救出
「さてとオスムさん、いやシュンさんと言うべきかな」
カズキは自身にヒーリングとリフレッシュの魔法をかけながら、黒騎士に問いかける。
「今回の件について、聞きたい事が山ほどあるのですが」
「何かな」
「とりあえず、まずはレンさんがどうなったのか教えて下さい」
「君に嘘をついても仕方がないし、信じてもらえないかもしれないが、私も詳しいことは、わからないのだよ」
「それはどうしてですか?」
「先にも言った通り、私は第9層の守護を任されていただけなのでね」
「そうすると、フィオナさんやサトマルさんの行方もわからないと」
「その通りだよ」
「では、質問を変えます。あなたは、ゲーム”フィリーダムファンタジアン”から来たのですね。どうやってこの世界に来て、目的は何なのですか?」
カズキの問いに黒騎士は話し出した。
黒騎士、高崎俊は確かに”フリーダムファンタジアン”のプレイヤーだった。
膝の怪我がもとで、現実世界では見失いかけていた目標が、ゲーム内なら可能になった事。
しかしゲーム内とは言え、自分と真剣勝負をしてくれる者、もしくは自分の力を出し切れる相手に恵まれず、日々を過ごしていた事。
そんな時、半年ほど前にシンザキを名乗る召還士から、この世界のこの塔に招かれた事。
自分を含め8人のプレイヤーが招かれ、マナの強い4人はシンザキの手伝いで、他の4人で4つのクリスタルを集めてほしいと頼まれた事。
自分はクリスタル集めのパーティに参加し、クリスタルの場所はドラゴン等の強敵が居る場所で、命を賭ける戦いの中で自分の全力を出し切れる事に、生きている喜びを感じれた事。
4つのクリスタルを集め戻って来たときには、残っていた4人は居なくなっており、他の3人も帰るというので、ゲームの世界に戻ったらしい。
新たな戦いを求めていた自分にシンザキは第6層の守りを与えてくれ、たどり着いた冒険者と剣を交えて、倒した相手はシンザキの魔法でどこかにテレポートされていた事。
しかし、自分が成長するうちに、だんだん相手に手応えを感じられなくなり、まだ見ぬ強い相手を求め騎士団に入った事。
そして、第8層を越える相手が現れた時には、シンザキのテレポートで第9層に転移させてもらえる約束をしていた事。
実は第5層から第7層にも、第8層の様なテレポートの罠があり、自分が戦うまでもないと思った冒険者達を、その罠でテレポートさせていた事。
そして今日、カズキの戦いを見て、自分の全力を出せる相手が現れた事に喜びを隠せずにいた事。
結果はカズキに負けたが満足した戦いが得られたので、もうカズキには敵意は向けないと。
「それじゃ、そのシンザキという人に会わないと、詳しいこ事はわからないと」
カズキは黒騎士に問いかける。
「すまんな。自分は戦う事にしか興味が無かったもので」
「じゃあ、あの階段で第10層に行って自分で確かめるしかないと」
カズキは階段を指さす。
「いや、あの階段はダミーで登れない」
黒騎士はそう答えた。
カズキが階段近くまで行ってみると、それは幻術の魔法で浮かび上がっているだけだった。
「じゃあ、上の層に行く方法は」
「残念だが自分も知らないのだ。第10層にはシンザキのテレポートの魔法でしか行った事が無いのでね」
「そんな……」
カズキは呟く。
ここに来て、いきなりの手図まり。
いや、何か方法はあるはずだ。
カズキはマントの下からスクロールを取り出す。
「テレポート!!」
スクロールは青い炎に包まれて燃えるが、魔法は発動しない。
「やはり転移系の魔法は結界の力で封じ込まれているのか。それにしても、この塔全体を結界で覆うなんて相当な魔力だなぁ」
「それは自分も思っていた。まあ何か特別な方法を使っているのだろうが」
「他に何か気になる事はないですか?」
カズキは黒騎士に尋ねる。
「うーん、そうだな……今、思えば不自然なのは、シンザキが自分に対して第1層から第3層では戦うなと言ってたぐらいか」
「あえて上層ではなく下層に、何か仕掛けがあるのかも」
カズキは思った。
上層では不都合で下層では都合の良い事が、この塔に隠されているのではと。
「行くのか」
黒騎士はカズキに問いかける。
「ええ、今のところ手がかりは無いですから一から調べ直さないと」
「そうか、自分はこの傷だ。もうしばらくは動けないから、手出しはしないよ」
「助かります」
「今度また別の場所で会えたなら、また手合わせしてくれるか?」
「命のやりとりじゃなければ」
カズキはそう言って階段を下りた。
