蠢く闇の手(中編)
本日2話目です。
《スルッ》という効果音が聴こえそうな勢いで、少女はあっさりとスカートを脱がされた。
ローブの女は、体を支えていた腕を器用に腰へ回し、少女のお尻を軽く浮かせたタイミングでスカートを下ろしたのだ。その部分さえクリアしてしまえば、床に接触している部分はほとんど無い。
「大丈夫? 寒くなっちゃた?」
不意に、ローブの女がそう尋ねて来た。少し前から唇を震わせていた少女であったが、今やその震えは全身にまで広がっていた。
「は、はい。少し寒い気がします……」
まさか面と向かって、『あなたの事が怖くて、震えてます』とは言えないだろう。確かに、少女が見た女の横顔は、気味が悪く怖いものだったかもしれない。しかし、それは彼女がそう感じただけであって、実際になにかしらの危害を加えられた訳では無い。それどころか、ローブの女は、少女に対して甲斐甲斐しく世話を焼き、ことあるごとに気にかけてくれているのだ。
少女が躊躇いがちにそう嘘をつくと、ローブの女はすかさず彼女を包み込むように抱き締めた。じんわりとした温もりと共に、女性らしい柔らかさが伝わって来るのを感じた少女は、軽く溜息を付いた。
「気が付かなくてごめんね。ここの床、コンクリートだから冷たかったよね」
女は少女に謝りながら、彼女の身体をしっかりと抱き寄せた。
(私、バカだ…… こんなにも良くしてくれる人を、気持ち悪いとか怖いとか思っちゃって…… なに考えてるんだろう……)
少女は、罪悪感で気持ちがいっぱいになり、先程までとは違う意味合いの涙を流し始める。それを境に、体の震えが少しずつ治まっていく。
暫くの間、少女を抱き締めていたローブの女は、彼女の震えが完全に治まるのを待ってから、ゆっくりと少女から離れながら口を開いた。
「その台の上の方が温かいから、綺麗にするまで待ってて。背中、冷たくなるけど、すぐ終わるからちょっとだけ我慢してね」
女は、少女を床に優しく寝かせると、立ち上がって台の上を拭き始めた。そうしている間も、女は少女に声を掛け続ける。
「そういえば、あなた名前は?」
「あっ、私、荒川久瑠実です」
「そう、くるみちゃんって言うの。年は?」
「15歳、中学3年です」
「じゃあ、もう少しで高校受験ね。将来の夢は?」
「医者になりたいんです。両親も医者なんですけど、ちっちゃい時から憧れてて。だから、高校は帝都医大の付属高校を受験するつもりです」
「あらっ、くるみちゃんは成績優秀なのね」
「そんな事ないですよ。私よりも成績の良い子、いっぱいいます」
「そうなんだ。じゃあ、合格できるように頑張らなきゃね」
「はい。ところで、あの、あなたは?」
「私? 私はここのシスターで、グレイスよ」
「グレイスさん?! 外国の方なんですか?」
「いいえ。私は、れっきとした日本人。ここに居る時は、クリスチャンネームを使うようにしてるってだけよ」
「そうなんですね。日本人にしか見えなかったから、ちょっと驚いちゃいました」
「あら、驚かせちゃった? ごめんなさいね。さっ、綺麗になったから、台の方へ移動しましょう」
グレイスは、そう言いながら前屈みになると、久瑠実の背中と床の間に左腕を入れて再び上半身を起こした。
「じゃあ、抱き上げるから、大人しくしててね」
「はい。でも私、体動かせないですよ?」
「ふふふっ。そうだったわね」
グレイスの一言は、久瑠実を怖がらせないようにと考えての事だったが、彼女のナイスな突込みで笑いが生まれ、少し和やかな雰囲気となった。
2人は一頻り笑い合うと、落ち着きを取り戻したグレイスが、
「じゃあ、今度こそ行くわね」
改めてそう声を掛けてから右腕を久瑠実の膝裏へ差し入れると、お姫様抱っこの要領で彼女を抱き上げた。
胸のすぐ下あたりまで久瑠実を持ち上げたグレイスは、そのまま台の正面へ移動する。
久瑠実は、頭を左に傾けて自分が乗せられる台を見た。
木で作られた台は、普段彼女が使っているベッドよりも若干小さいが、大人の男の人が寝ても十分な大きさがあった。
グレイスは、そんな様子を気にすることなく、ゆっくりと彼女の身体を台の上に寝かしつけて尋ねた。
「どう? 少しはマシでしょ?」
