事件勃発
妊娠したリリィの手伝いとして、薬屋テリーゼに来たのだが、カウンターにて、だらけきってる俺の姿があった。
「暇だな」
「冬の薬屋なんて、そんなものよ」
朝から居るが、店には人が来ず、閑散としている。そもそも、なんで店番してるかというと、店を長期間休む事が出来ないからだ。100年も前からやってるそうで、薬屋としての影響力は強く、この地域には、ここしかない。だから、妊娠したとはいえ、休めないでいるのだ。
「まさか、ユーリ君が来るとは思わなかったわ」
「何、単なる気まぐれ」
彼女の為に、常に誰かをサポートとして付けている。たまには、俺がやろうと気まぐれを起こし、今日は、ここに来たのだ。
「でも、ここまで暇だとは思わなかった」
「それは、良い事よ。一昨年なんて、流行り病で忙しかったんだから。薬草も足りなくなって、急遽冬なのに採取しに行く羽目になったわ」
「今は、うちでも栽培してるから少しは保つね」
「でも、無い薬草も有るから増やしたい所よ」
「今度、採取にでも行くか?」
「そうね。子供が産まれたら、そうしましょう。知ってる場所のは、春に生えるから」
そんな風に和やかに会話していると、突然、バン!という激しい音と共に店の扉が開かれ、複数人の男たちがなだれ込んで来た。そして、代表格の男が「リリアーヌは、居るか?」と尋ねてきた。
俺は、彼らの怪しさも有り、リリィに認識阻害の魔法をかけて隠す事にした。
「いきなり何ですか!店に押し入ってきて!貴方たちは、一体?」
「いきなりで申し訳ない。我々は、騎士団の者です。リリアーヌ嬢にある容疑がかけられておりやって来ました。貴方は?」
容疑って……何をやったんだ、リリィ?
これは、ヴァーミリオンとして接した方が良さそうだ。
「ユリシーズ・ヴァーミリオン。彼女の旦那です」
「ヴァーミリオン? 王族関係者ですか?」
「マリアナ・ヴァーミリオンの旦那でも有りますからね」
「第六王女の!? これは、失礼しました」
「構いません。ところで、疑惑の内容は? それと理由?」
「はい。それは『パラダイスロスト』製造の容疑です。理由としましては、我が国内において、これらの材料を取り扱っているのが彼女のみという点です」
「特1級危険薬物じゃないか!?」
パラダイスロストとは、規制された麻薬の一種である。麻薬自体は、中毒性の低いものに限り、麻酔薬として販売が許可されている。戦いに身を置く者達に取って必要だからだ。
この麻薬が規制される理由は、中毒性が高いだけでなく、異常なまでの快楽と幻覚を見せるからだ。これを使用すると摂取した直後から強烈な快感が起こり、それは何物にも代えがたいものと言われている。その快楽は、『人間の経験しうるあらゆる状態の中で、ほかの如何なるものをもってしても得られない最高の状態』などと表現される程だ。それだけの快楽故に、精神の落差も激しく、乱用してしまう。
「という事は、クロバラ草ですか?」
クロバラ草は、向精神薬の材料として使われる。使い方次第で、麻薬の材料になるのは、当然だ。
「はい。稀少な薬草ですし。ここ数十年、採取の報告がなされていません」
「だそうだけど、売った記憶はあるか?」
『なっ!?』
俺が、リリィに声をかけた事で認識阻害が解けて、彼らが気付いた。彼らの事を少しは信用出来ると思ったからだ。
「この国で商売を始めて、2回だけね」
「いつ?」
「どっちも最近よ。1回は、ユーリ君が手当たり次第に購入した時よ」
「街に初めて来た日だな。俺は、違うからもう1回は?」
「コーリス伯爵の従者が、購入していったわ。貴族印を確認したから間違いないわ。妊娠する直前だから1ヶ月前かしら?」
「え〜っと、……確かにそうだな」
自分の記憶を辿る。だいたい、それくらいの筈だ。
「その証言は、ホントでしょうか?」
「ホントよ。販売帳簿に従者の署名もあるわ。……ほら、これよ」
リリィは、カウンターに置かれた帳簿をめくり、騎士たちに見せる。俺も覗かせて貰ったが、彼女の言うとおり、コーリス伯爵家の従者の署名と購入量が記載されていた。
そして、従者の名前は、エフィメラと言うのか。
「確かに、ホントの様ですね。申し訳有りませんが、調書作成の為、一度詰め所へ来て頂け無いでしょうか?」
「俺もついて行くよ。騎士団長に詳細を聞きたいしさ。あっ、マリーも呼んだ方が良いかな?」
「呼んだ方がいいかも」
「なら、呼んで来る」
俺は、直ぐに転移で帰り、マリーを連れて戻ってきた。マリーは、突然連れて来られたので少し混乱している。
説明もせずに連れて来たのは不味いな。
