ダイエット大作戦
朝、風呂に行ってからアイリスたちの様子がおかしい。
『…………』
「え〜っと……」
いつも通りに身嗜みを整えて食堂へ向かうとそこには絶望に影を落としたアイリスたちが座っていたのだ。
起きた時にはとても元気だったが、今は見る影すらない。
彼女たちも朝風呂に入った様だし、その時に何かあったのだろうか?
「なぁ、アイリス? 一体全体なにがあったんだ?」
「…………太った」
「はい?」
「とうとう太っちゃったんだよぉ〜〜っ!!」
両手で顔を塞ぎ絶叫するアイリス。それに釣られて周りの皆も悲しい表情を更に曇らせるのだった。
「えっ? 嘘? アイリスが? それにまさか皆も?」
『コクリ……』
無言で頷く嫁さんたち。どうやらアイリスだけでなく皆も一様に太ってしまったらしい。
「でも、おかしくないか? こんなにも大勢が同時って……?」
というか、食べても太らない筈のアイリスが太るっておかしくない?
「あぁ〜っ、これなら気まぐれで体重計なんかに乗らなきゃ良かった! きっと冬で動かなくなったから太ったんだよ!」
「それはあり得るな。でも、運動はしてるよな?」
アイリスがエルフ達と平穏なる小世界で模擬戦してるのをたまに見掛けていた。
「いいえ、違うわ!アイリス!ここの食べ物が美味し過ぎるからよ!!」
「えっ、マリーも?」
まさかのマリーも太ってしまったらしく恥ずかしさから顔を手で覆っていた。
「そうですよ! だから、今までは王宮での食事でもパーティでもしなかった筈なのに妖精の箱庭ではお替りが当たり前になって……ぐすっ!!」
「分かる!分かります! 今日のだって本当に美味しそうですよね?」
彼女たちの前には焼き立てのパンたちが置かれている。それから漂うバターの甘い香りが俺たちを食欲へと駆り立てていた。
「……皆に聞いてから焼くべきでしたかね?」
今からでも食事制限を始めかねない皆を見て、俺の紅茶を注いでくれていたミズキが聞いてきた。
「そういえば、ミズキは測ってないの? 一緒に行ったよね?」
俺の記憶が確かならミズキも付いていった気がする。
「測りましたよ。測った上で特に変わっていませんでした」
「そうなの?」
「いやいや、ユーリ。騙されちゃダメだよ。ミズキはむしろ少し痩せてた……」
「痩せたのか?」
どうやら彼女は皆とは違い痩せていたらしい。俺はミズキの事を改めて観察する事にした。
小さな彼女の何処に痩せる要素があるのだろうか?
全身を見渡した結果、女性の象徴である胸へと行き着くのは仕方ない事だろう。
「ユーリさん? 何処を見てらっしゃるのですか?」
「………」
笑顔のミズキが怖いので凝視するのは止めておこう。
しかし、これが事実だとするならば体重計の故障によるものではないのか?
「クッ! 粘液体だから太らない筈なのに……ハッ!! まさか、これが魔族になった影響なの!?」
「いや、流石に違うだろ」
魔族になったからといって、スライムの頃からの体質や肉体変化は変わっていない。
食べたら即消化からの即エネルギー! 本人の意思でスピードは調整出来るらしいけどね。
「というか、そもそも決まった体重が有った事に驚きだよ」
アイリスはその特性から体型を変える事が出来るが、体重はそれに比例する様に変化していたのだ。
「有るよ。この状態がデフォルトになってから決めた勝手な標準だけどね」
「なら、一部の調整を間違えたとかじゃないの?」
「う〜ん、それはないかな? 全てのサイズが一切変わってない訳だし」
「そうなのか」
アイリス自身がそう言うのなら真実なのだろう。それに見た感じは何処も変わった様に見えない。
「という事で、ダイエットを開始します! 手始めに食事制限!! カロリーを調整して痩せるの!!」
「つまり、せっかくの焼き立てパンを食べない訳か?」
俺は置かれているクロワッサンを取ると一口サイズに引き裂いて口へと放り込んだ。
サクッとした食感と甘さが口一杯に広がっていく。向こうでもこれ程の物は食べた記憶がない。自然とその美味しさに頬が緩んでしまった。
そんな俺を見た彼女たちはパンの山へと視線を向けた。
「……やっ、やっぱり残すのはイケないよね? 食事制限はお昼からにしようかな?」
「……そっ、そうですねぇ〜。せっかくの焼き立てですし〜」
「……それに食べ物を粗末にすると罰が当たると言いますからね。仕方ないですよ」
「意志弱いなっ!」
結局、彼女たちは自身へ言い訳する様にしながらパンに手を伸ばし美味しそうに頬張るのだった。
お昼。彼女たちの戦いが始まった。
「痩せるには運動! これが一番だよ!!」
そして、始まった長距離マラソン。コースはイレーネコスモスの外周となっている。
『ウォーーッ!!』
脂肪燃焼の為に彼女たちは自身を魔法で強化してまで駆けていった。
「まっ、待って……ゼェ……胸が……ゼェゼェ……」
そんな中、最後尾では必死について行こうとするフィーネの姿があった。
ぷるんぷるん!
彼女は何度足が止まろうとも男のロマンを揺らし走り続ける。
「ゼェゼェ……痛い……」
「フィーネ! 無茶はするな。怪我にも繋がるよ」
彼女は足を止める度に胸を押さえていた。大き過ぎる故に痛むのだろう。
「ユーリさん……」
「人には向き不向きが有るからそこまでする事はないんだよ」
「でも、私は皆の倍も太ったんですよ! このままだとただの雌牛みたいになっちゃいます!」
どうやら彼女が無理をするのにはこういった理由があったらしい。
「倍……ねぇ、そもそもフィーネの体重はミルク込みだよな? なら、ミルク絞ったら普通に減るのでは?」
「あっ、………」
フィーネもその事に気付いてしまったらしく俺の顔をマジマジと見てきた。
「ユーリさん……お願いが有ります」
「はい、何でしょう。可愛い奥さん」
「容器を2つ……いえ、3つ持ってきて下さい。そして、ユーリさんの手で一滴も出なくなるまで絞ってくれませんか?」
「任せろ。お一人様、お部屋にご案内~」
その後、フィーネをお持ち帰りしてからミルクを絞ると彼女の言う体重には戻る事が出来た。
どうやら彼女が太ったと思った理由は子供たちが乳離れを始めた事でミルクが溜まった事が原因だった。
それからフィーネを寝かせて帰ってくるとアイリスたちの全力疾走はまだ続いていたのだった。




