090話『本当に解決? 』
「金幣1000枚!? そんなに納めたのか……」
毎月女王府に納める、言わば税金なのだが……今月は金幣1000枚も取られた。
「普段は500枚くらいですものね……何かあるのでしょうか」
俺が久々に家に帰ってきて、早2日。そろそろあの二人が来てもおかしくない頃だ。
「レイ、お客さん……」
お、ちょうど来たか……レフとユフ、あと雀燕は買い物に出てるしちょうど良いタイミングだな。
「お邪魔するよ。レイニィ」
「お邪魔します……」
お客さんというのは、セナとアルベドさん。今後の話し合いをするために、今日はわざわざ来てもらった。
「魔女教は、もうそろそろ解体される。お陰で首輪も取れたし」
「ほんとに何とお礼を言えば良いのか」
魔卿使団の事は心残りだが、何とか丸く治まって良かった。結局セナが過去に大虐殺を行ったのは、チョーカーなどで脅されたからだ。そして、それらを含めて仕方ないことだった。と俺は理解出来た。
「セナ、なぜお前がここに! 」
その時、買い物から帰ってきたユフが持っていた品物を落とし、もの凄い剣幕で迫ってきた。
「お前だけは、お前だけは許さない! 」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ユフ……」
「レイニィ様は黙っていてください! やはりヨルは、ヨルなのですか……! 」
そう言われ、俺はそれから何も言えなかった。2人の過去のことはスズテナさんから聞いたことがある。俺の考えが甘かった。
「ユフ! 落ち着きなさい。相手をよく見るの、セナは微塵も敵意を出してないわ」
「ですが……! 」
「レフだって、少し気を許すと負の感情に飲まれそうになるの! 許せない、憎い気持ちはあなたと一緒よ。レイニィのことだって、心の底から信頼してるかと言われたら……」
レフは、今まで溜め込んでいた心の内の鬱憤を吐き出した。彼女が涙を見せるなんて、もう二度とないだろう。
「姉様……ごめんなさい、ユフはそれでも……」
「聞いて欲しい! 俺は、君たちにとても悪い事をした。そう思っている。簡単に許しては貰えないことも。だけど、ここにいる今の俺を見て欲しい。信用してくれなんて言わない、話をさせてくれ! 」
セナは立ち上がり、そう言い頭を深々と下げた。それを見たアルベドも同じようにした。
ユフはその咄嗟の行動に、驚いたのか言葉を詰まらせた。レフは、力なく座り込んでしまっていた。
「……俺は取り返しのつかないことを繰り返して生きてきた。恨みを買って当然だ。だけど、俺たちの行動にヨルの血は関係ない! そこは、分かって欲しい……レイニィを責めないでくれ。彼は俺が出会った中で、最も信頼出来る人物だ。真っ直ぐで、力強い」
セナが口にしたのは、許しを乞い願う言葉でも自らを保身する言葉でもなかった。同じヨルの血が流れ、誤解を受けるレイニィの事を思っての発言だった。
その事はユフに更なる衝撃を与えた。ずっとセナを、非常で冷酷だとばかり思っていたのだ。
「も、もう良いです……ユフたちの前に姿を見せないでください……」
ユフは唇をかみしめ、小さく震えながらそう言うと部屋を出た。レフもそのあとを追った。
「ごめん、レイニィ。もう行くよ」
申し訳なさそうにうつむき気味で、部屋を出ようとするセナに俺は何も言えなかった。
レフとユフ、そしてセナとアルベドが退出した後の室内は、なんとも言えない雰囲気に包まれた。
それは運悪く帰ってきた雀燕も、びっくりするほどだった。
とにかく1人で考えたくて、黙ったまま部屋を出た。どこへ向かうでもなく、足を進めた。とにかく少しでも遠くに。
***
「ユフ……これからどうするの」
「姉様……ユフはあの時、あの場から逃げ出したいと思いました。セナがレイニィ様の事だけを守ろうと、口にした事を信じたくなかったのです。セナがそんな人間であってはいけないと」
広い庭の隅にひっそりと、それでも確かにある大きめの池。そこにいる魚たちに餌をあげるユフは、涙を流しながらそう言った。
「ユフは、最初にレイニィ様と会ったあの時。今でもはっきりと覚えています。姉様は不機嫌そうな顔をしてましたね……」
「――――」
「ユフはあの時、ユフ達を暖かく迎えてくれたレイニィ様に一目惚れ、してしまったんです。彼の全てが輝いて見えました」
レフは、ユフの言葉にただ静かに頷くことしか出来なかった。
「ユフは、あの人の元から離れる事などもう出来ません。確信したんです。レイニィ様は、良いヨルだと」
ご都合主義のような考え方で、ユフはそう理解した。自分の中に潜む2人の自分を、そうまとめこんだ。
「だから、姉様は心配しないでください。ユフはもう大丈夫です。過去の事は、未来を見るために今は閉まっておきますので」
レフの白い頬を伝い落ちる涙が、生い茂る芝をしっとりと濡らした。ユフの成長を感じ、自分の愚かさを突き付けられたような気がしていた。
「ユフ、ごめんなさい。未来から目を遠ざけていたのはレフの方だったわ。セナとちゃんと話そうとしなかった。あなたにばかり押し付けてしまっていた」
「いいえ、姉様はそれで良いんです。傲慢でプライドが高くて、それでいて繊細な姉様が」
冬の終わり、抱き合う2人を冬麗な空が優しく包み込んだ。
***
「お取り込み中申し訳ないのですが……ご回答頂けますか」
ミラト大森林の近く、小川を流れる川水に足を浸すレイニィに声をかけたナーレファイン。
「ナーレファインか……あぁ、行くよ。だけど、細かいことはまた今度にしてくれないか」
「その方が良さそうですね。何かあったのですか」
ナーレファインは、レイニィの隣に座り同じように足を浸した。川水が想像以上の冷たさをしていたのか、「ひゃっ」と声が漏れ出ていた。
「ちょっとね……人間関係ってほんとに難しいよ。もうヨルには懲り懲り」
「そうだったのですか。レイニィ様、ヨルの一族は……世界に必要です。懲り懲りなんて言わずに、ちゃんと現状を見てください。きっと解決の糸口がすぐ側に」
ナーレファインは、俺の愚痴を静かに聞いてくれた。魔力感知に引っかかるもう1人が気になるが、今は良い。このまま話を聞いて欲しかった。
「ところで、そこにいるのは誰でしょう。盗み聞きは趣味が悪いですよ」
「あはは……バレたか。さて、君は覚えているだろうか。私だ、パンドラだ」
パンドラ……確かあの時、王城で出会った幽霊もどきの幼女か。
「パンドラ……ま、まさかあなたが……! 」
「静かに、お嬢さん。この世には知らなくて良いことがあるのだよ」
パンドラって一体何者なんだ……