083話『陰陽道』
「何しに来たなの……話すことは何も無いの」
「……あなたも相変わらずね」
「雀燕様、姉様……少し落ち着いてください」
昔から何故かこの2人は犬猿の仲だ。多分、姉様が悪いんだけど……もうちょっと大人になって欲しい。
「もういいなの。こんな事してる場合じゃないの! 早く着いてくるの」
そう言って雀燕は、瓦礫の上から慎重にゆっくりと降りて反対側に歩き出した。
姉様と顔を見合わせ、よく分からないままついて行く事になった。一体どこへ行くのだろう。
「本当に、大きくなりましたね。雀燕様」
***
「着いたなの」
急に雀燕の足が止まった。どうやら目的地に到着したらしい……村の外れにある何も無い平原の真ん中だ。
「ユフには、何も無いように見えるのですけど……」
「ちょっと待つの。聖域展開……」
雀燕が何かを詠唱し始めると、足元と頭上に2つの魔法陣が3人を挟み込むように現れた。
「ちょっと、何よこれ……」
魔法陣はそのまま3人を飲み込んで、そのまま静かに姿を消した。平原は何事も無かったかのように、穏やかな風を受け草々がなびき始めた。
***
人元歴460年4月、バハレイル帝国レゲオス――
「おい、見ろよあの女……」
「どのだよ」
「あれだよ! あのちいせぇの」
レゲオスの街にある大きめの酒場。そこのカウンターに座っている私に言っているのだろうか。後ろの方から卑俗な話し声が聞こえてくる。
「もしかしてそれ、私の事ですか? 小さいって何がでしょうか? 」
「い、行こうぜ」
にこやかな顔で、お淑やかに言ったはずが……逃げられてしまった。真意を確かめたかったが……仕方ない。今回だけは見逃してやろう。
「天衣さん、頼まれてた物……これだよね」
「マスター、ありがとうございます。これです、これ! 」
まさか先生がギルドを立ち上げていたなんて……それに団員も募集している。これを運命と言わずに、何と言えば良いのでしょう……!
とは言え、手ぶらで入団させてくださいなんて……恥ずかしくて言えたもんじゃないですね。何か手頃な手土産があれば良いのですが。
「そうだ、天衣さん。面白い話があるんだけど……」
ここ、ですかね……それにしても、オンボロな家。マスターも中々良い情報をくれたものだ。先生への手土産にピッタリ……
「一応、念には念を入れておきましょうか……爽散」
苔に覆われ年季の入ったドアが、音を立てて弾け飛んだ。ドアに罠は無い……考えすぎでしたか。人の気配も無いですね、もしかすると……誤情報だったのか。
「大人しく帰りますか」
***
月明かりに照らされ眠る街、そこに縦横無尽に飛びまわる影が複数あった。
草木も眠る丑三つ時、私はふと目が覚めた。寝苦しかったわけでも、悪夢を見たわけでもない。ただ何となく、起きてしまった。
「……あなた、寝込みに襲撃なんて良い趣味してるわね」
その時、窓際に潜む影に気がついた。魔本は、机の上か。取りに行くのは無理ね、相手の技量も分からないし……困ったわ。魔力感知は反応が無いし……使い勝手悪いなぁ。
「貴様だな。今昼、我らの隠し家に訪れたのは」
「隠し家……あぁ、あのオンボロね。それがどうしたのかしら。あ、ドアの事なら弁償するわよ」
このまま睨めっこしてても埒が明かないわね。相手も動きを見せない、それじゃあ遠慮なく先手必勝……
「悪いわね、私は早いとこ安らかに眠りたいのよ! 」
炎属性系魔術、焔柱を詠唱破棄魔法により発動。怪しい影を押し出し、窓も突き破った。
「あらら……相殺されちゃった。やっぱりあれがないと威力出ないわね……」
下に落ちたはずの敵がいない。とすると、私の魔術を相殺し距離を置いたのだろう。また弁償しなきゃいけないのが増えた。
「おっと!? 」
その時、室内が大爆発を起こした。私は直撃こそ免れたものの、爆風に押し出され引きずり出された。見上げると、無数の影が飛び回っている。
「龍宮陰陽道、五代道主。名をキミノセイカ、成敗致す」
「やっぱり……あのオンボロの家はあんた達の隠れ家だったのね。ありがとう、マスター。良い手土産だわ」
純白の着物を身にまとい、頭には黄色の大きな耳。そして、同じく黄色の尻尾も見える。あれが噂の狐人ね。それも、藝華系じゃなくてレーイルナの方ね。
「目前の敵に逃げ道無し。勝つ術もなし……」
手で素早く印を結び、最後に手を一度叩いた。その音が周囲に響いたかと思うと、周り一面に簡易結界が構築されていた。
「なるほど……文字通り逃げられないってわけね」
陰陽師は時に結界師とも呼ばれ、結界術を得意とする。その他にも、魔術と違い魔力を使わない妖術で相手を翻弄する事でも有名だ。
「もはや動けず、口も動かせず」
またそう言って印を結んだ。もちろん、その通りになった。金縛りにあった時と似た感覚だ。何かで縛られている感じと言えば分かりやすいかもしれない。
だけど、私の詠唱破棄魔法にはもはや声すら必要ない。
「ふふ……動けないでしょう? 苦しいでしょう? 魔術師なんて声を出せなきゃただの凡人よ……あら、魔本なんて出して何しようっていうのよ」
妖術は呪いじゃないし、強制解呪は使えない。あいにく妖術を無効化させる術は持ってない。つまり、この魔本は本来の使い方をする。
練り上げろ。相手に気取られぬように、より緻密により精密に。脳内で膨大な術式を構築していく。この感覚が何より心地よい。素晴らしい、魔術師で良かったと心底思う。
夜空に浮かび、絶大の魔力を放つ大型多重魔法陣。その存在に、龍宮陰陽道は皆、恐れた。そして、不思議がった。
「あれは……白色の多重魔法陣か? なぜだ、詠唱できぬ魔術師があれを構築出来るはずが……ま、まさか無詠唱……魔法」
声が出せないのが残念だ。厳密に言うと違う、無詠唱魔法よりも高位、詠唱破棄だ。
上げた右手を振り下ろすと、魔法陣が高速回転し唸り声を上げた。そして、神級魔術の1つ宵之月霞が発動された。霞む月光に包まれ、キミノセイカはその姿を消した。チラッとだが、相殺術式を発動させていたように見えたが……まぁ無理もないな。
幸い結界のおかげで、街への被害は最小限に抑えられた。
それにしても……魔法陣を介したとは言え、神級魔術はやはり疲れる……あとは、残りの奴らだけど。
「副棟梁、雅姫です。強き御方、我ら龍宮陰陽道は貴方様に従います。それが、我らの掟」
少しの静寂が訪れたあと、1人の若い狐人が現れ、膝をつきそう言った。掟か……陰陽師の世界は中々実力主義なんだな。
「分かったわ。あなた達の掟は軽視できないしね。そしたら……まずは、あなたを今から六代道主とします」
「御意。主君の為、我らは忠義の全てを尽くす所存です」
すると、あちこちに隠れ潜んでいた陰陽師が姿を現し、同じように膝をついた。
「では、早速ですが明日。ネアノスト共国へ向かいます。各自それまでに準備しておいて下さい」
「御意」
ざっと数えて、30程の陰陽師の声が静かに響いた。




