聖女フローラ2
「私は今、聖女として働いています。聖女というお仕事をご存じですか?」
「詳しくは知りません。でも大変なお仕事なのだろうと思っています」
「実は、そうなのです。聖女である私は、常に辛い思いをしている人や困難な状況にある方たちを救うために、いつも全力で癒やしの魔術を使う責務があると思っています。そして私も私の力の及ぶ限り、そんな方々のために頑張りたいと思っているのです」
「本当に大変なお仕事なのですね」
「そうなのです。ですが私はあまりにも忙しすぎて、ランベルト様の妻としての務めを果たすことが難しいと最近は感じているのです。私に早く世継ぎを産むために仕事を休めという方々がたくさんいらっしゃって……。でもその人たちは、私が聖女のお仕事をお休みしている間に、沢山の人が苦しみ死んでいくのをどう思っているのでしょう。私には理解できません。私は常に沢山の困難な状況の人たちに求められているのです」
「でもだからといって代わりに産むことなんて、私には出来ませんわ。そういうおつもりなのでしたら、ぜひ他の方を探してください」
「でも私たちはマルガレーテ様ならば、この国の世継ぎの母に相応しいと思っているのです。マルガレーテ様ならばランベルト様の後を立派に継ぐような魔力の強い、高貴な血筋の王子をランベルト様に与えられるのです。私は……私は平民の出ですから」
そう言って悲しそうなフローラ様。
しかし今や正式に王子妃になった人の、しかも聖女と認められている人にそんな事を言う人がいるのだろうか。
「……まさかランベルト様がそうおっしゃったのですか?」
「もちろんランベルト様はお優しい方ですから、直接はおっしゃいません。でも、周りの人たちがどう思っているのかを感じてしまうのです。だからランベルト様もきっと……。もちろんマルガレーテ様に万が一のことがあったら、私が責任をもって正式に私の子として大切に養育することをお約束いたします。男の子ならば跡継ぎに、女の子でも何不自由なく大切にするとお約束します。ですから、お願いいたします」
涙ぐみながら懇願するフローラ様。
しかしマルガレーテは思った。
つまりは子を産んで、フローラに渡せと言っているのだろう。
なにしろ私は早死にするはずだから。
魔力が白い、早世の人間だから、きっともうすぐ死ぬだろう。
だから二つの王家の血を引く魔力の強い子をとにかく早く産ませて、マルガレーテが死んだらその子をもらうと言っているのだ。
「……私には力になれそうにはありませんわ」
「っ……!? ここまでお願いしてもダメですか……? マルガレーテ様がこの話をお受けくださったら、とても沢山の人が助かるというのに?」
「他の方を探してください。私には到底お受けできるお話ではありません」
「まあ、なんて冷たい方なのでしょう……! それは王女として生まれたプライドですか。それは沢山の人たちの幸福よりも大切なことなのですか? ああ、ここにはたしかイリーネ様もいらっしゃいましたね。イリーネ様は随分冷たい方だとお聞きしていましたが、もしかしてマルガレーテ様はイリーネ様の影響を受けてしまわれたのでしょうか。なんてお可哀想に……正しい道を見失っておられるのですわ」
「まあ、王妃様はお優しい方です。冷たいなんて思ったこともありませんわ。それに私は婚約者であるクラウス様を裏切らないというお話をしただけです。それを冷たいとおっしゃるなら仕方がありません。どうぞランベルト様にマルガレーテは冷たい女だとお伝えください」
そしてマルガレーテは立ち上がった。出口の方に歩く。
もうこれ以上おかしな話を聞いていたくはなかったのだ。
おかしい。ランベルト王子も、この聖女フローラという人も。
しかし聖女フローラは立ち上がってマルガレーテに歩み寄ると、しっかりとマルガレーテの両手を握ってなおも真剣な顔で念押しをするように言った。
「ああマルガレーテ様! どうか今だけの感情ではなく、ゆっくりとお考えになってくださいまし。私、お返事をお待ちしていますから。どうか、よくよく考えてから、それからお返事してくださいませ! そして是非承諾してください……!」
瞳を潤ませて必死に懇願する可憐な聖女に、とっさに「この先もお返事は変わりませんわ」とだけ言ったマルガレーテは、一見冷たい人に見えたかもしれない。
しかしマルガレーテには、それ以外に返すべき言葉が浮かばなかったのだ。
フローラがドアの外に消えた途端に、
「ワッフ」
『なんてやつだ』
と、クラウス様が呆れたように小声で呟いた。
フローラを帰したあと、マルガレーテはそのままの足で王妃様がいる部屋へと向かった。
そして開口一番に言う。
「王妃様、呪いの犯人はあの聖女フローラという人です」




