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月霊ルーシファーは、月明かりの精霊である。
それは、月姫の愛した地とも言われるこのサーラ国にとって、唯一の絶対的存在にして生きるための糧そのものだった。
月の暦を使うサーラ国では十五日、三十日が節目とされ、十五の倍数は特別な意味を持つ。三十日ごとに訪れる満月の夜には聖月祭が行なわれ、三十日ごとに訪れる新月の夜はひっそりと静謐の中に身を置き、外出を控える。また子供は十五歳で一人前となり、仕事を始める。
月霊ルーシファーの姿を見る金の瞳と月霊ルーシファーの声を聞くことができる耳を持っているのが、月明かりの精霊の娘と言われる月姫の巫女である。
彼女たちは月に住む一族とされ、まだ世界ができたばかりのころ、月よりこの世界に舞い下りた月霊ルーシファーの娘はまだ文化を知らない人間を愛し、子を成した。月姫の巫女はその末裔であるがゆえに、月と同じ金色の瞳なのだという。
月姫の巫女たる証は、その金色の瞳だった。
月から舞い下りた娘の名をシスティザーナ、この国の言葉で聖月の乙女という。
そしてまた、月明かりの精霊は時と記憶をつかさどる精霊でもあった。
それゆえに、月姫の巫女はシスティザーナの記憶をすべて、受け継いでいる。けっして他人には話すことのない永遠の記憶を。
哀しみや歓びや、愛や憎悪のすべてを。
天から舞い下りた月姫の、そうした記憶を、彼女たちは持っている。
そして今日、その記憶を受け継ぎ、金色の瞳を宿す女性の名を、システィザーナ・アンディア・ルーシファーという。
秋、暦の始まりは、豊かな果実の月。最初の銀の日を迎え、民はみな一斉に一つ年を重ねる。
月姫の巫女は三十歳になっていた。