシュレイとデートができるのよ!)
しばらく会ってはいけないと思っていたが、『仮面の魔法救皇』となら会っていいのだ。アシュレイだと特定されなければ良いだけなのだから。
喜んでいる場合ではないと思いつつも、ついつい嬉しくてふわふわと心が軽くなる。
エリスが笑顔を浮かべると、彼もつられかけ――しかし、また、もやもやと黒い感情を出す。さっきよりも量が多い。
(本当に今日はどうしたの!? 今までこんなこと無かったのに!)
エリスはもう一度訊ねてみた。
「今なにを考えているの? 私に不満がないのなら――具合が悪い?」
彼は「いえ」と静かに否定し、しかしエリスが心配そうにしているのがわかったのか、突然、妙な質問をしてきた。
「……他に好きな人がいますか?」
「へ!?」
思わぬ質問にエリスはびくりと肩を揺らす。
自分の顔が一気に赤くなるのがわかった。
(え、これは、あなたが好きですって言っていいの!?)
エリスが悩んでいると、彼が「ああ」と呻く。
「質問の仕方を間違えた……今『魔法救皇』が訊いても意味がない……すみません、なんでもありません」
彼が悔やむような声を出す。
「え、ええと?」
彼がなにかに悩んでいることはわかるのに、どうすればいいのかわからない。
エリスが慌てていると、彼は安心させるように微笑んだ。
「なんでもないよ。……いえ、なんでもありません」
わざわざ言い直していた。
「……敬語じゃなくていいのよ?」
舞踏会で会った時から、『仮面の魔法救皇』はエリスに対して敬語だった。
「俺は……仕事中は、この方が、楽なので」
「そう……」
他の皇子たちとの差異を無くして、特定させにくくするためには、『仮面救皇』は常に敬語にしておく方が楽なのかもしれない。一人称は両皇子に合わせて『俺』にしているせいか、アシュレイはエリスの前でときどき『僕』ではなく『俺』と言いかけることもあったが――。
(見張りもいるし、私よりもアシュレイのほうが気が抜けないのかもしれないわ)
城での立場はよくわからないし、兵士たちは仮面の青年を第一皇子だと思って護衛をしているのか、それともアシュレイの事情を知っているのかどうか、エリスにはわからない。
「とりあえず、今日はデートを楽しみましょう?」
エリスがそう告げると、彼は静かに頷いた。
そして手を繋いだまま、馬車へとエリスをエスコートしてくれる。
革張りの立派な――しかしあくまでも今日は『商家のお忍び』くらいの設定なので外装からは皇族用だとはわからない――馬車のシートに座り、正面に座った彼を見つめる。
「…………」
「…………」
今日の彼は物静かだ。
見張りつきの公務なのだから、仕方がないとは思うが。
(どうしましょう、緊張が止まらないわ……!)
今までアシュレイとは平気で接してきたのに、魔法救皇――つまり『運命の相手』との初めてのデートだと思うと、エリスの心臓は鳴り止まなかった。
――だから、エリスは気づかなかった。
エリスが猫のアシュレイに「第一皇子とデートする」と勘違いを示したまま、まだ訂正していないことを。エリスが今日迎えに来た『仮面の魔法救皇』がアシュレイだと見抜いていることに、アシュレイ自身が気づかない可能性を。
つまり、目の前にいる仮面の魔法救皇に対してエリスが照れたり幸せそうに微笑むたびに、アシュレイはそれを『第一皇子に向けている』と勘違いして、焼け付きそうな想いを抱いていることなど――初めてのデートに緊張するエリスには、まったく想像もできないことだったのだ。




