5人の女たち4
私は知らなかった。何も。
ソルベが大事な人を失ったことも。そもそも結婚相手がいたことも。
ファールーデがドンドゥルマのことをいつも気にかけていたことを。
アイスクリームスプーンがクルフィの物だったことも。
そして知らなかった。
ソルベの嫉妬心が自分を突き動かして、誰かを貶めようとして報復を受けたこと。
ファールーデの正しさが最悪の事態を招いたのに、自身は善人であると貫くことを。
クルフィがリーデッヒの虜から抜けて、すでに過去のものとしていることを。
みんな弱さや苦労があったのに、私はいつも決めつけていたわ。誰がどの立ち位置でいて、誰がどの役なのか。型にはめて、気にも留めなかった。
ドンドゥルマが自分のプライドを見せつけることだって、ただの弱さだったという事にどうしても気付くことが出来なかった。
あの言葉……。
「あんたは家に帰れば夫の愛があって私には何もないわ! あなたみたいな幸せな人には私の事なんて何も分からないわよ!」
この時もきっと、ドンドゥルマは私の事を何も知らない。
「……ねえ、ドンドゥルマ。私、再婚したのよ」
「えっ!?」
さすがにドンドゥルマは驚きを隠さなかった。だって彼女は、私から夫を取り上げることに成功した上位の女性だからだ。
「元夫には聞いてないみたいね。てっきり私は、私の悪口を二人でたしなんでいるのかと思っていた」
そっとドンドゥルマに手を伸ばして、その頬についた泥を指で払ってあげる。
何を思ってかドンドゥルマは目を強くつむって委縮した。肩に力を入れて何かにおびえるように。
すぐに察した私はドンドゥルマを抱きしめる。その肩を抱いて、私の肩も少しだけ震えていたのを隠したかった。
「ねえ、ドンドゥルマ。あなたは哀れだわ。人のものを奪っても幸せになれないし、理想だけを追っても悲しくなるばかり。だから、あなたが幸せになるためなら私の事をいくらでも笑っていいわ。だってそれがあなたじゃないの。目を覚ましてドンドゥルマ。これからいくらでも一緒に幸せを探しましょうよ」
この時勢に大きな戦争が起こっていた。その裏で、こんな小さな争いごとが起こっていたことなんて世界の誰が知るだろうか。
ひとりの男を取り合った女たちが、ある日突然全員が敗北を経験した時。悲しみに暮れるだけならよかったのに、現実を受け止めきれずに暴走してしまうなんて。失恋した身なら同情できる話ではあるけれど。
市局の人はついに屋根裏部屋を突き止めた。
そこで二人の女性が小さくなって座り込んでいるのを、おそらく災害におびえているものだと思っただろう。
「グラニータさんですね。それから……」
私とドンドゥルマはすっかり消衰しており、用意されたタンカーの上に乗ってそれぞれ運ばれた。
季節がいくつも過ぎて、あれから何年たったか忘れてしまうほど。
好きだった劇場は幕を閉じ、ついに淑女たちの娯楽がひとつ消え去ってしまう。景気は相変わらず良いままで素晴らしいけれど、人気役者が居なくなった劇場は別の物に建て替わるそうだ。
リーデッヒについては時の人となり、もう記事が少なくなってしまった。だけど私たちの間では噂が絶えない。
「ねえグラニータ、知ってる? リーデッヒが実は、とある王国の王女様と恋仲だって話」
うきうきと声を跳ねさせて情報通は話した。
「とある王国ってどこの?」
「さあね。でも王女様って言ったらニューリアン王国よね。知ってる? あの国の王族はみーんな女子。なんでも女児しか生まれないんだって。しかも全員金色の髪で、ものすっごい美貌なんだって。いいなぁー。私もそんな国で王女様になりたいー」
午後の秋風が通り抜けるカフェテリア。羨ましいと足をぶらぶらとさせるのはクルフィだ。
「ちょっと! テーブルが揺れちゃう!」
その揺れで目が覚めたのか、側から赤ん坊が鳴きだしそうだ。
「あっ、ごめんね。あー、せっかく寝てたのにねー」
クルフィが慌ただしく赤ん坊を取り上げ、縦横に揺さぶりながら機嫌を取ろうとするけれど、新米母のクルフィにはまだ要領が掴めていないみたい。
「貸してみて」
私はクルフィから赤ん坊を預かった。
自分の子供の時もそれはそれは慌てていたけれど、もうすっかり落ち着いてなだめることが出来る。
「わあ! さすが上手ね! これから毎日家に見に来てよ」
「嫌よ。しんどいもの」
素直に言い、赤ん坊のカールした髪がクルフィそっくりだと思って眺め、つい頬がゆるんでしまう。
そんな私の顔を覗き込んでくるクルフィ。
「……もうひとりいかが~?」
彼女はニヤニヤとして声もふざけた。
「もうっ。はい、自分で面倒見て」
赤ん坊はすぐに返したわ。あんまり抱っこしていると本当に心が揺さぶられてしまうから。
「それより遅いわね」
私は時計を見た。もう約束の時間から十分も過ぎている。
ソルベは自身のブティックが好調で、もうどこかの海を渡っているって聞いた。
ファールーデは動物保護活動に専念し、今日の私たちの定例会は彼女らしからぬことに断られてしまったわ。残念がって今朝にまで電話をくれたのは彼女らしいけど。
「あらあらこんなところに居たのね。随分冴えないお店だから見つけるのに手間かかっちゃった」
登場にそんな言葉を投げて来るのはソルベ以外にひとりしか知らない。
「わあ! すごく素敵ねドンドゥルマ!」
さっそくクルフィがドンドゥルマの毛皮コートを見て褒めた。だけど私は冷静になって。
「まだ秋が始まったところよ? 暑くない?」
毛皮コートを身に纏ったドンドゥルマは、席に座ってすかさずジンジャーエールを取り寄せている。ふーふーと息を吹くのは暑いからだと思うんだけど。
「ファッションは先端をいかなくちゃでしょ? あなたたちこそ、そんなみっともない格好をして。クルフィなんて何なの? もっと美貌に気を付けなさい」
ドンドゥルマはカバンの中からいくつものコスメを取り出した。
「いつもありがとう!」
クルフィは先に喜んだ。
「あげるって言って無いわ。定価で譲ってあげるだけ」
ドンドゥルマの自社製品を拝むクルフィ。その様子を見ていた私はどんな顔をしていただろう。
「……アンタ、気持ち悪い」と、ドンドゥルマにあしらわれる。そんな顔をしていたんだろう。
完結です!ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
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