第8層は、先ほどサーチの魔法で調べたので素通りする。
第7層からはサーチの魔法をかけると、確かにフロアの隅に例の雷撃とテレポートの魔法陣が仕掛けてあった。
しかし、隠し部屋のようなものは見つからない。
それを繰り返しながら階層を下りて行くカズキ。
すると第3層を調べ終わった時に、アスタが一人の騎士を連れてきた。
「ご無事でしたか、カズキ殿」
アスタが声をかけてくる。
「ええ、まあ」
「それで隊長とレン殿は」
「それがちょっと……」
カズキが口ごもる。
オスムの正体を明かすべきなのだろうかと。
「そうですか、残念です……」
カズキの態度に何かを察したアスタが呟く。
おそらく、死んだのかと勘違いをしているのだが、何かと面倒そうなので今はそのままにしておこう。
「ところで隣の方は?」
カズキがアスタに尋ねる。
「マイトの代わりにつれてきたレントです。レント、こちらがカズキ殿だ」
「レントと申します。お役に立てるように頑張りますので、よろしくお願いします」
レントはカズキに一礼をしながら言った。
「ところでカズキ殿、現状はどうなっているのでしょうか?」
アスタがカズキに尋ねる。
「レンさんとオスムさんは、第8層の罠にかかって……」
カズキは少し口ごもる。
「でも、第9層までは行けたのですが、そこから先に進む手段が無くて、見落としが無いかどうか調べながら下りてきた所に、アスタさん達と会った訳です」
「そうでしたか」
「これから第2層に下りる所です。着いて来てくれますか?」
「もちろんです」
カズキはアスタとレントと一緒に第2層に下りた。
第2層に下りたカズキはサーチの魔法を唱える。
やはりフロアの隅に例の魔法陣の罠がある。
だが今回は、第1層に下りる階段の脇に隠し扉を見つけた。
「ここにあったか」
カズキは隠し扉に近づき開け方を調べる。
どうやら、魔法の封印がされているようだ。
「ディスペル!!」
カズキは魔法を唱え封印を解き、扉を押してみた。
しかし動かない。
大きな一枚岩で出来ているようだ。
「面倒だな」
カズキは呟くと片手剣を抜いた。
「ウエポンバッシュ!!」
カズキは剣スキルで扉を叩き割った。
「すごいな……」
アスタとレントは息を飲んだ。
「さて、先はどうなってるのかなっと」
カズキが扉の奥を覗き込むと、右手に下り階段、左手が登り階段になっていた。
おそらく登り階段の方は、第10層に通じているのだろう。
すぐにでも登って確認すべきなのは、わかっている。
しかし、下り階段の存在も怪しい。
「アスタさん、どう思います?」
カズキがアスタに問いかける。
「普通、隠すのであれば登り階段だけで良いと思います。それが下りもあるというのは何か訳があるのではと思います」
「やはり、そうですよねぇ」
カズキは考える。
ここで二手に別れるのは戦力的に問題だ。
多分、第10層に居ると思われるシンザキの存在も気になるが、フィオナや他の冒険者達がどうなっているのかも気になる。
「もしかして、地下室か?」
カズキは呟く。
昔、賢者の塔と呼ばれていたならば、魔法の研究をしていたはずだ。
研究用のモンスターや、法を破った魔導士を幽閉していた可能性もある。
「よし、下を先に調べましょう」
カズキ、アスタ、レントの3人は階段を下りはじめた。
一層分の階段を下りると、幅が5メートルほどの通路になっていて、数メートル間隔に魔法で光る石が通路を照らしている。
最近まで使われている証拠だ。
「サーチ!!」
カズキは魔法で罠や隠し扉が無いか調べるが、特に反応は無い。
20メートルほど進むと通路は右に曲がっている。
そのまま50メートルほど進んだ所に、また下り階段が現れる。
その階段も、一層分ぐらいの高さだ。
階段を下りる3人。
ちょうど高さ的には地下1階ぐらいだろうか。
「サーチ!!」
カズキは魔法を唱える。
すると20メートルほど進んだ先に、また通路が右に曲がっていて、その先は左右が個室のような部屋多数があり、手前から3番目の部屋からフィオナとサトマルの反応があった。
フレンドリストに登録している相手は、ゲーム内のようにだいたいの位置がわかるようだ。
「見つけた!!」
罠の無い事を確認し走り出すカズキ。
20メートルほど走り右側を見ると、そこはいくつもの個室が並んでいて鉄格子で隔離されていた。
「うぅぅ……」
右側の一番手前の部屋から、うめき声が聞こえる。
そこには魔法陣の上に両手を鎖でつながれて、固定されているレンの姿があった。
