004 またかよおい
エレナリカと別れ歩き進めること早二時間。一向に町が見えてくる気配もないが、焦る旅でもないためゆったりと景色を眺めながら歩く。
景色と言っても辺りは木、木、木、木だ。木しかない。或いは草しかない。
焦る旅ではないにしろ、正直こうも同じ景色ばかりが続くと飽きてくる。
話し相手が欲しいな。と思いつつ、また裏切られでもしたら勘弁だなと思う。その点で言えばエレナリカとの一夜限りの関係はなかなかに心地良かったのかもしれない。一夜限りの関係と言うとやらしい感じだが、別段やらしいことなどしていない。
まあ、それは良いとしてだ。
町から町への間だけでも話し相手ができないものだろうか。
と、そんなことを考えていると、どこからか声が聞こえてくる。
「ないでありますなあぁ…」
声の感じからして女。それも若い。と言うか子供だ。距離はそこそこ近い。多分、道なりに進めば遭遇するだろう。
余り人と接触したくないオレとしては面倒だ。
それに何か困っている様子だ。面倒事に巻き込まれるのも面倒だ。
だが、道は一本だけ。どこかで分かれるようなこともない。
道から外れて森の中を歩くと言うことも、オレの能力を考えればできなくはないのだが、それだとオレの服が汚れてしまう。替えがない以上大切に着なくてはいけないのだ。
オレは一度嘆息するとそのまま歩く。
まあ、よくよく考えてみれば誰ともしれないオレに頼みごとをすることもないし、巻き込まれることもないだろうそう思ったのだ。そう思ったのが甘かった。
オレは黙々と進み続けると、件の少女がいるところに着く。
「ないでありますなぁ…ないでありますなぁ…」
ガサゴソと草の根をかき分けて何かを探す少女。
スルーしようと思ったのだが、オレは彼女のある一点に注目してしまう。
なんと、彼女の頭には三角型の獣耳が、腰より少し下にはふさふさの尻尾が付いていたのだ。
思わず目をいかせてしまったのが悪かったのか彼女と目があってしまう。が、彼女はすぐに視線を戻すとガサゴソと作業を始めた。
「ないでありますなぁ…ないでありますなぁ…」
チラッチラッ。
言葉一つ一つの間に視線をこちらに向ける。
オレはそれを無視しながらスタスタ歩く。
「ないでありますなぁ…ないでありますなぁ…」
チラッチラッ。
スタスタ。
「ないでありますなぁ!ないでありますなぁ!」
チラッチラッ。
スタスタ。
「ないでありますなぁ!!ないでありますなぁ!!」
「うるっせぇなお前は!なにがしたいんだよ!」
女の子はとうとうチラ見を止めてオレの隣で大声を出し始めた。
それに、たまらず大声で返してしまう。
だが、女の子は負けじと大声で返す。
「普通はこんなに可愛い女の子が困ってるんですから、手を貸すのが男というものでしょうが!と言うことで手を貸してくださいであります!」
「文句言ってんのかお願いしてんのかよく分からねえ奴だなお前!?」
怒濤の勢いでなに言ってるんだこいつは。
オレの答えがお気に召さなかったのか、女の子は可愛らしく頬を膨らませる。
「よく分からない奴とは失敬でありますな!滅茶苦茶可愛い美少女じゃないですかわたし!」
「このやりとり何度目か分かんねえけどとりあえず言っとくわ。自分のことを美少女とか言うんじゃねぇ」
つい先ほどもエレナリカとしたやり取りを、まさか一日経たない内に別の奴とやるとは思わなかった。なんだ?この世界にはナルシストが多いのか?それならこれから先かなり憂鬱何だけど…。
「とにかく!手伝って欲しいでありますよ!」
「うるせぇなぁ…オレは先を急いでるわけでもねえけど、めんどいから先を急いでることにしてるんだよ。わかったら諦めろ」
「うわっ!?外道がいる!外道がいるであります!」
「そーかそーか。んじゃあ、オレは外道だから人助けはしねえんだわ。外道だから。じゃあな」
「ああっ!!待って欲しいでありますぅ!」
去ろうとするオレの腰に慌ててしがみつく女の子。
チィッ!めんどくさい!
