アンナという女
結局、アンナの動機が良く分からない。理解するには彼女の事をもっと知る必要があるらしい。
彼女について、改めて振り返ることになった。
眼鏡をかけた鬼人族の女性。眼鏡の下の可愛さは、男性だけでなく女性からも人気が高い。
そんな彼女は"強い人"が好きと公言するだけあって、強者同士の戦いで有ればあるほどに興奮を覚える事は有名だ。
しかし、それは表の顔。
「アンナの本職は覚えていますか?」
「あぁ、確か竜王国の暗部だったな」
彼女の裏の顔。それは竜王国の暗部。諜報・暗殺を行う部署だとマリーに聞かされていた。
「話を聞いた時はびっくりしたけどね」
「大抵の人がそんなもんです」
それというのも彼女が常に身に付けている眼鏡には、認識阻害の効果だけでなく、特殊な術式が組み込まれているからだ。
それは、認識改変。
コレを身に付けた状態で話し掛けられた相手は、じしんにとって最も身近なメイドを思い浮かべ、『何屋敷のメイドさん』だと勝手に思い込み気まで許すのだ。
「俺の場合、初めて見たメイドが城だったから宮仕えのメイドだと思ってたわ」
「すごいですよね。代々伝わる家宝らしいですよ」
「それで何故、その話を先にしたかというとだな……。それを使って彼女はとある事件を引き起こした訳だ」
「事件って?」
「竜王の暗殺未遂。父上の背中をナイフで刺した」
「はっ?」
驚いてアンナの方を見ると。
「あの時はなかなかにスリリングな体験でした」
いい笑顔を浮かべていた。
「いや、笑顔で言うことですか!?」
「いや、本気で殺す気は無かったですし。刺したのだって、ちょっとだけちょっとだけですよ? それに竜王様だって、笑って許してくれました!!」
刺された本人は笑顔でピンピンとしていたらしい。
その光景がありありと目に浮かぶわ。
「そりゃあ、笑って許すしかなかっただろうさ。寝室で女性に刺された訳だし。騒ぎを大きくし過ぎる……とな? でも、結局バレて……アレは怖かったな……」
「ええ、あの時のお母様と言ったら……」
2人は昔のルイさんを思い出したのか、ブルッと震えていた。
「まぁ、直ぐに誤解が解けて治まったけどな」
「なんで、またそんな事を……」
本人が許したとはいえ、一国の王様を暗殺未遂だなんて、死刑になってもおかしくない程の重罪だ。
「それは当然、私の理想とする強い人を探す為です!!」
「そんなアホみたいな話……」
「「………」」
「えっ? 嘘だよね?」
ドヤっと胸を張るアンナを他所に、マリーたちは何とも言えない表情を浮かべていた。
「事実です……」
「更に付け加えると、自身が気を許した相手に寝込みを襲われても反応出来るかの確認だったらしい」
理想の相手を探す為に、そこまでするかと呆れ返ってしまった。
「その後の調査で、他にも被害者がゾロゾロ出て来てな。その誰もが名の通った強者で、皆一様に寝室で気を抜いた所を刺されてた」
「それは結構な騒ぎになったでしょ?」
「それがな……」
「なってないんですよね……」
2人は遠い目をしている。どうやら本当に真実らしい。
「どうも女性に刺されたのが恥ずかしかったらしく、傷も浅い事から黙秘してたんだとか」
「そこは刺し方を調整しましたからね〜」
「褒められてないからね!?」
「でも、ユーリさんだって、自分より弱い相手。アンナに1週間程度で治る傷を負わされたら同じことしません?」
「そんな訳ーー」
寝室 ⇒ 女性 ⇒ 殺傷沙汰 ⇒ 女性問題!?
「ーー黙るかもしれない」
だって、嫁や彼女がいたら勘違いされるのが怖いもん!!
1週間程度ならごまかして治せばいいだけだし。
「ユーリさん、帰ったらお話があります(ニコッ)」
「あっ、はい……」
マリーが怖い。正直者は馬鹿を見るとはこの事だ。
ここは話題を振って空気を変えよう。
「それで無罪となったからアンナさんは今こうしている訳だね」
「いえ、無罪にはなってませんよ」
「さすがに事件が事件だからな、元凶の脳筋馬鹿女にはしっかり罰を受けて貰ったさ」
「脳筋馬鹿女?」
「あっ、私の事じゃないですよ!?」
「じゃあ、誰? 実行犯は、アンナさんでしょ?」
「手引きした奴がいるんだよ」
「そうじゃなきゃ、寝室のある城の奥深くまで潜り込めないですからね。そこまで導いたのは」
「「ノネット・ヴァーミリオン」」
「えっ、それって……」
会ったことはないが、名前だけは知っている。マリーの姉で竜王国第2王女だ。
「身内が絡んだ事もあって、アンナの罪は軽くなったが、流石に放置は出来ない」
「アンナには同じ事を起こさせない様に、暗部での監視も兼ねた長期間労働。お姉様の方には、身分剥奪で手打ちとなりました。一応、王女なので"身分剥奪するのは……"と上層部で問題になりましたが、本人が自由になれると喜んで受け入れました」
「今は冒険者として活動してるので、たまに報告が上がってくるくらいだ。いい物も悪い物も……悪い物もな! 大体、手引きしたのだって、"面白そう"だと!!」
わざわざ、2回言ったよ。
なんて、破天荒な王女様やねん。
「それで、そんな経緯があって今に至る訳だが……もうこれからは安心だな?」
「えぇ、アンナはもう大丈夫でしょう」
「そうか」
ギルさんは、ポンッと肩に手を置き、優しい目を向けてきた。
「色々大変だろうが、仲良くな。あとは夜道に気をつけろよ。ファンが多いから」
「それでは今後共、よろしくお願いします。先に言った通り、理想の相手からならどんなことをされても興奮するので壊れるほどに愛してくださいましね。暗部の調べで、Sっ気の強い事も知ってます。でしたら、この祭りの人混みで裸になりますので、首輪をして散歩しませんか? ついでに皆の前で犯して、私の尊厳を踏み躙るのなんて……ゾクゾクします!」
「マリー、助けて!! なんか、アンナさんが怖っ……」
「大丈夫です。ユーリさんなら大丈夫です」
「あぁ、そうだぞ。医務室は立ち入り禁止にするからご自由に」
「ゆっくりと距離取って逃げないで!!」
こうして、アンナが嫁に加わることになったのである。
後日談。
「首輪の代わり……チョーカーでしたか? もっと、首輪っぽい物が良いのですが?」
「おしゃれな細工と機能性十分なので我慢して下さい」
「そうそうピアスをお持ちしました。裸になるので乳ーー」
「身体を大事にして下さい!!」
「ユーリさん / 様……」
「「「(攻略に失敗したな……)」」」
嫁や住人たちから生温かい視線を向けられるのであった。




