第29話:初めての収穫?
落ち込む絵麻をどうにか出来ないかとキョロキョロと周りを見回していた舞だったが、絵麻の畑を見てあることに気づく。
「ほらっ、絵麻さん。絵麻さんの畑に大豆の花が咲いてますよ」
「最近の若い子の性の乱れは聞いてたけど、まさか舞ちゃんとホタルちゃんまで……えっ?」
ぶつくさと小さな声で呟いていた絵麻が舞の言葉に顔を上げる。緑の葉っぱが青々と茂っていた絵麻の畑の中にぽつぽつと薄紫色の小さな花が咲いているのが見えていた。
「本当だ」
「見に行きましょう」
舞が魔法の手で絵麻を立たせそして絵麻の畑へと一緒に走っていく。舞とホタルの畑は1度植え替えているため現在最も成長しているのは絵麻の畑だった。そこには緑の葉の間から見え隠れする小さな薄紫の花が一面に広がっていた。
「きれいね。大豆ってこんな花なんだ。初めて見た」
「そうですね。あれっ、そういえば受粉とかどうするんですかね。普通なら蜂とかの虫がしてくれると思うんですけど。ノーフに聞いてみましょう。ノーフ! ちょっと来てー」
舞が大声でノーフを呼び、遠くにいたノーフが1分かからずに舞たちの元へとやってくる。ホタルも何事かとやって来て結局全員が集まることになった。
「花がついたか」
「うん、それで受粉とかどうするのかなって思って。普通なら虫とかだよね」
「ああ。しかしそこは心配するな。それは対策済みだ。俺のいたところは神の畑だ。ここと同じようにそんな有益な虫などいなかったからな。害虫なら数えきれないほど奴に放されたが」
その時のことを思い出したのか若干ノーフの目じりがピクピクと動き出したのを見てさっと3人がノーフから視線を逸らす。触らぬ悪魔に祟りなしと言うやつである。とは言えノーフも神に対して腹を立てているだけであり、八つ当たりするような気は全くなかった。すぐに気を取り直し畑の状態を見る。
「お前ら水をしっかり撒いておけよ。この時期の水やりが実の着き具合に関係してくるからな」
「「「はい!」」」
3人の返事を聞いたノーフが肩をすくめ自分の作業へと戻っていく。それを見送った3人は水やりと自分の畑の世話を続けるのだった。
翌日、ダンジョンにはいつものメンバー4人の他に司が合流していた。民間人をダンジョンへ入れるということについて喧々諤々の会議があったのだが、人類に友好的なダンジョンであることやダンジョンの出来た場所の所有者であること、武装していない民間人を入れることによりこちらからも友好的な態度を表明できるなどの様々な思惑から許可が下りていた。
ノーフが舞のことを考えて事前に民間人をダンジョンへと入れる可能性を佐藤に伝えておいたことも大きいだろう。
昨日、何枚もの誓約書や契約書を書かされた疲れも見せず司はダンジョン内を物珍し気に見まわしていた。
「完全に畑だよな」
「そうだよね。私も初めて見た時びっくりしたよ」
2人が同意するようにうんうんとうなずき合っている。そんな2人に舞が近づいていった。
「あっ、司の畑もノーフが用意してくれたんだよ。絵麻さんの隣」
「ありがとうございます、ノーフさん」
「気にするな」
司が深々とノーフに向かって頭を下げる。ノーフはその様子を見ながら軽く笑ってそれに応えていた。そんな2人のやり取りを舞がうんうんとうなずきながら見守っている。あいさつとお礼は基本と言う教えを司がちゃんと守れていることに満足していた。そんなやり取りを見ながら少し首をかしげていた絵麻が舞に声をかける。
「ねぇ、舞ちゃん。なんで司君は呼び捨てなの?」
「えっ、いやっ、あの……」
突然の質問に舞がしどろもどろになる。そんな舞をフォローするかのように司がすかさず口をはさんだ。
「いや、昨日話してて父さんの豆腐なんだから家族みたいなものだしそうして欲しいって俺が言ったんです。ちょうど姉ちゃんもいなくなっちゃったし。その代わりってわけじゃないですけど」
