002 野宿
自己紹介も終わったところで、オレ達は野宿の準備を始めた。と言っても、オレの手持ちは剣と数少ない賃金と後は雑貨だけだ。鍋などの調理器具や寝具なども持っているはずもなく、準備は全てエレナリカがやってくれた。
エレナリカは不思議そうな、かつ、面白そうな顔をしながらオレを見る。
「なんの準備も無しに一人旅?コノハは変わってるね~。なんかやんごとなき事情でもあったのかい?」
「うるさい。オレの事なんてどうでもいいんだよ」
「はいはい。それじゃあお姉さんはなにも詮索しませんよ」
そう言うとエレナリカは準備にもどった。
ふんふんと鼻歌を歌うエレナリカはなぜか上機嫌で、準備をしている。準備と言えば面倒なことばかりなので、そんなに上機嫌になる意味が分からない。
オレは修学旅行の準備ですら面倒と考えてしまう質だ。皆は、その準備から楽しいんじゃないかと言っていたが、いまいちよく分からない。
あれこれ揃えなくちゃいけなかったり面倒なだけだといったら、お前は人生の半分以上を損していると大げさなことを言われた。その後、修学旅行は準備からもうすでに始まっているんだと謎のお説教を食らったのは腑に落ちない。
だが、友人とそうやってバカなことを話すのも悪くはなかった。まあ、今となってはそう言うこともできはしないがな。
止めよう。感傷に浸るなんてオレらしくも無い。それに、感傷に浸ってる場合でもない。
「コノハ!準備終わったぞ!夕餉を作ろうではないか!」
「ああはいはい」
オレは適当に返事をすると背を預けていた木から離れてエレナリカの元に向かう。
「むっふっふっふっふっ。今日の夕餉はなぁんと!!ミノタウロスの霜降り肉を使います!!」
「え?ミノタウロス?」
「そう。ミノタウロス!」
「え、ごめん。なんか食う気失せた」
「なんでぇ!?」
だって、ミノタウロスってあれだろう?牛の下半身に人間の上半身。そして牛の頭を持つ、よくRPGとかに出てくる中ボスクラスのやつだろ?
いや、別に中ボス云々はどうでもよくてだな。つまるところ、見た目に問題があるわけだ。
下半身と頭は牛だが、上半身は人間だ。人を食べているようで嫌だ。
「ミノタウロスって下半身が牛、上半身が人。んで、頭が牛とか言うやつだろ?」
「そだよ」
「人食うみたいでやじゃないか?」
「問題無い!」
「ええ~。違う食材にしないか?」
問題大ありだ。オレはカニバリズムな趣味はない。そのため他の食材にしようと言ったのだが、オレの意見は通らないらしくエレナリカはミノタウロスの霜降り肉を使って料理を始めた。
ふと、そこであることに気付いた。
エレナリカが小さなカバンから見るからにそのカバンに入らなそうな物を取り出しているのだ。
「カバンの魔道具か?」
「そうだよ~。結構高かったんだよ?」
「へ~」
魔道具とは、魔物から取れる魔石や、天然で採掘できる魔石から作られる物だ。
それらは余り珍しい物でもなく、一般家庭にも普及しているほどだ。王城でもよく見かけた。
かく言うオレもその収納スペースを拡張する巾着の魔道具を持っている。
「さあて!でっきあっがりぃ!」
そうこうしているうちにミノタウロスで作った料理が完成したようであった。
「って、鍋?」
「おお!鍋料理を知っているのか?」
「まあな」
「ふふふふふっ。それは嬉しいね~これで漸く私にも鍋友達ができたよ」
「なんだよ鍋友達って」
オレはエレナリカの物言いに苦笑しながら返す。
すると、エレナリカはふっと優しげな笑みを浮かべた。
「やっと笑ったな」
「え?」
「私と出会ってから一度も笑ってなかった。だから、やっと笑ったなと思ってな」
言われてみれば、そうだったかもしれない。
「なんか、ずっと思い詰めた表情をしていたぞ?何か悩んでるんだったら、お姉さんが聞いてやるよ?」
そう言いながらエレナリカは鍋の中身をよそってお椀に入れてオレに寄越してきた。
オレはお椀を受け取ると巾着袋から箸を取り出す。巾着袋に箸を入れているのは、どこに行っても箸がないから自分で作ったのを入れておいたからだ。
「お?君も箸を使うのかい?」
「君もってことはあんたもか?」
「ああ。私も箸が便利だから箸を使っている」
それだけ話すとオレ達は黙って鍋をつつく。
だが、エレナリカはその静寂を破り訊いてくる。
「それで?本当に何かあったのかい?」
「…話す義理はない」
「連れないことを言うなよ。お姉さんが聞いてやるって言ってるんだぜ?めったに無いんだぜ?」
オレはエレナリカの提案に考えあぐねていた。
見ず知らずのエレナリカに話して良いことなのか?
