最終話:再び、幸せの国へ
季節は巡り、初夏を迎えた。
ここ、レジアス東部アル地方でも多くの畑が耕作を再開している。
人口が減った上、種の入手もままならないため、最盛期のおよそ半分といったところだが、それでも肥沃な大地だ。最近は早生物の収穫もあり、食糧事情は劇的に改善されている。
「また、こんな実りがあるは思わんかったなあ。」
「去年一昨年が嘘見たいじゃ。」
「嘘ならどれほどよかったか。」
「そうじゃな。お前さんとこも大変じゃったな。」
「豊かな実りは当たり前じゃ無かったんだな。」
「有り難さを感じるのう。」
「あれっ?神父さんじゃないか。今日も巡回かね。毎日ご苦労なこったねえ。」
「ええ、聖職者の端くれとは言え、大地への感謝は大切なお勤めですからな。」
「しかし、そのお歳でご苦労なこった。」
「いや、私があの混乱を招いたようなもの。罪滅ぼしも兼ねております。」
「何も爺さんだけの責任じゃなかろう。」
「しんぷのおじいちゃ~ん!」
遙か向こうから子供たちが駆け寄って来る。
「みんな、今日も元気じゃな。随分顔色もよくなった。」
「お前ら、ちょっとは仕事手伝えよ。」
「やだ~!おじいちゃんとあそぶ~」
「まあいいけど、夕方までには帰って来いよ。」
「は~い。」
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そして、レヴフォート近郊では、新しいため池の建設も始まっている。
「しかし、団長は剣だけじゃなく、鶴嘴の使い方も一流ですね。」
「身体を使うことなら、大抵はこなせるつもりだ。」
「しかし、何も騎士団を辞めなくても良かったんじゃないですか?」
「主を守り切れなかった情けない男だ。お前こそ、殿下に付いていけばよかったじゃないか。あれだけ要請を受けてたのに。」
「小官は常に団長とともにあります。それは、これからもです。」
「ではため池建設副団長、そこの岩をよろしく頼む。」
「了解でございます。」
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「ありゃあ、義娘というより孫だな。」
向こうでは、まだ幼さの残る少女が花に囲まれて蝶と戯れている。
「ええ、十歳も年齢が違うと婚約者と言ってもピンと来ませんね。」
「だが、ポーラも大喜びだったじゃないか。それにとても可愛らしいご令嬢だ。」
「そうですね。今まで散々政治に振り回されてきた分、この田舎で幸せになって欲しいですね。」
「そのためには、いかに戦争を回避するかが重要になる。これからはお前の時代だ。妹に負けるんじゃないぞ。」
「ええ、お任せ下さい。」
「リデリアちゃん。そろそろお茶にいたしましょう。」
「は~い、お義母様。」
北の地の初夏はさわやかな風が吹く。
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「兄上、やっと平穏な暮らしが戻ってまいりました。」
真新しい墓を前に、ジェラードと元宰相オランド・マクニールが跪き、祈りを捧げる。
「歴代王家の墓に入れることが出来なくて大変申し訳ありませんが、兄上なら、むしろこちらを望まれると思いました。国を失ってしまいましたが、家名は残せましたので、お許し下さい。そして、兄上の施策は新たな陛下が受け継いで下さるそうですので、ご安心を。そうそう、パズルも完成させてくれると思いますよ。大陸一の版図とともに。」
ジェラードは立ち上がり、空を見上げる。
「これから、兄上の理想を形にしていきますよ。」
「大公殿下のご活躍を、きっと陛下も願ってくれておりますぞ。」
「だといいな・・・」
ここにも力強い日差しが降り注ぎ、柔らかな風が吹く。
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「今日も今日とて、忙しさは変わらず・・・」
「ぼやいて捗る仕事無し、でございまするぞ。」
「叔父上は相変わらず厳しいなあ。」
「父親になるのですから、もう少しこう、しっかりしていただきたいものですな。」
「サルマンを見るに、叔父上にあまり説得力があるとは思えませんが。」
「しかし、ロナスで婚約者を見つけて来ました。取りあえずは及第点をやりたいと思います。」
「大国の摂政の息子に成り上がった途端に、婚約者ができた。」
「まあ、そんなもんでしょう。両国の架け橋になってくれればと思います。」
「まあ、アイツにしては上出来だな。」
「陛下も精進くだされ。」
「全く、これだもんなあ・・・」
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「レイア様、随分お腹が目立って来ましたね。」
「はい。すくすく育ってくれているのを日々感じます。新しい命を神に感謝ですね。」
「そうですね。レイア様の嬉しそうなお顔が見られて、私もとても幸せです。」
「ありがとう。私もお菓子をいただいている時と同じくらい喜んでいただけて、とても嬉しいのですよ。」
「いえ、私はあまり甘い物は・・・」
「ベティ、聖女様のお祈りの邪魔をしてはいけませんぞ。」
「は~い。」
「しかし、聖女様もあまり無理をなさらなくてもよろしいかと存じます。」
「ええ。でも、私には祈ることしかできません。」
「いいえ。今やヴォルクウェイン一千万人の幸せがかかっております。きっとこの先、聖女リンド様と並び称されるようになります。」
「大きな犠牲を強いてしまいましたが。」
「しかし、結果的にはるかに大きな命を育むことになります。」
「その中の一人が、ここにいますしね。」
「いろいろございましたが、これで良かったのだと、私は思います。」
「エルマー様、ありがとうございます。これからも、皆の幸せをひたすらに祈り、必ずや地上の楽園にしてみせます。」
「その意気ですぞ。しかし、今は無理をなさらず、お身体を大切にしていただければと思います。」
「はい。」
ポルテンの海風は、夏の気配を運んでくる。
その風に乗って、町を行き交う人々の笑い声が聞こえてくる。
そして夕陽は港町を赤く、目映く染める。
たくさんの幸せを照らしながら。
- 完 -
誤字報告いただき、誠に有り難うございました。
次回作も順次載せていきますので、よろしくお願いします。




