030話『藝華-⑦』
「ったく……ガープのやつこんな雑魚どもに油断しやがって」
そこには、黒いレンズの丸メガネをかけ髪の毛をとんがらせている変なやつが立っていた。あれはきっと俗に言うヤンキーだ!
「おー、お前かー? うちの大切なガープちゃんぶっ殺したの」
両手をポケットに突っ込み、ダルそうにそいつは聞いた。しかし、体の芯まで伝わってくるこの威圧感は尋常じゃない。
「ははっ……まぁなんでもいいや、俺の名前はバエルってんだ。覚えとけな、あーあと、魔卿使団の魔卿全権特大使ってのやってんだわ」
何も答えない俺たちを見て、バエルと名乗る魔人はため息混じりに自己紹介を始めた。やっぱりこいつも魔卿使団か……ガープの上司的なやつか?
何にせよ敵討ちにでも来たのだろう。
「そんじゃ、まぁ一応命令だしな……殺すか」
その瞬間場の空気が変わった。一気に重くなり、息を吸うのも苦しい。張り詰めた空気感なんてもんじゃない。
「戦うしかなさそうだな……」
致し方なく覚悟を決める。さっきの魔術で結構魔力持ってかれてるんだよな……一本飲むだけで魔力が全回復する魔力瓶っていう便利なアイテムがあるんだが、一本しかないんだよなぁ……大切に使わないといけない。
「これは流石に私も戦うわ」
ここぞとばかりにミズキが出てきた。俺一人だけだと負け確定だし、ありがたい。
「エリスは物陰にでも隠れていてくれ」
無属適正者のエリスに、この戦いは厳しいものになるだろう。
「ミズキ、鑑定できたか? 」
「あとちょっと……! 」
相手の適正も分からないまま突っ込むのは、あいつクラスのやつになると一瞬でボコボコにされる。
ミズキの持つ鑑定は超便利だ。
「いざ、尋常に」
バエルは、空中から一本の刀を取り出した。日本刀に酷似したそれは、黒い妖気を帯びていた。
「下がってレイニィ! 」
何かを察知したのか、ミズキが細剣を構え少し前に出る。
その次の瞬間、ミズキは吹き飛ばされた。そして、俺の目の前にはバエルがいた。
全く見えなかった、何が起こったのかすらも分からなかった。
「はは、飛んでっちゃったよ? 彼女」
バエルが俺を煽る。楽しそうにケラケラと笑いながら。ミズキはそのまま動かない。
壁に全身を強打したのかもしれない。
「エリス、ミズキに回復術式を! 」
一刻も早くミズキを再起させようと、俺は少し焦ってしまった。迂闊だった。
「させるかよって! 」
バエルが無詠唱魔法で発動させた、焔珠がエリスに直撃した。
上級魔術と言うだけあってその威力は凄まじい。周囲の空気を焦がし、音を消す程の火力があった。
「エリスー! 俺は、エリスを……」
先程、戦いにおいて最も大切なのは冷静さだと豪語した自分が憎い、恥ずかしい。
いや、そんなことよりも……
「おい、大丈夫か? エリス! ミズキ! 」
俺は急いで二人に駆け寄った。バエルは、物珍しそうにその様子を観察していて攻撃してこない。
「ゴホッゴホッ……わ、私は大丈夫……まだ戦える」
「エリスも、何とか……肩に……少しだけかすっただけですから……」
ミズキは立ち上がり、ニカッと笑いながらそう言うが体の中は既にぐちゃぐちゃになっているだろう。
普通なら立ってもいられない程の激痛のはずだ。微量だが吐血したのがその証拠だ。
エリスは、もう動けそうもない。本人はかすっただけとは言っているが重傷だ。恐らくしっかり直撃している。
「おーい、もうそろそろいいかなー? 俺、こういうの初めてでさ、いつまで待ったらいいのかわかんないんだよな」
「かかってきなさいよ。クソ野郎が! 」
ミズキは、勢いよくバエルに向かって飛び出した。ミズキの凄まじい加速力から繰り出される神速の一筋は、初見じゃ避けられない。
「ロード、アクト……神速! 」
やはりミズキは無属性魔術、神速を発動した。これで彼女の剣は世界最速。神ですら止められない、正しく神の一閃。
「はは! 君、良いね」
バエルはそう言って、ミズキの剣筋を優しく撫でるように自分の剣先で変えた。
そのまま弾き、ミズキが体勢を崩した所を見逃さず一刺し。
「うっ……この、クソ野郎がぁあ! 」
ミズキは自分に刺さる刀身を掴み、手にする細剣でバエルの首筋を狙って力いっぱい振り抜いた。
捉えた! ――
誰もがそう思った。確かにミズキは、バエルの首筋を捉えた。しかし、捉えただけなのだ。
「な、なんで……」
バエルの首はミズキの細剣を通さなかった。いとも容易く弾かれたのだ。
そして、そのままミズキは無造作に投げ飛ばされた。
「お前は……お前だけは絶対に許さない」
俺の感情は、怒りだけを残し去り全て死んだのかと思えた。エリスが重傷を負わされ、ミズキまでも……
「はは! やっと楽しくってきたな、やっぱり人間の怒りは面白い」
「ロード、ニアテスニート……冥世之宴! 」
闇属性と魔属性の特殊複合魔術、冥世之宴は辺り一帯を異界に変え使用者の能力を爆発的に引き上げる魔術だ。
そして、相手を弱体化させられるという昇華と弱化を融合させた様なものだ。
「ふむ、これは驚いた。こんなに凄い魔術師が人間界にもいるのか。ていうか逆になんで今まで仲間が殺られるのをボケーッと見てたのか……謎だわ」
あぁそうだよ、怖かったんだよ。恐怖に支配されて足がすくんで動けなかったんだよ! 全ては俺の落ち度。俺の責任、カテラとロンが魔人だって気づかなかったのも全部全部!
「だから、俺は今ここで全ての責任を取り、全てに終止符を打たなければいけない」
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