いや、話してはダメだ。これは自分の問題だ。他人に話して楽になろうという考えは間違っているし、卑怯だ。
「悪いが、話せない」
オレの言葉を聞き、真面目な顔でこちらを見つめるエレナリカ。
オレはその視線から目をそらすことなく見つめ返す。
「君は……」
そう言うとエレナリカは目を細める。
「もしかして勇者か?」
「っ!?」
その言葉を聞くとオレはビクリと体を震わせる。だんだんととけてきていた警戒がまた元に戻る。
それを察知したのか、エレナリカは先ほどまでの真面目な表情を崩して合った当初のにこやかな笑みを浮かべる。
「ああ、警戒しないでくれよ」
「なんでオレの素性知ってんだ?」
「知ってたわけじゃないさ。ただ、君の髪と瞳の色は珍しすぎる。だから、もしかしたらと思っただけさ。まさか勇者だなんて思わなかったよ」
そう言われると、確かに、エレナリカは勇者かい?と訊いただけだ。勇者だなとは断定していない。こっちが勝手にバレたと思っただけだ。挽回の余地はあったのだ。
「そうか…」
「まあ、言い触らしたりはしないよ。言い触らしてもお姉さんに利益は無いからね」
「そうしてくれると助かる」
「それで?君の悩みも勇者がらみなのかい?」
「………」
「ここまで聞いたんだ。話しておくれよ」
良いのだろうか、話しても。
自己紹介をして見ず知らずではなくなったとは思うが、それでも出会ってまだ数時間も経っていない間柄だ。信用に値するのかどうか…。
「出会ってまだ間もないんだ。それに明日には分かれるんだろう?だったら、話してみても良いんじゃないかい?」
「…そうかな?」
「そうさ。短い付き合いだから話せることもあるさ」
そう言われれば、そう言うこともあるように思えてくる。
だからオレはポツリポツリと話し始める。
「オレはさ…あんたの言ったとおり勇者なんだよ。いや、今となってはあいつ等の言っていたことだ。オレ達が勇者だという保証はない」
「それはつまり?」
「オレ達は勇者召喚で召喚されたわけじゃないんだ。気付いたら森の中で寝そべってた。伝承がどうとか言っていた覚えはあるが、それが本当かどうかも分からない。それを鵜呑みにはできない。まあ、それで、森の中で寝そべってたオレ達は紆余曲折の末クインカ王国に連れて行かれた」
紆余曲折で纏めたのはオレの能力を知られないためだ。一応、オレの切り札はこの回避能力だけだ。だから、一応隠していた方が良いだろうと考えたのだ。
「そこでオレ達は訓練を受けた。死なないための訓練だ。そこでオレは多分一番強かった」
「ほう、それは凄いね!」
エレナリカの賞賛の言葉にオレは自嘲気味に笑う。
「凄くなんかないさ。能力は借り物の物だ。借り物に頼らなくちゃ戦えない。弱い奴だよ」
「借り物でもなんでも、使いこなせなかったらそれは宝の持ち腐れだよ。君はどうあれその借り物の力を使いこなしているんだ。そこは自信を持って良いと、お姉さんは思うよ?」
「…ありがとう」
「いやいや。それで、一番強かった君に何があったのかな?君の口振りからするに勇者は一人じゃないんだろう?何があった?」
「……勇者の一人が魔人族にそそのかされて裏切った。それが戦の最中に発覚した」
魔人族というワードを聞いてエレナリカがビクリと体を震わせる。
どうしたのか目で問いかけると、彼女は誤魔化すように笑った。
「気にしないでくれ。ささ、続きを」
正直、少し気にはなったが、彼女が気にするなと言っているのだ。気にしない方が良いのだろう。
オレは彼女に促されるまま続きを語る。
「オレは裏切りが発覚する前に、親友に皆を守ってくれと頼まれた。オレも、守りたいと思ったから親友の言葉に頷いた」
「まあ、強者ゆえの頼まれごとだね」
「そんなんじゃないさ。ただあいつが頼れそうなのがオレだけだったって話だ」
いや、それはおこがましいのかもしれない。流には頼るべき友人がたくさんいた。たまたま付き合いが長かったオレに白羽の矢が立っただけなのかもしれない。
「オレは、親友が守りたい者を頑張って守ろうとしたんだ。皆が後衛で待機している中、勇者の中でオレだけが前線に出て戦ったんだ」
何人も殺した。それはもう数なんて数えてられないほどに。
「敵を殺していく内に感じたのは、虚しさだけだった。それが単純な作業になっていたのも、虚しさを増長させるだけだった」
「まあ、人殺しを楽しいと言えるのは戦闘狂くらいだろうね」
「……できれば人殺しなんてしたくはなかった」
「そうだろうね。人殺しなんて最初は恐ろしいものだ」
「いや、違う。そうじゃないんだ」
「というと?」
「……人を殺しても平然としていられる自分を知りたくなかった」
人を殺しても恐怖に支配されない。それは、自分がどこか人間ではないように感じさせられた。
他者を殺すことへの恐怖も躊躇いも無い自分は、人じゃないんじゃないかと思った。
「そんな自分と嫌々向き合ってる間に、仲間の一人が裏切った。結局、仲間に死者は出なかった。危うかった奴はいたけど、どうにか一命を取り留めたらしい」
「その裏切り者は?」
「……………オレが殺した」
「そうか」
自然と食事をするオレ達の手は止まっていた。
それからは、一度も口を開くことなくオレ達は若干冷めてしまった夕飯を食べた。
味は、まあ、悪くなかった。
鍋の中身をすべて食べ終えるとオレ達はどちらからともなく眠りにつくことを選んだ。
オレは木に背中を預けて腰に下げた剣を抱え込むようにして。エレナリカは寝袋を取り出し焚き火からさほど離れていないところに広げた。
「一緒に入るかい?」
ニヤアといたずらっ子な笑みを浮かべてそう言ったエレナリカに、オレはいいから寝ろという意志を込めて手を振った。
オレの反応がお気に召さなかったのか、エレナリカは不満げに頬を膨らませてから寝袋に入った。
思えば、彼女なりの気遣いのつもりだったのかもしれない。オレはその気持ちだけありがたく受け取ることにした。
「ありがとう。エレナリカ」
「どういたしましてだ。コノハ」
考えるそぶりもなく帰ってくる返事に、やはり彼女なりの気遣いであったこを確信する。
オレは優しい一晩限りの仲間に心の中でもう一度お礼を言いつつ眠りについた。