040話『共和国-④』
「私は、彼にとても嫌われているようだね」
「えぇ、それはとてもとても」
苦笑を浮かべる『大罪神』と、女神官。
そして、ここは名もない土地。強いて言うなら狭間だろうか。私は、あれからずっとここに隠れているのだ。
「それで、あれはどんな様子かな」
「そうですね、変わりなくあなたを探していますよ。そう言えば、彼と少し前に接触してましたよ」
このタイミングで、聖王神がレイニィ君と接触した意図はなんだ? 私には理解しかねるが、何かしらの理由があるはずだ。それに――
「人類終焉計画」
***
ガタガタと小刻みに揺られ、非常に寝心地が悪い。今俺は、ムロリア戦線を離れ旧王都へ向かう馬車にいる。
「起こしちゃった……? 」
隣に座るその女の人は、長い白髪を耳にかけ俺の顔を覗き込む。そんな些細な仕草に、思わずドキッとしてしまうのだった。
「あ、そういえばまだ名前言ってなかったかも……私は、アマンダイト。よろしくね……」
「お、俺はレイニィです。こちらこそよろしく……」
この人も、家名がない。俺が言えたことじゃないが、訳ありなのか。
後ろの方の席で、大きないびきをかいて寝ている数十人の輩を合わせて、彼女たちは『V79』と呼ばれる特設派兵部隊だ。
つまり、軍人ではない人達で構成されている部隊。それも、あちこちに派兵される大変な物なのだ。即応部隊と言っても良いだろう。
そんな部隊に、なぜ俺が同行しているのか。思い返してみても、よく分からない。あれは、ムロリア戦線の方がついた頃だった。
「これで、ムロリア戦線は暫く大丈夫なはず……」
たった一晩のうちに相手の司令部を強襲し、指揮系統撃滅に成功した特設派兵部隊はその任務を終え、帰り支度を始めていた。
「あぁ、これでもう時間の問題だろう。感謝する」
ムロリア戦線司令部の司令官は、もはや形式的なやり取りを交わし、彼女に報告書を手渡した。
そして、何故かその場に呼ばれた俺に向かって言うのだった。
「レイニィ一等兵、此度の活躍見事であった。私どもは、貴官を少し見くびっていたようだ。ついては、これ以降彼女らと同行するように」
そして、去り際には「後日、正式な文書を人事参謀から送る」と言っていた。
となると、俺の魔術による戦果が認められ、昇進ということか? それはありがたい話だ……
「ねぇ、聞いてるの? レイニィってば……」
強めに肩を揺すぶられ、過去の記憶から引きずり出された。気づけば、馬車も止まっていた。
「今、新たな司令が届いたの。それに、あなた宛てのもね……」
そう言い、彼女が差し出した封筒には「共和国軍本部、人事参謀」と書かれていた。クリスマスの朝に、枕元に置いてあったプレゼントを開けるかのごとく、ワクワクでその封を開けた。
「はは、やっぱり思った通りだ」
そこには、一等兵から兵長という二段階昇進の辞令が書かれていた。
そんなに評価されたのか、少し照れる……
「ほら、よく見てよ……」
完全に浮かれていると、アマンダイトがその辞令書の下半分を指さした。そこには、第三中隊から特設派兵部隊への転属辞令も書かれていたのだった。
「おめでとう、これで私たちは正真正銘の仲間。改めてこれからもよろしくね。レイニィ君……」
浮かれ気分から、一転。ガックリとしている所で、彼女は嬉しそうにそう言ったのだった。
「一生懸命お願いして良かった……」
「何か言いましたか? 」
「いや、何も言ってない……」
その後、特設派兵部隊に属するという事は正式な軍人では無いと見なされるため、兵長じゃ無くなったことを知り、更に落ち込んだのだった。
「それで、アマンダイトさんの方は何と? 」
「あぁ、こっちは簡単なお仕事の司令書……」
簡単なお仕事って……嫌な予感しかしないんだが。
旧王都に到着し、一息付く間も無いまま召集がかかった。
「全員揃ったようだね……さて、私たちの次なる任務は、レーベル戦線に遠足です……」
彼女の口から、そのレーベル戦線という名が出た途端に辺りがざわつき始めた。
無理もないだろう。レーベル戦線は、ムロリア戦線などと比べ物にならないほど過酷らしい。
共和国北部、ミラト大森林との国境沿いに張られた連盟大国との戦線。あちらの主力部隊は、世界最高峰と名高いリーブル分軍。
対してこちらは、三個師団程の戦力しか残っていないらしい。かろうじて防衛ラインを死守しているような状態で、戦況は最悪と言っても良いだろう。
「おーっす、新入り」
アマンダイトからの説明などが終わると、V79の何人かが声をかけてくれた。みんな優しそうで、良い人ばかりだ。
「よろしくお願いしますね、レイニィさん」
そんな中で、ひときわ異彩を放っていたのが彼女、スズテナさんだ。
何故メイド服を着てるのだろう。
聞くところによると、彼女は驚く程に優秀で、V79の脳とも言える程らしい。
「彼女はな、脳という名以外にもある異名があるんだぜ……知ってっか? それはな、『戦慄のメイド』だ……って痛てて! ――」
そう耳打ちし、教えてくれた兵士をスズテナさんは軽々と持ち上げ、上手く表現出来ないほど痛めつけていた。
それも、満面の笑みで。彼女が一番やばい人だと確信した瞬間でもあった。
そんな事をしていると、鐘が轟音と共に鳴り響いた。出発の定刻を告げる鐘だ。
「特設派兵部隊、レーベル戦線へ出陣します」
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