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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
一章  惑いの中で
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 カキーンと甲高い金属音が響いて、右手に持っていた短剣が後方へはじかれた。

 強い力に思わず剣を手放してしまい、それは回りながら数メートルも飛び、土レンガで舗装された地面に突き刺さる。さらに、身体のバランスを崩して右手を地面につけてしまった。

(不覚……っ!)

「勝者。カリ・リアス様!」

 審判をまかされた少女が、三日月型にくり貫いた薄い板を左手に持ち替え、この心中を知ってか知らずかうれしそうに高々と掲げた。

 三日月は左右対称でなく、どちらかに傾いていることから勝者の象徴とされていた。

 その三日月を見やり、ちっと舌打ちする。

 また、負けた。

 もう数え切れないほどだったけれど、やはり悔しいものは悔しい。

「チェザ」

 穏やかな語調。カリはいつも冷静で、それが剣を何度も交えた彼にはわかっていた。カリは二本の短剣を袖の中の腕に隠し持っている鞘に収めて左手を差し出したが、それを睨み付けて自力で立ち上がる。

「なんだよ。大人げねーの」

「そうか?  お前も暦が改まって、もう大人の仲間入りだろう。チェザ」

 戦いやすいように短くたくし上げていた長いラカーユを正装に戻しながら、カリは胸中で苦笑した。この少年の気迫がカリを大人げなく本気にさせたのだとは、たぶん一生気づくまい。

 カリは痩身で柔らかな面差しをした二十七歳の青年である。その額にはサーラ国の誰もがうらやむ十字の紋章リアスが刻まれて、赤茶色の髪の毛はところどころが緑色に染められていた。

 少年から大人への転機を迎えたばかりのチェザは、左手の短剣を鞘に収めたあと、刺さった短剣を引き抜いた。

 サーラ国では双剣術が一般的である。両手に短剣を持って戦うのだ。剣術に長けているリアスは、必ずこれを会得している。それ以外の民にも遊戯として広く親しまれていた。

 人を殺すための短剣ではない。サーラの民にとって短剣とは生命の象徴だ。もちろんその刃は鋭利であり、人の皮膚をたやすく切り裂くだろう。だが、だからこそ両者の間に緊張感が生まれる。それこそが崇高な瞬間なのだ。

「強くなったな」

「口先だけで誉められてもうれしくないよ」

 その科白は勝者が言うものではないとチェザは思う。

「賢しい口をきく」

 カリは別段怒ったふうもなく、その整った顔に笑みを浮かべた。

 が、即座に右から細い腕が伸びてチェザの腕をきつくつかんだ。小柄な影。

「どんな口きいてるのよチェザ! このお方をどなたと思って? リアスのカリ様なのよっ」

「なんだよ。暴力女! んなこと知ってるよ!」

「なーんですってっ!」

 振りほどこうとしたが、手を放すどころかさらに強くつかまれ、さすがのチェザもその腕をつかみかえした。が。

「あちっ」

 条件反射でチェザは身を引く。少女の腕が異様なまでの熱を持ったからだ。

 彼女の肩あたりから、小さな影が姿を覗かせる。トカゲの顔をしたそれはだが、れっきとした焔霊サラマンダーである。いつのまに呼んだのかと、チェザは顔をしかめた。

「おい。ずるいだろそれはないだろ」

「自分の身が危険に晒されたとき、その力を持って全力で護ることのどこがいけないっていうの?」

「晒されてねーだろ」

「殺されそうになったわ!」

「嘘つけ!」

 大袈裟に言う少女と本気になって反論するチェザの必死な表情を交互に見て、カリが口元をほころばせる。柔和な顔つきだった。

「……二人とも子供だな」

「おい!」

「カリ様!」

 二人の声が交錯した。先に反論したのは少女のほう。

「カリ様、それはあんまりではございませんか! このフィーザも暦が改まり十五歳になりました。もう立派な大人ですわ。いつまでも子供子供しているこのチェザとは違いましてよ」

 ぱっとチェザから手を放して一気にまくしたてる少女の爛々とした黒の瞳を見て、チェザは呆れ返ってため息を一つついた。

「……よくそこまで言えるな、おい」

「フィーザの崇拝するカリ様に暴言を働いたのよ。まるこげにされなかっただけでもありがたく思ってくださる?」

 尊敬ではなく『崇拝』ときたものだ。毎度のこととはいえ、さすがに反論する言葉を失ってチェザは黙った。

 カリとチェザの打ち合いはいつも、カリの家のそばにある広場で行なわれる。観客は決まって一人。審判を兼ねる、チェザと同い年の少女フィーザだ。

「カリ様。このフィーザをもう子供扱いなさらないでくださいませ。次に訪れる銀の日には儀式を済ませますし、初雪の月にはフィーザも聖月の宮にきっと参りますのよ」

 十五歳で一人前とみなされ一つの仕事に絞るまで、子供たちはさまざまな仕事場で雑用などを行ない、経験していく。そして、十五歳の銀の儀式で彼らは一つの仕事を得るのだ。

「ああそうだったな。おまえはリアスになりたいのだったか」

「もちろんですわ。聖月の宮にてフィーザもカリ様とともに月姫の巫女様をお守りいたしますっ」

 小さなこぶしを握り締め、嬉々としてフィーザは断言した。彼女の場合、リアスになるのもただカリへの忠義によるものにすぎないという気もする。月姫の巫女ではなく。

 不純な動機でリアスになろうとする志願者を、月姫の巫女は即座に見抜く力があるのだと聞いたことがある。

 もしそれが本当ならばフィーザはリアスになれないだろうとチェザは思い、少しだけ優越感を感じた。そしてそんな自分を少しだけ醜く思った。



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