082話『悲劇の村』
人元歴460年4月――
「えー、カラトニア連盟大国の北部ですね。気高き楼壁と呼ばれる巨大な岩壁の向こう側にですね、未知の大陸が発見されました。恐らくこれは、いわゆる魔大陸であると思われます……」
4月、冬季の終わり頃。まだまだ寒さが厳しい某日。世界会議の報道長官によって、驚くべき発表がなされた。それは、寸分狂わずあの翌日の事だった。
魔大陸の存在が公表されたことで、各国は即座に情報管理を徹底しデマ等が拡散されないように務めた。しかし、それでも広まってしまうものは広まるのだ。魔人が人間を滅ぼしに来るだとか、挙句の果てには世界が滅びるなんて言い出す思想家もいて、混乱は深まるばかり。
「なんじゃと!? 主……本当に言っておるのか」
共国もまた、その混乱の渦中にいた。そして、ここではそれがより一層深まっている。
「私、レイニィ・ワインデッドが領主を拝命しております、ワインデッド領の全てを女王に返還致します。合わせて、七星蓮も辞任させて頂きたく」
「一旦落ち着くのじゃ、一旦な。主の覚悟はよく分かった。じゃがな……妾とて、はいそうですかと認めるわけにいかんのじゃ」
魔大陸に行く為に、あらゆることの方をつけなければならない。
「……領地の件については、承認しよう。じゃが、七星蓮は無理じゃ。妾も出来る限りはする、少しだけ時間をくれぬか? 」
「分かりました」
どうやら簡単にはいかないらしい。どうも色々複雑なようだ。だが、領地の方は認めてくれて良かった。肩の荷が一つ降りた気がする。
「お帰りなさい、レイニィさん」
「ただいま、スズテナさん……領地の方は何とかなりそうだよ……あれ、あの双子まだ帰ってないの? 」
「そういえば遅いですね……もう帰ってきていてもおかしくないんですが……」
何やら故郷の方で大変な事が起こったらしく、急いで帰省した双子だったが……1週間経っても音沙汰もないのは心配だな。出る時に詳しく言わなかったのも気がかりだ。
「ユフ、本当に良いの? 」
「はい、ユフは……もう、決めたことですから」
「そう……」
レフとユフの故郷、共国北部にある小さな村。自然に囲まれ、とてものどかな村の村長の御屋敷に奉仕する使用人として2人は幼少期を過した。
「まさか、またあの時の様に戻るなんて……全く、思いもしなかったわ」
手に持っていたホワイトブリムを握りしめ、レフは悔しさを滲ませる。ユフの方は、まだ冷静を保っているようだ。
記憶にある、楽しい思い出が詰まった美しいあの村はもうここには無い。虐殺された痕跡や、焼かれ原型を留めない家屋。どこを見ても、記憶と現状が入り交じり尚更に悲しくなる。
「あの2人の故郷の村は、ラルル村というところで……別名、『鬼の村』と呼ばれています」
「鬼の村!? それじゃあ、2人は……鬼なのか? 」
「いえ、レフとユフはごく普通の人間の女の子です。そうですね、少しだけ昔話をしましょうか」
***
人元歴456年11月、結城領ラルル村――
「レフ、早く起きて」
「あと少しだけ……」
「姉様、わがまま言わずに起きてください」
鬼の村と呼ばれるが、多種多様な種族が住んでいるラルル村。鬼族や人族、獣人族など……世界的に見ても珍しい村だ。
そんな村の小高い丘上に建てられた大きな村長の御屋敷。そこの使用人として働く、スズテナと見習いの双子の少女。
「おはようございます。本日は……」
まず朝一番に、朝食の準備。それから、村長の身の回りの支度と一日の予定を伝え、雑務に取り掛かる。
「おはようなの……」
朝10時頃、少し遅い時間帯に村長の愛娘、雀燕が目を覚ます。寝癖でボサボサになった紅葉色の髪を、ブラシで丁寧にとくと雀燕はとても満足そうな顔をして、「ありがとうなの」と満面の笑みを向けてくれる。
「雀燕様、好き嫌いはいけませんよ。野菜も食べてください」
「嫌なの……これ美味しくないの! 」
好き嫌いが激しいのが、問題点ではある……
そんなある日、平穏な日常に突然終止符が打たれた。それは本当に何の前触れもない出来事だった。
ロナー人和国による、結城領への攻撃――
そしてその翌日、宣戦布告がなされ王国で革命が起き共和国に移行していく。そう、この時攻撃を受けたのがこの村なのだった。ラルル村は壊滅的な被害を受け、死者も多数出た。
スズテナは徴兵されV79へ。レフとユフは村に残ることになった。雀燕と村長は、無事に避難したと聞いている。
「その後のことは、私もよく分からないのです……噂ではその後共和国の支援で、復興したとか」
「そう、だったのか……ラルル村、行ってみる価値はあるかもな」
***
時は戻りラルル村――
「生き残りは居ないのかしら」
レフとユフは、荒廃したその村で僅かな希望を信じ生存者の捜索を始めた。
一番記憶に残っているあの御屋敷、そこへ辿り着いた。もちろんその優雅だった佇まいも今では、全く違う建物のように見える。
「誰なの、またあいつらなの? 」
その時、瓦礫の上に少女が現れた。威圧的な態度と口調だが、声があまりにも可愛らしすぎる。
「その声は、雀燕ね。久しぶり、レフよ」
「大きくなりましたね、雀燕様。ユフです」
「レフ、ユフ……なの」