骨董市
イザベラたちと出会った旅行から帰ってきて数日が経過した。
皆が日常に戻る中、俺は和国にいた。
「ごめんなさいね。手を患わせて」
そう、俺の隣で言うのは睦月さんだ。如月たちが妊娠してからというもの、俺を家族と認識してくれたのか、畏まった言い方で無くなった。
「いえ、お義母さんの頼みなら易いものですよ。それに俺の力が、人の役に立つのならどんどん使いたい所ですし」
俺の視線の先では、水田に緑色の稲穂が広がっていた。
ふわぁ〜っと風が吹くと稲穂たちが擦れ合って聞こえてくる、カササッという優しい音に癒やされる。
時期的に、まだ穂を付けないはずなのだが、和国は気候のズレもあって、今頃に穂を付けるそうだ。
そして、竜王国での夏には収穫が始まるそうだ。
今回は、睦月さんに頼まれてこの稲穂の治療にやってきた。
忘れがちだが、職業スキル農業には、農業に必要な知識がてんこ盛りにある。
その中でも特に重要なのが、病気の治療法だ。異世界なだけあって、特殊な病気とかも発病し得る。
例えば、『赤色病』とかだ。稲穂の全体が赤く染まるのだ。
しかも、それはかなり強い毒になる。
「彫刻によるサポートもして貰って助かるわ。貴方レベルに彫刻出来る人は、この国に5人くらいしかいないから」
「結構いますよね?」
竜王国だと1人か2人くらいしかいないとガイアス爺さんは言っていたが。
「そりゃあ、鍛冶師が多い国ですもの。特に、武器へのエンチャントには力を入れているわ」
「そうですね。おかげで、勉強になりました」
以前、搾取した資料の中には秘伝書もあって色々書いてあった。
職業スキルとも相性が良く、既に習得済みだ。
「さて、この後どうしようかな? 和国で遊んで帰ろうと思うのですけど良い場所無いですか?」
病気の治療に時間がかかるかなと思ったけど、職業スキル薬師も有るから治療薬も直ぐに出来て、完治させれたんだよね。
「なら、『遊宮』はどうかしら?」
「なんです、それ?」
「女の子達が接待してくれるお店の建ち並ぶエリアよ。当然、夜のお店ね。可愛い娘が沢山いるわ。紹介状も書けるわよ?」
「あぁ、なるほど。……って、何を薦めてるんですか!」
「冗談よ」
睦月さんは、自然と言ってきたので冗談に聞こえなかった。
………冗談だよね?
「それなら、骨董市はどうかしら?」
「骨董市?」
「ええ、今、西の市場で行っているそうよ」
「あっ、それは面白そうですね。行ってみますよ」
「そういえば、弥生も行ってるそうだから会えると良いわね。後、何かを買ったら教えてね。貴方ならアレとか引き当てそうだし」
「アレ?」
「うふふっ、もし引き当てたら分かるわよ」
そう言って、睦月さんは冒険者ギルドへと帰って行った。
俺は、睦月さんを見送った後、骨董市の行われている西の市場へ行く事にした。
「あっ、ユリシーズさん!」
骨董市へと行くと意外とアッサリ、弥生に遭遇する事が出来た。
「例のお仕事終わったんですか?」
「あぁ、終わったよ。だから、掘出し物でも無いかと骨董市にね」
「そうなんですね。なんなら、案内しますよ。私も少し回った所なので、色々教えれますし」
「そうか? なら、頼むわ」
俺は、弥生と骨董市を周る事にした。
骨董市には、古いマジックアイテムなど珍しい物が沢山売ってあった。
だからなのか、気になる物が有ると直ぐ買ってしまった。お金が有るとつい散財してしまうよね?
そして、半分くらい周った所で、ふいに睦月さんのある言葉を思い出した。
「そういえば、睦月さんが言ったんだけど、俺ならアレを引き当てるかもって。アレって何か分かるか?」
「アレを引き当てる?」
「そうそう。ついでに、買ったら見せてねとも言われたよ」
「う〜ん……付喪神とかですかね? ごく稀に骨董市の商品に憑いているって聞きますし」
「付喪神って、アレだろ? 長年愛用した物に意志が宿るって奴」
「ええ、精霊の一種って言われてますね。でも、他の解釈もあるんですよ」
「へぇ〜、例えば?」
「死んだ人の魂が、自分と相性の良い物に宿るとか。そもそも、普通に神様が宿るとかですね」
神様が実際にいるというのは、皆が認識している事実である。
しかし、大半の人間は信じていない。何故なら、その存在を見た事がある者が少ないからだ。
それでも、居ると信じれるのは異世界故なのだろう。
「なるほど。確かに、どちらも肉体を持っていないから器になる物が有れば、宿れる可能性はあるな。でも、俺が引き当てるかね?」
「神と神は惹かれ合うって聞きますからあり得るかもしれませんよ」
「いや、神と言っても半分人だし」
半神だが、正確に記すと半人半神なのだ。
「そんな事が起こるわけないよ」
「そうですよね。まぁ、そんなに簡単に遭遇しませんよ」
数分後。
「おっ、これなんか如月たちに良さそう」
「本当に良さそうですね。姉たちも喜びますよ」
それは、大きな化粧台だった。鏡の部分は、三面鏡になっていた。
「兄さん。コレが欲しいのかい?」
そう聞いてきたのは、窶れた爺さんだった。どうやら彼が店主らしい。
「ええ、買えればと思ってます。いくらくらいですか?」
「……お主にやろう」
「えっ?」
俺は、店主の突拍子もない提案にびっくりしてしまった。
そして、押し渡される三面鏡。
「良いんですか?」
「ああ、その代わりに儂は責任は取らないからな」
「責任って、何の!?」
店主は、俺に三面鏡を押し付けると店を畳んで足早に去って行った。俺たちは、残された三面鏡を見る。
それは、何処も壊れたりしていない立派な三面鏡だった。
「……鏡ってさ。ついあのセリフを言いたくなるよね?」
それは、とても有名なあのセリフ。
「何のセリフです?」
「俺の故郷にあった絵本のセリフだよ」
確か、白雪姫だよな。それの女王様が言うセリフ。
でも、現実問題。鏡が喋ることは無いから女王自らの言葉だってのが真実らしいけど。
「鏡よ鏡よ鏡さん。 ……なんてね」
異世界だから返事が返って来てもおかしく無いけどな。
「はぁ〜い!鏡さんですよ〜!」
「「………」」
突然、鏡の中から女性の上半身が飛び出てきたので、俺たちは硬直してしまった。
コレが、付喪神モモとの出会いだった。