その姿は緑色に薄く光り、魔法陣に吸収されているように見える。
「レンさん!!」
カズキは片手剣を抜く。
「ウエポンバッシュ!!」
すぐさま鉄格子を叩き折り、レンのもとへ走るカズキ。
魔法陣の中に入ると、血の気が引かれる感じがした。
「もしかして、マナを吸い取っているのか」
カズキはベルトから10センチメートルほどの針を抜き、レンの両手をつないでいる鎖に当てる。
「アイテムブレイク!!」
カズキが魔法を唱えると、レンをつなぐ鎖は砕け散った。
いそいで魔法陣から、レンを抱きかかえて出すカズキ。
「レンさん、しっかりして」
カズキはレンを少し揺さぶりながら声をかける。
「ううっ……カズキ様……私は……」
うめくように答えるレン。
かなりマナを吸われて消耗しているようだ。
「リフレッシュ」
カズキがレンに魔法を唱えると、レンの体は緑色の光で包まれる。
「これで少しでも回復すればいいけど……」
カズキは呟きながらレンを見つめていると、レンの表情が少し穏やかになった。
「よし、大丈夫そうだ。レントさん、レンさんを見ていて下さい。アスタさんは自分と一緒に来てください」
カズキはそう言うと、3番目の部屋に向かう。
そこには、やはりレンと同じように魔法陣に体を固定されたフィオナとサトマルがいた。
「くっ、やはりか」
カズキはまた剣スキルで鉄格子を叩き折り、フィオナに走りより魔法で鎖を砕く。
フィオナを抱きかかえると、意識は無いが息はまだあるのがわかる。
アスタはサトマルの方へ走りより、鎖を外そうとするが魔法で固定されているらしく外せない。
「カズキ殿、この鎖は自分では外せません」
「わかりました。アスタさんはフィオナさんを先ほどの部屋へ運んで下さい」
カズキはそう言うと、アスタにフィオナを託しサトマルをつなぐ鎖を魔法で砕き、一番手前の部屋までサトマルを運んだ。
レン、フィオナ、サトマルを並べて寝かしている部屋。
「ディスペル!!」
カズキは一応、ねんのため部屋の魔法陣を消した。
「ここは……どこですか?」
レンが呟くように言う。
「塔の地下だよ」
カズキが答える。
「なぜ、そのような所に……」
「レンさんは囚われていたんだ」
「それは……」
レンは呟きながら、ハッとする。
どうやら自分が第8層の罠にかかった事を、思い出したようだ。
「まだ、横になってて」
カズキはレンに声をかける。
さて、問題は意識の無いフィオナとサトマルの方だ。
「カズキ殿、これからどうしましょう」
アスタがカズキに尋ねる。
「うーん、薬が効けばいいんだけど」
カズキは腰の小物入れから二本の小瓶を取り出した。
万能薬だ。
一応、ゲーム内では色々な症状に効いたのだが、この世界ではどの程度の効果があるのかわからない。
意識のないフィオナとサトマルに一本づつ含ませてみる。
一分ほど待ってみると二人は、むせるように咳き込み目を覚ました。
「あれ……カズキさん……」
「ここは……どこ……」
フィオナとサトマルは呟くように言った。
「塔の地下だけど、二人とも覚えて無いのか。まあ、もう少し横になって休んでいて」
カズキはそう言うと二人にリフレッシュの魔法をかけた。
「さて、どうしたものかな」
カズキはフィオナの隣に座り考える。
この地下室に、他の冒険者が囚われているのは調べなくてもわかる。
アスタとレントでは、魔法の鎖は外せないのだからカズキがやるべきだと。
しかし気になるのは、それをシンザキと名乗る召還士が気づかないはずも無いのに、妨害も無い。
ここまで計画的に事を運んだ人間だ。
第9層で黒騎士が敗れて、カズキが地下室を見つけている事も気づいているはずだ。
それでも何もして来ないのは、ここの冒険者達は用済みって事か。
最後に召還した冒険者は一人。
囚われたのも風の巫女レン一人。
「そうか!!」
カズキは急に立ち上がった。
相手の狙いがわかった。
あと一人分のマナを用意出来ればよかったのだ。
「アスタさん、レントさん、三人を見ていて下さい。サトマルさんとフィオナさんの意識がはっきりしたら、事情の説明をお願いします。そしてサトマルさんが動けるようになれば、自分と同じ魔法が使えるようになるので、他の冒険者達の救出をして下さい」
「カズキ殿はどうするのです」
アスタがカズキに問いかける。
「第10層に向かってみます」
「一人では危険なのでは」
「そうですが、どうも時間的余裕が無いような気がするので、後の事はよろしくお願いします」
カズキはそう言って来た通路を戻り第10層を目差し走り出した。




