呪いという魔術6
「王家が何カ所か直轄地にして管理しているが、まあ今の王宮に言ってもこっちに回ってはこないだろうな」
「それにマルガレーテ様の魔力を回復しようとすると大量の草が必要になりますから、いくら王妃様の療養という名目でも疑われる危険がありますね。公爵家は他にルルベ草の生息地をお持ちではないのですか」
「王家だってそんなに量が採れるわけではない。それに公爵家のルルベ草は基本使用先がもう決まっているのを知っているだろう。なにしろ収穫量が少ないからな。今は私用に父上が持って来てくれるものをマルガレーテに回すしかない」
「それでは王妃様の呪いが進みますが」
「仕方ないだろう。クラウスの方が大事だ」
なんだかマルガレーテの目の前で、深刻な話が進んでいく。
とうとう王妃様の命とマルガレーテの魔力の復活が天秤にかけられてしまってマルガレーテはおののいた。
「あの。私、頑張って休みますから。ご飯もたくさん食べます。出来るだけ早く元気になりますから、そのルルベ草は王妃様が召し上がってください」
せめてマルガレーテに出来る努力は何でもやろうと思いつつ。
でも王妃様が顔を横に振る。
「マルガレーテ。私が多少長生きしたところで、クラウスが再び立太子しなければどうせ運命はそう変わらないんだ。なら、まずクラウスを戻さなければならない。あなたにも負担をかけて申し訳ないけれど、もう私たちは運命共同体だと思って欲しい。クラウスが王宮に戻ってあの第二王妃と第二王子を排除しなければ、どうせ私たちは一緒にここで朽ちる運命さ」
「クウーン……」
クラウス様が悲しげに鳴いた。なんだか耳も尻尾もがっくりとうなだれてしゅんとしている。
「もしもマルガレーテ様がレイテ国に戻ることが出来たら、魔力の戻りは早いでしょう。レイテには魔術が無いと聞きますから」
イグナーツ先生が言った。
「だがそれは無理だろうな。残念ながら、マルガレーテの魔力が白だというのは王宮側も知っている。白の意味を知らなくても、白の魔力を持つ魔術師は昔から家に幸運を呼ぶとされているから、そんな貴重な魔術師を我が国の魔術師でもある王がむざむざ手放すとは思えない。王家としてはマルガレーテが生きている限りここにいてもらって、その間は王家に幸運を運んでもらおうとするだろう」
「その幸運は王妃様に降り注いだようですけれどね」
イグナーツ先生が皮肉な笑顔を浮かべて言った。
「まあ、結果的には、な。しかし、それでも足りないとは。あの第二王妃がそんな物騒な魔術をいくつも扱えるとは思えないんだが。どれだけ払ったんだ? そして誰に?」
そう言って王妃様はしきりに首をひねっていた。
後からリズに聞いたところ、魔術を尊ぶ王家にしては、あの第二王妃様の魔力はそれほど強くはないらしい。というかほとんど魔力はないそうで。
魔力より美貌で今の地位を築いたという。
そして魔術師は、自分が作れるより強力な魔術を操ることはできないらしい。
ということは、もし手元に魔術があったとしても管理が出来ないので、強力な魔術師を近くに置いて金で管理したり魔術をかけさせたりするしかない。
ということは、王妃様とクラウス様にそんな強力な呪いをかけられるような魔術師があの第二王妃様の周りにいたはずなのに、今も誰だかわからないということ。明らかに突出した魔力の人間がいないといけないはずなのに、全くそういう人が見当たらないということだ。
だから特定して魔術を撤回させることが出来ないでいる。
そして残る道は、マルガレーテが魔術自体を「消す」しかない。
自分の立場を理解して、マルガレーテは再びおののいた。
あまりにも重大な立場ではないか。この国の未来をも変えてしまいそう。
でもクロの正体がわかったあの時から、この離宮の使用人たちからも心なしか期待の目で見つめられているような気がしてならない。
なにしろここは第一王妃様の関係者しかいないのだから。
そんな訳で今は、とにかく魔力を増やさなければならなかった。
増えている実感もないからよくわからないのだけれど、王妃様とイグナーツ先生の言うことを聞いていればきっと一番早く魔力が戻ってくれるだろう。
そう信じて、ひたすらよく食べ、そしてよく寝るマルガレーテ。日々の運動という名目でのクラウス様の散歩も欠かさない。
そんなある日、王妃様の要請で頻繁に離宮を訪れるようになっていたイグナーツ先生と王妃様と三人で話をしているときに、マルガレーテは言った。
「私、自分の魔力が増えているのかもわかりません。こういうものは、誰しも感じられないものなのでしょうか」
すると、イグナーツ先生はその美しい顔に優しげな笑みを浮かべて答えてくれた。
「姫、そんなことはありません。訓練さえすれば、誰でも自分の中の魔力を感じることが出来ますよ。私でよろしければお教えしましょうか?」
「おおそれはいいな。そうしたらマルガレーテもうっかり魔力を枯れさせて倒れることもなくなるかもしれん。ぜひお願いしよう」
王妃様も大賛成のようだ。