「離せ。面倒だ」
「イヤであります!助けてくれるまで離さないであります!」
そう言って頑なになってオレの腰にしがみつく少女。
「それに!面倒、面倒と言いますが!余り面倒なことは頼まないであります!」
いや、お前に関わることがもうすでに面倒だ。とはさすがに言わない。
「そ、そんな…ひどいでありますぅ…」
悲しげに眉尻を下げる少女。なんと、口に出てたみたいだ。
「なんでそう、頑なに拒むでありますかぁ…」
オレがここまで嫌がるのにもちゃんと理由がある。少女が普通の者であればオレも散々迷ったあげくに面倒だが助けただろう。
彼女の頭から生える三角型の獣耳。彼女の腰より少し下から生えているふかふかそうな尻尾。これだけで分かると思うが、彼女は獣人だ。見目も麗しく仕草だって可愛い。うん。普通であれば助ける。それであわよくばとか思っちゃう。まあ、今のオレにはそんな気はないがな。
だがしかし、思い出して欲しい。この国の情勢を。いや、国だけにとどまらず、大陸の情勢をだ。
今この大陸では三国間で戦争をしているのだ。
であるのに、なぜ獣人である彼女はこの国にいるのであろうか?
関所はおそらくかつてない程に厳重な審査をしているのだろう。と言うことはつまり、彼女は密入国者だ。それに、もし密入国者でないとしても、やはり獣人がこの国にいる時点で厄介事の匂いがぷんぷんする。
以上が、オレが彼女の頼みごとを断りたい理由だ。
「悪いがそう言うわけだ。じゃあな」
「まだ何も聞いてないでありますよ!?」
しまった。自分の中で物事を整理していたら話した気になっていた。
「お前に関わるとろくなことにならなそうだ。じゃあな」
「大丈夫であります!面倒事にはならないであります!ちょっとだけ!ちょっとだけでも付き合って欲しいであります!」
「もうすでに面倒なんだよ」
「ぐぬぅぅぅぅ~~~なんででありますかぁ……はっ!?もしやお兄さん…」
「あん?」
「女の子に興味を示せない、いわゆるそっち系のお方げぶんっ!?」
オレは彼女に最後まで言わせることなく頭を思い切りひっぱたいた。
「どうしてそう言う結論になるんだよ!」
「だってお兄さん、こんなに可愛い美少女が抱きついてるのに、引き受けてくれないから…」
若干涙目になりながらそう言う彼女。いかん。ちょっと強く叩きすぎたかもしれない。
だがまあ、失礼な物言いをしたのは向こうだ。オレは悪くない。うん。
しかし、このまま泣かれても面倒なので、オレは少しだけフォローを入れることにする。
「可愛いとは思ってる。だが、それとこれとは話が別だ」
「可愛いというなら受けてくださいよ!」
「それとこれとは話が別だと言ってるだろ!」
こいつ本当に人の話を聞かない奴だな。
しかしそう考えると、このまま拒み続ける方がより面倒になるような気がしてきた。
すでに彼女と出会った地点から結構な距離を彼女を引きずって歩いている。
うん、重いし面倒だ。
なんだろう。なんでこんな短期間に断る方が面倒な奴ばかりに会うのだろうか?
オレはわざと聞こえるようにため息を吐く。すると、オレが諦めたと悟ったのか、少女は期待に満ちた目を向けてくる。若干、やっと落ちたかみたいに笑っているのが腹立つ。
「分かったよ…お前のその頼みごととやらを聞いてやるよ」
「ありがとうであります!」
まあ、聞くだけだがな。とは言わない。言ったら言ったで面倒そうだ。
「それで、お前の頼みごとってのは?」
「はい。この薬草を探してほしいであります!」
そう言って少女は提げていた鞄から葉っぱを取り出す。
「薬草探してるんなら、臭いで追えばいいじゃないか」
少女は獣人なので鼻は利くはずだ。
「私、ハーフなので嗅覚が純血の獣人よりも利かないでありますよ。それに、この薬草は臭いが余りしないので、分からないでありますよ。純血の獣人であれば分かると思うでありますが」
「なるほどな」
それならば少女が探索できなくても仕方ない。
「ちょっと貸してみろ」
「あっ!」
オレは少女の手から薬草を引ったくると自身の鼻に近付け臭いを嗅ぐ。
「よし、覚えた」
「え?に、臭いをでありますか?」
「ああ。こっちだ。行くぞ」
「え、ちょ、ちょっと待ってでありますぅ~!」