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私のいとしい最弱の魔法救皇  作者: 猪谷かなめ
第二章:舞踏会
15/69

15_恐ろしい第一皇子


「……なぜですか」


 第一皇子と踊りながら、エリスは訊ねた。

 エリスたち以外、誰も踊っておらず、全員の視線を浴びながら中央で第一皇子と踊っている。

 ――そう、他に誰も踊っていない。なにせ、今まで令嬢からのダンスの誘いをすべて断り続けていた第一皇子が、ついに一人の令嬢を選んだのだ。誰もがそれを驚愕で見守るだろう。


(どうして……どうして断られなかったの……?)


 まさか本当にエリスが運命の乙女なのだろうか。

 緊張と混乱のせいで、ダンスのやり方など忘れてしまったが、相手の熟達したエスコートのおかげで、エリスもなんとか踊れている。


「なぜ断らなかったか、だと? 当然だろう。運命の相手だからに決まっている」


 第一皇子は、平然と言った。


 エリスは思わず皇子を凝視してしまう。

 しかし、嘘をついている感情は見えなかった。――いや、この人はどうしてか、感情が見えにくいのだ。先ほどから、一切の感情がエリスには見えない。


「妙な顔をしているな。何か気掛(きが)かりなことでもあるのか」

「いえ……」


 見えないのはおそらく、この人が魔法でそれを妨害しているからだろう。エリスは魔法の才能は全くない。格上の相手の魔法に、エリスが勝てるわけがない。


(……つまり、魔法救皇、なの……?)


 それとも、ただ優秀な魔導士であるだけか。


(この人が私の運命の相手……?)


 あまりにも合わないだろう、としか思えない。

 何度見つめても、ただ冷ややかな、表情の読みにくい顔を返されるだけだ。……相手の方も、エリスに恋をしているようには見えなかった。


 やがて彼は、別のことを言った。


「お前だけだ。不安や期待を持たず、ただ本気で真実を確かめるだけに俺の目を見て命じたのは」


 ぽつりと皇子に言われて、エリスは意味を考える。


「皆、そうだと思いますが……」

「いや、お前だけは別格だ」

「信じがたいと言いますか……運命の相手であれば、これから恋が始まるということでしょう? 大変失礼ながら、お互いにそのような予感はないと思いますが……」


 エリスが控えめにそう言うと、皇子はどこか楽しげに笑った。


「俺はすでに、あなたを愛しているというのに?」

「はい!?」


 嘘だ、と思った。

 絶対に嘘だろう。


 裏返りそうな声を上げたエリスを、どこか愉快そうに皇子が笑っている。

 感情が見えないのが悔しいと思った。見えたなら、「ほらやっぱり嘘だ」と心の中でだけでも言えるというのに。


 エリスが難しい顔をしていると、周囲の者を見渡すようにして皇子が言った。


「先ほど踊っていた相手は?」

「?」

「男と踊っていただろう。親しいのか?」


 早速、嫉妬ごっこでもするのだろうか。答えに困窮していると、「皇子の問いを無視とはいい度胸だな」と言われる。……不興を買ってアシュレイが不利になると困るので、正直に答えることにする。


「……アシュレイです。最近知り合いました」

「家名は?」

「…………存じ上げません」


 これも正直に答えると、皇子は赤い瞳を見開いた。


「家名も知らない相手と踊っていたのか」


 そして、はは、と楽しげに笑った。


「どこで出会った? 貴族としてではなく、外で出会ったと見える」


 なんだか愉快そうに訊いてくる。どうしてこの人は、間男の存在を喜んでいるのだろう。


(……どこまで話していいのかしら)


 仕事がらみだと言ってしまえば、魔道具のことを話さなくてはいけなくなるだろう――色々と突っ込まれたくなくて、少し高飛車な態度を取ってみる。


「あまり訊かないでくださいませ」

「そうか。……まあ、運命の乙女がそう言うなら、従うしかないな」


(あ、そうなるのね! ……便利だわ)


 どういう意図があるかわからないが、表面上、皇子はエリスを運命の相手として扱いたいようだ。そうなると、彼はエリスの要求には絶対に逆らえないことになる。たとえ彼の演技だとしても。


(これってチャンスなんじゃない? いっそここで国宝をくださいって言ったら……いえ、やっぱり駄目ね。いきなりこちらの望みを正直に言うのは、最大の弱みを見せるようなものだわ)


 この皇子はどうにも油断ならない相手だと本能が告げている。


「俺の望みを言っておこうか」


 エリスの葛藤を遮るように、皇子が急にそんなことを言った。


「え?」

「つつがなく、皇帝になり、この国の平穏を守ることだ。……運命の乙女を皇后にする気はない」

「……あら、そうですか」


 エリスとしても特に異論はない。

 皇后になりたくて皇子に近づいているわけではないのだ。仮に運命の相手同士であっても、必ずしも婚姻しなければいけないということもないだろう。


 あっさりと受け流すエリスに、皇子は目を(すが)めた。


「お前の望みは何だ? 何のために城に来た? ……お前は権力を望むような人物には見えない」

「あら」


 それは褒めてもらっているのだろうか。


「本当に、望みを言ってもよろしいのですか? ……強制力で、断れなかったらどうします?」

「……なるほどな。本当に豪胆なご令嬢だ」


 口の端を上げて皇子は笑っていた。


 叶うなら、『宝物庫の中身を丸ごとください』と言ってしまいたいところだ。

 そうすれば目的の『死者の鏡』も手に入る。宝物庫を丸ごともらってしまえば、老爺たちの村絡みだとは気づかれにくいだろう。


(言ってみるべき? いえ、やっぱり気が早いわ。言わない方がいいに決まってる)


 というか、もうすぐダンスが終わりそうだ。

 このままだと、『踊り終わったらひざまずいて求婚』が実行されるかどうか、判定する瞬間が来てしまう。


 もし求婚なんてしてしまえば、いくら皇子でも撤回はできないだろう。

 それは演技でできることではない。

 エリスが本当に運命の乙女かどうか、わかってしまう。


 あと少しで、ダンスが終わる、という時――


 つんざくような咆哮が聴こえた。


 見れば、天井に頭が付きそうなほど巨大な魔物が、二人のすぐ目の前に現れていた。



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