「そっか。ごめんね司君。悪いこと思い出させちゃって」
「いえ、いいんです。姉ちゃんのことは悲しいけどちょっと踏ん切りもつきましたし」
司のフォローであっさりと納得した絵麻のことをノーフとホタルがチョロいなと考える中、舞はもにょっとしていた。絵麻をだましてしまうようなことになっているということもあったが、司があっさりと絵麻が納得するような嘘を思いついて話したからだ。
フォローしてもらって助かったというのは舞もわかっている。しかしそれでもどこかで納得できない気持ちがあり、絵麻が帰ったらちょっと話し合おうと舞は密かに決意した。
「じゃあ作業を開始しろ。舞は司に育て方を教えてやれ。後は絵麻、この速度ならお前の畑は昼には収穫だ。葉は枯れてきているが実は育っているから始めの水やりを忘れるなよ」
ノーフの指示で全員がそれぞれの作業を始めていく。ホタルはいつも通りに淡々と、舞と司は楽しそうに畑へと向かって行き、絵麻も初めての収穫と言うことで密かに気合を入れながら自分の畑の世話を進めていく。
最初のトラブルはあったものの、何とか穏やかに今日が終わっていく。明確に意識してはいないものの誰しもがそう考えていた。昼までは……
それを破ったのは唐突に鳴り響いたパンっという音だった。近くにいた司と舞が何事かと顔を上げる。
「ひやぁああー! 舞ちゃーん!」
絵麻の悲鳴が聞こえ、そして連続して破裂音が響く異常な状況に舞が慌てて絵麻の畑へと駆けていく。そこにちょうど絵麻が畑から転がるようにして走り出てきた。その表情は必至だ。何かから逃げるように畑の方を振り返っている。
「絵麻さん、こっちです!」
舞の呼びかけに絵麻が反応し、今まで見たことのないほど俊敏な動作で舞の元へと逃げ込んでいく。そして舞の背中に隠れるように身を小さくして震えていた。
「何があったんですか!?」
「大豆が……大豆が……」
「大豆?」
その言葉に舞が視線を絵麻から畑へと向ける。葉は枯れているが特におかしなところはないように舞には見えた。
「姉ちゃん、あれっ!」
舞に追いついた司が通路の先を指さす。それを視線で追い、舞は通路の上をうぞうぞと何かが波のように動きながらこちらに来ていることに気づいた。
それは大豆だった。何百、何千ではきかない万を超える大豆の群れが意志を持つかのように舞たちへと近づいていたのだ。
理解不能の事態に舞と司が固まる中、騒ぎを聞きつけたノーフとホタルがやってくる。
「何だ、あれは?」
「ノーフも知らないのですか? 見た限り育てていたにーさん達のようですが」
「ダイズ23号は普通の野菜だ。動くはずがないだろうが」
「現に動いていますが……」
「くっ」
ホタルに言い負かされたノーフがわらわらとこちらへと向かってくる大豆へ向けて無造作に足を進めていき、その中から1粒掴む。そして舞たちの方へと戻りつつ手の中でブルブルと震えているダイズ23号をしげしげと眺めはじめた。全員がノーフへと注目していた。
「魔力を感じるな。ダンジョンの土と水で育ったからモンスター化したというのか?」
「どういうことかわかったの?」
「正確にはわからん。おそらくダンジョンで育成したことによりモンスター化したのだと思うが確証はないな。まあ1つ言えることは今育てている大豆はすべてこうなる可能性があるってことだ」
ノーフが振り返る。その視線の先には整然と通路の上に並んだ大豆たちがいた。ノーフの手からぴょんと飛び降りた大豆がその列に加わる。畑からの破裂音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
『マメー』
群れなす大豆から一斉に上がったそんな声に全員が言葉を失った。
わらわら、大豆なのにわらわら




