聖女フローラ3
「聖女が? 本当に? 聖女だぞ?」
「おそらく間違いありません。魔術の匂いが一緒です」
マルガレーテは、心から嫌なものを見たというような顔で言った。
非常に不愉快だった。
何から何まで。
瞬時に険しい顔になった王妃様に、クロのままクラウス様も言った。
「ワン。バウワウ」
『俺もそう思う。あいつ、聖女とは思えない魔力の色をしていた。真っ黒だったぞ。あれは相当黒い魔術に染まっている。そして俺の姿を見て動揺していた。きっと心当たりがあるんだろう』
「それでクラウスだとはバレなかったのか?」
「ワウワウワウ」
『探ってはいたようだが、もう俺にはヤツの魔術は残っていない。今は俺の意志で変身しているだけだからな。だから自分の魔術が見当たらなくて、ただの似た犬だと思ったようだった』
あの、最初にクロをじっと見ている時にクロの中に自分のかけた魔術があるかを調べていたのだろう。
しかし今ではマルガレーテがその魔術はきれいさっぱりと消しているから、彼女には感知できなかったのだ。
王妃様に座るように言われたマルガレーテは、近くの椅子に座ったあとに、自分の侍女を呼んでルルベ液を持ってくるように頼んだ。
「どうした? 何にそんなに魔力が必要だっんだ?」
「バウ?」
ルルベ液を頼んだマルガレーテに、王妃様とクラウス様が驚いて聞く。
マルガレーテは、ちょっと苦笑いをしながら答えた。
「はい実は、あのフローラ様は去り際に私に呪いを埋めていきました。私の意志を奪い、ランベルト様とフローラ様の言うことを聞くようにする呪いのようでした。彼女が私の手を握った時に呪いが埋め込まれたのを感じたので、消す前にいろいろ調べて解析してから消したのですが、そのときに少々魔力を消費してしまったみたいで」
「解析できるようになったのか」
「とてもわかりやすい魔術でしたから。しかしなかなか強力な魔術だったみたいで」
そう言って、届けられたルルベ液をごくごくと美味しそうに飲み干したマルガレーテだった。
王妃様とクラウス様は、それをなんとも複雑そうな顔をして見ていたけれど。
「ワウワウ」
『だからあんなに返事は後でいいとしつこく言っていたんだな』
「魔術をかけた後にもさらに念押ししていましたね」
「そしてその魔術を消したのか」
「強力ではありましたが王妃様たち十年ものの魔術に比べたら可愛らしかったですね。一年ものくらいではないですか。でもたしかに十年もののあの魔術と同じ匂いがしました。同じ人が作ったものです」
「バウ……」
『一応言っておくが、一年ものの呪いでも普通に家が買えるくらいの値段で相当やっかいな部類だぞ。普通の人なら抵抗なんてできないはずなんだが』
「はっはっは。まあ、我らがマルガレーテの魔力の前には力不足だったようだね。しかし決まりだな。まさかそんな所にいたとは。それで聖女を名乗っているとは呆れるな」
そしてその場で三人は、とても満足げに微笑んだのだった。
敵がわかれば、あとは叩くだけだ。
「上手に叩かないとねえ?」
王妃様が両手をワキワキさせながら楽しそうに言ったその顔を、マルガレーテはきっと忘れることができないだろうと思った。
それほど楽しそうだったのだ。
王の誕生日を祝う生誕祭は、王宮を挙げての大きな催しだ。
これが直近での公式行事となる。
国中の有力な貴族が全員集合して口々にお祝いを奏上し、盛大なパーティーが繰り広げられ、そして最後は王宮のバルコニーでお祝いに詰めかけた国民たちが王からお言葉を賜るまでの長丁場である。
舞台はそのときに決まった。王様のご不興を買わないか心配したマルガレーテに対し、王妃様が「まあ大丈夫だろう」と妙に自信ありげに言ったので、マルガレーテはその言葉を信じることにした。
片やクラウス様はといえば、
「いいかマルガレーテ、今も昔も王宮にはあの元気になった母上に敵う者はいない。もちろんこの離宮にも」
と、すっかり母に逆らう気はないようだった。
さすが半分狼の人。目上の血族には従順である。多分そういうことだろう。
もちろんマルガレーテはといえば、その日が来るまでは再三のランベルト王子からの王宮への呼び出しにも心労と体調不良で倒れたことにして逃げ続けていた。
聖女フローラも離宮までやってきては面会を求めたりしたが、そのたびに離宮側が「マルガレーテ様は体調が優れないためにお会いできません」と断っている。
なにしろここは王妃様の管理地。王妃様の許可がなければ何人たりとも立ち入ることは許されない。
だから第二王妃様からも「マルガレーテは我が国の大切な客人である。体調が悪くて回復しないのならば、一度きちんと王宮の侍医に診せるべき」という、遠回しな「マルガレーテを隠蔽するな、出せ」的な伝言もやってきたが、王妃様は鼻で笑って却下していた。
王妃様は強かった。考えてみれば第一王妃という立場の上は王様だけだ。
そして王様は、基本イリーネ王妃には逆らわないのだとクラウス様は言うのだった。
つまりは王妃様、この国で無敵だった。どうして王様が王妃様に何も言うつもりがないのかまではわからなかったが。