確かに、グレイスの言う通り、木製の台の上はコンクリートの床に比べて冷たくなかった。
(良かった。あんまり冷たくない)
久瑠実は、それを素直にうれしく思った。しかし、お礼を言おうとグレイスの方へ顔を向けると、彼女の服がところどころ濡れてしまっているのが見えてしまった。自分を抱き上げたせいで、服が濡れてしまったのだと気付き、複雑な表情になる。
「はい、ありがとうございます。でも、グレイスさんの服を濡らしちゃいました」
久瑠実の言葉に、グレイスは自らの服を触って確認する。
「このくらいなら、たいした事ないわよ。それより、あなたの方を、早く済ませちゃいましょう」
どうやら、久瑠実が思うほどの被害は無かったようで、グレイスは久瑠実の方を優先すると言った。
その答えに納得したのか、久瑠実が小さく頷くと、グレイスは彼女の足の方へ移動した。改めて、今の久瑠実の姿といえば、上半身は何も身に着けておらず、下半身も雨に濡れた白いショーツを残すのみである。
(恥ずかしいけど、我慢しなくちゃ)
親切にしてくれているグレイスの気持ちに報いようと、久瑠実は羞恥心を堪えるようにギュッと目を閉じる。
久瑠実が視界を封じてから数秒。グレイスは、ショーツの両脇に手をかけ、素早くサッと引き下ろした。
それからすぐに、台の下でゴソゴソと何かを探る音が聞こえ、久瑠実はゆっくりと目を開けて、音のする方へ顔を向ける。そこには、自分のバックからスポーツタオルを取り出すグレイスがいた。
「早く拭かないと、本当に風邪引いちゃうわ」
グレイスの行動は、テキパキとしたものだった。久瑠実の髪から順番に、上半身、両腕、下半身、両足の順番で拭くと、彼女をうつ伏せの恰好にさせて、背中とお尻を拭いて元の仰向けの状態に戻し、体が隠れるようにタオルをかけた。
「さあ、これで準備が整ったわね」
「ありがとうございます。さっぱりしました」
にこやかに笑ったグレイスが、久瑠実が自分の身体を確認できるように、少し高めの枕を彼女の頭に宛がうと、あちらこちらの水気を丁寧に拭われた久瑠実は、顔を真っ赤にしながら笑顔を返した。
「良いのよ。くるみちゃんには、これから役に立ってもらうんだから」
笑い顔はそのままに、グレイスは右手の人差し指に小さな火を灯すと、いつの間にか用意されていた燭台のロウソクに火を点けて行った。
「役に立つって、何かお手伝いをして欲しいって事ですか?」
突如、異様な雰囲気になった事で、久瑠実は不安になりながら、グレイスに尋ねつつ出来る範囲で辺りを見回す。
「大丈夫。あなたは、大人しく寝ててくれれば良いだけだから……」
そう答えたグレイスの方へ久瑠実が顔を向けると、目深にフードを被り、右手に煌びやかな装飾の施された大振りのナイフを握りしめたグレイスの姿が目に飛び込んで来た。
「グレイスさん、何をしようとしてるんですか?」
焦った声で尋ねる久瑠実に、グレイスは何も答えず彼女に掛けたタオルを剥ぎ取った。さらに、ナイフを鞘から抜き放ち、久瑠実の喉元より少し下の辺りに移動させる。その切先は、彼女の身体から10cmほど間を開けて、狙い澄ますようにピタリと止まった。
「や、止めて下さい! 危ないですよ!! いやぁ……」
首を左右に振りながら、必死に訴える久瑠実を余所に、グレイスは目を閉じてブツブツと何かを呟き始めた。部屋には、懸命になってグレイスに呼びかける久瑠実の声だけが響き渡る。
5分ほど経ったところで、グレイスは不意に呟くのを止め、カッと目を見開いた。それと同時に、ナイフをゆっくりと下ろしていく。
「いやぁ、止めて! グレイスさん!! お願い、止めてぇー!!!」
10cmの間が徐々に縮まり、切先が久瑠実の肌に触れて浅く傷をつけ鮮血が滲み始める。
「お願い止めて…… 刺さないでぇ……」
大粒の涙を流す瞳で、ギリギリの所で止められているナイフを凝視しながら、懇願する久瑠実……
しかし、そんな願いも空しく、ナイフは彼女の身体へゆっくりと刺し込まれていった。
「ああぁ……」
諦めの混じる悲痛な声を上げる久瑠実……
それは、輝かしい未来を想像していた少女の、絶望へのカウントダウンが始まった瞬間であった。