俺たちは、騎士団の詰め所へと向かう道中、彼女に説明した。
「少々、お待ち下さい。至急、団長をお連れします」
詰め所に着くと来客用の部屋に通され、騎士たちは、団長を呼びに行った。それから待つこと数分。
「お待たせしました。私が、団長のクラウスです」
部屋に、鎧を一部だけ身に着けた中年の男性が入ってきた。平時故に軽装なのだろう。
俺たちも自己紹介を行い、本題に入る。
「ことの始まりは、1週間前です。ティラノスで、ネビルという麻薬中毒者の男による傷害事件が起こりました。彼の手荷物を検査した所、クロバラ草とヒトデ草の粉末、それから今回の騒ぎの原因になった物が見つかりました」
「パラダイスロストがあった?」
「いえ、あったのは、この酒です。竜眼による鑑定でなければ、ただの薬草入りの酒と思われたでしょう。酒自体も、さして珍しい物でもありませんでしたから」
クラウスさんは、1本のボトルを取り出した。それを受け取り、鑑定してみる。
名称:蒸留酒・パラダイスロスト入り
説明:じゃがいもを発酵させた蒸留酒に、パラダイスロストを加えている。
「パラダイスロスト入りの酒?」
「なるほど。貴方も分かるのですね。話が進め易いです」
「これは、どういう事なんです?」
「この酒は、最近売り出された薬草入りの蒸留酒になります。そのまま飲む分には、普通の酒です。ただ、クロバラ草とヒトデ草の粉末を加えるとパラダイスロスト入りの酒に変貌するのです」
「ネビルは、それを知っていたのか?」
「彼の話では、ティラノスの商人の女から買う際に、もっと気持ちよくなりたいならと粉末を渡されたそうです。麻薬の常習者だったので、使う事に抵抗が無かった様です」
「ユーリさん。薬草の産地とか、分かりませんか?」
「う〜んと、クロバラ草は、コラプス産で、それ以外の薬草は、エミール産みたいだけど」
「そこまで、分かるんですか?」
「彼の鑑定は、優秀ですからね」
マリーの言葉に、クラウスさんは、目を見開いて驚いた。そりゃあ、竜眼より精度の高い鑑定ですからね。
「クロバラ草は、うちので間違い無いかも。うちで取り扱ってるのは、コラプスの山で採取した物だから」
「クロバラ草は、分かりました。それより、残りの全てがエミール産というのは、おかしいですね」
「伯爵は、薬師も営んでいるから自分の畑のを使ったのかも?」
「そういえば、商人の方はどうなの?」
「実は、まだ、見つかっていません。顔をフードで隠していたそうで、ネビルは見てないそうです」
「匂いが分かる物は無いですか?」
「匂いですか?」
「うちの犬は、優秀ですから」
うちのギンカは、匂いを日毎に嗅ぎ分けるだけの精度を持っている。少しでも匂いが残ってる物が有れば、ギンカなら追える筈だ。
「それでしたら、酒を包んでいた袋が有りますよ。そうそう、匂いで思い出したのですが、商人の女は、カリンの香りがする香水を使っていたそうです」
「商人が香水?」
商人は、原則として、万人受けする為に好みが分かれそうな香水を使う事はない。
それとも、自分の匂いを消したかったのか?
「なら、それを貸して頂けませんか? 俺たちが商人の女を見つけ出すので」
「構いませんが、大丈夫ですか? 私たちとしては、雲隠れなどされたら困るのですが」
「それはこっちも同じです。いつまでもリリィに容疑がかけられていて欲しくないので」
リリィは、容疑が完全に晴れた訳ではないので、監視される事になった。とはいえ、ほぼ白なので監視に付く騎士は、1人くらいらしい。
「なるほど。分かりました。それなら、お渡しします。そういえば、皆さんは冒険者でしたね」
「そうですよ。皆で、冒険者チーム『紅蓮』をやってます」
「でしたら、騎士団よりこの案件を依頼させて下さい」
「騎士団が、冒険者に頼って良いんですか?」
「必要なら当然頼ります。今回の件は、貴族が絡む為、私たちでは時間がかかり過ぎます。貴族に、質問するのすら1週間程待たされるでしょう」
貴族が絡むなら時間かかるよな。俺たちは、伯爵より立場が上だから、直接会ったり出来るし。
「分かりました。冒険者としてお受けします。ですので、情報提供をお願いします」
「ありがとうございます。後で、調査資料の写しをお渡しします。それと、私たちの方も直ぐに動ける様に体制を整えておきます」
俺たちは、騎士団より依頼を請け負った。リリィの容疑を晴らす為にも、頑張って追い詰めよう。
冬の間は、主人公たちも仕事が少ない上に、ちょっと事件モノをやってみたくなったので、パラダイスロスト事件編として5話くらいで書こうと思います。




