043話『共和国-⑦』
「全員動くな! ……ってあれ」
14号がその場を立ち去ってから少しして、ミタビアとV79がその部屋に到着した。
「おいおい、何があったんだ? 」
その室内の光景は、脳裏に焼き付いてすぐには離れないほど悲惨な物だった。
その中央に倒れている人らしき物に近づいて確認してみる。
「この人は……まさかハルン?! 」
「それは本当なの? レイニィ……」
アマンダイトも近づき、その顔をよく見てみる。が、既に顔は潰れていて判別が付かないが、衣服などから見て恐らくハルン王で間違いないだろう。
「これは大変だ。一体誰が……いや、それよりもまずこの無益な戦いを終わらさなければ」
現在街中では、連合軍と共和国軍が一触即発な状態なのだ。まるで、導火線に火がついた大爆弾のような。
「共和国軍兵士に告ぐ、ハルン王の死亡を確認した。お前たちにもう戦う意味は無い。今すぐ投降しなさい」
王城に備え付けてあったマイクから、街中に取り付けてあるスピーカーを通してこの戦争の終結が告げられた。
街中を包んでいた緊張の糸が解け、連合軍は歓声を上げた。共和国軍の方はと言うと、反応はまちまちの様だ。連合軍と同じく歓声を上げる者もいれば、落胆する、泣崩れる者がいるなど……如何に統制が取れていなかったかが見て取れる。
こんな軍隊に負けた人和国は一体何をしていたんだろう。
「これで、私は自由……」
アマンダイトは、涙を浮かべ空を仰ぎながらそう呟いた。
彼女を苦しめた責任感やら使命はもう無い。彼女には、彼女の人生を自由に生きて欲しいと切に願う。
***
「おおぉ……本当に帰ってこられた……」
ラインアース国王は、長年座ってきた王の間にある椅子に顔を埋め、しばらく動かなかった。それほど嬉しかったのだろう。
「お主らには本当に感謝しておる……我が差し出せるものなら何でも言ってくれ」
ギラスナから来た兵が帰り、王の間には俺とアマンダイトそして、皇女様だけになった。
「私は、冒険者に戻れればそれで十分……」
思案する俺の真横で、アマンダイトは即答だった。
「アマンダイトさんって冒険者だったんですか!? 」
「そうだけど……」
意外だ……同業者だったのか。何ていうパーティー何だろう。
「レイニィ、お主は何が良い? 」
「えっと、僕は……」
少し考えたが、何も思い浮かばなかった。瑞希達が居ない今、冒険者に戻っても仕方ない。かと言って、特にしたいことも無い。
「そうか……おぉ! ならば、あれをやってくれぬか? 」
「あれ……ですか? 」
あれって……何だろう。聞こうとしたが、王様はそう言ったあとすぐにどこかへ歩いて行ってしまったので聞けなかった。
「レイニィ……久しぶりじゃな」
「……えーっと、誰でしたっけ? 」
俺より少し背が低く、思わず見とれてしまうほど綺麗で長い茶髪をたなびかせてその女の子は、そう俺の名を呼んだ。そして、久しぶりとも言った。しかし、俺は彼女に見覚えがない。
「ま、まさか妾を覚えてないと……?! 」
そう言うと、その女の子は慌てて懐から小さな王冠を取りだし、頭にちょこんと載せた。そして、腰に手を当てポーズを取って見せた。なるほど、何だか見覚えがあるような気がする。
「ここまでしても気付かぬとは……本当に忘れたのか? 妾はラインアース王国皇女、メラニアである! 」
「あー、思い出しました! お久しぶりですね、皇女様」
ようやく思い出した、確か一度あった事がある。いやはや……何とお詫び申し上げれば良いものか……
「まぁ良い。そなたには礼を言わなくてはならぬ、本当にありがとう」
先程まであんなに怒っていた皇女様だったが、そう言ってニコッと笑顔を見せた。笑うこの人は本当に可愛らしい……怒ると怖いが。
***
人元歴457年6月――
夏季に入ってしばらく、暑さが本格的に厳しくなってきたある日、パーラル大陸で戦後処理も兼ねた大陸会議が開かれた。
「……では、旧ロナー人和国領はラインアース王国が領有する物としてさせていただきます」
議長は連盟大国の外交長官が務め上げ、粗方の議題の決着がついた。ラインアース王国からは、国王が直々に参加した。
この会議で領土が大幅に増えた王国だったが、連盟に多額の金を払っていたことは他国は知らないことなのである。
その頃、王国内ではギラスナ国軍参謀ミア・アルテナ主導の元、旧共和国軍の解体が進められていた。
司令官クラスになると、終身刑や懲役刑、更には死刑などの処罰があったらしい。
そして、漏れなくV79も解散となった。
「これで私たちも最後。みんな、今までこんな私に着いてきてくれてありがとう……」
最後に一言そう言って、アマンダイトは元の通り冒険者に戻った。今もどこかで仲間と楽しくやっているに違いない。
***
それからしばらくしたある日、王城に呼ばれた。
あれ以来俺は何をするでもなく、ただ剣術と魔術の鍛錬に励んだ。
もう仲間を死なせたいために。そして、稀に助っ人に呼ばれた時は、らしい冒険者を演じた。
「急に呼び立ててすまない。色々と準備に手間取ってしまった」
大丈夫です。という意思表示の為、とりあえず頭を下げておく。
「それで、なんの御用でしょうか? 」
促されるままに、金持ち特有の長いテーブルに腰掛けると豪華絢爛な食事が出され、食欲は無いがそれらをつまみながら用件を聞く。
一刻も早くこの場を去りたかった気持ちもある。
「うむ、そなたには以前ワインデッド家を再興してもらうと言ったな」
「えぇ、確かに」
藝華に旅立つちょっと前に、そう聞いた記憶がある。
「そなたにはこれ以降、ワインデッドを名乗ってもらう。良いな? 」
良いなと言われましてもという感じはあるが、国王の願いを無下に拒否することは俺には出来ない。
「分かりました。ありがたく」
すると、扉の側に立っていた男が慌てて飛んできた。
「国王よ! 何をおっしゃいますか……! このような野蛮な闇属性如きにワインデッドなどと高貴な家柄は似合いませぬ! どうか、考えを改めて……」
「口を慎め! 彼は我の恩人……ひいては、この国の恩人であるぞ! 貴様の顔はもう見たくない。出てゆけ」
国王は固定観念に囚われ、雁字搦めになった思考を持つ男を、その途中でバッサリと断ち切り追い出してしまった。
「良いのですか……? 」
「あぁ、この国の未来を担う大臣にあの様な者は要らぬのだ」
国王は、大きな深呼吸をしてから落ち着きを取り戻しそう答えた。
あんなにも落ち着きのない姿は流石に初めて見た。
「闇属性=悪、などとふざけた迷信は我の手で必ず無くしてみせる」
世界的に見ても、未だに闇属性が忌み嫌われる悪習が残り続けている国は数少ない。
この国でも、昔と比べれば幾分かマシになっている……とは聞くが、それでも高齢になればなるほどに、それがこびりついている。
それから数日後、ラインアース王国である法令が出された。
それは、「闇属性解放令」と言う。闇属性について正しい知識を教育する事や、そう言った思想を掲げる団体などを弾圧する事が定められた物だ。これで、少しでも生きやすい世の中になることを願う。