イグナーツ先生1
「それでは王妃様、姫の訓練は高度な専門技術になりますので特別料金になりますが」
イグナーツ先生が最近頻繁にこの離宮に来るようになって、マルガレーテはどうやら本来のイグナーツ先生の素の顔を見るようになった。つまりは、
「ふん、仕方なかろう。相変わらずちゃっかりしてるな」
と王妃様も認めるほどの守銭奴具合である。
しかしイグナーツ先生はそんな王妃様の言葉にも全く意に介することはなく、しれっと、
「私どもは技術と知識を売るものですから。私が魔術とその技術を安売りすると、この国の魔術師全体の立場が悪くなるのですよ。王妃様とラングリー公爵家は大変気前がよろしいので、もちろん不満はございません」
輝く笑顔で堂々とそう王妃様に答えてしまうイグナーツ先生は、きっと魔術師の中でも実力と立場が最高なんだろうとマルガレーテは最近わかってきた。
ということは、そんな素晴らしい人に教えを請うことができると言うことは、なんて幸運なことだろう。
なにしろ今まで、マルガレーテは本当に何も知らずにきてしまったのだから。
この国に来て、本当に魔術師としての知識が全くないことを思い知らされた。
でも、きっと今からでも成長できる。少しでも。
そんなマルガレーテの意気込みを知り、自分の魔力を感じる訓練は早速その日から始まった。
「まずは私の魔力を感じてみましょう」
そう言ってイグナーツ先生がマルガレーテの両手を握る。すると、
「ワンワンワンワン! ワン!」
それを見て、突然クラウス様が吠え立てた。なんだかとても怒っているようだ。なぜだ。
イグナーツ先生は決して怪しい人ではないというのに。
だけれどなぜかイグナーツ先生に敵意むき出しになったクラウス様に驚いたマルガレーテは、仕方なく優しく、
「私はこの方から勉強を教えてもらうのです。だからクラウス様も静かに見守ってくださいますよね?」
とお願いしたのだった。
そんなマルガレーテの言葉を理解したのか雰囲気を察したのか、クラウス様は渋々と言った感じで口をつぐむ。
それでもマルガレーテの足下に陣取ってイグナーツ先生をずっと睨んでいるのは、まだもしかしたら大事なご主人様をイグナーツ先生が傷つけるかもしれないとでも心配しているのだろうか。
しかしそんなクラウス様のために、マルガレーテは先生から学ぶことを決めたのだ。少々クラウス様が不満だろうと、マルガレーテの学ぶと決めた意思は固かった。
「先生お願いします」
「よろしいですか。では始めましょう」
そしてイグナーツ先生は改めてマルガレーテの手を握った。
すぐにマルガレーテはその手から何か温かな、それでいてピリピリするような感触を両手に感じて驚いた。
「これが……?」
「そうです。これが私の魔力です。感じることが出来ましたね。では次に、同じような感触をご自分の中に探してみてください。最初は体全体を感じるのです。そして――」
最初はなんだか雲を掴むような話で難しいと思ったマルガレーテだったが、それでもイグナーツ先生が帰ったあとも思い出してはいろいろ試行錯誤をしているうちに、だんだん自分の中の魔力をぼんやりと感じることが出来るようになっていった。
自分の体の中に輝く炉のようなものを感じるようになったのは、そのもう少し後だった。
その炉の炎は常にゆらゆらとゆらめいて燃え続けているようだった。
そしてその炎はゆっくりとその周りを照らし、温めて、じわじわと自らも大きく成長していく。
少しずつ、少しずつ……。
その炎はクロを撫でると風に吹かれたように揺らめいて、そしてちょっと元気がなくなる。炎の周りの明るさが、まるで吸い取られたように少しだけ暗くなるのもわかるようになった。
あの炎が私の魔力なのだろう。
そう学んだマルガレーテだった。
「なるほど、炉、ですか」
次の日イグナーツ先生は、ふむふむと納得した顔をしてそう言った。
最近は、王妃様からの要望とそれを受けてのラングリー公爵の意向で、毎日のように離宮を訪れているイグナーツ先生だった。きっと出張料を取っている。
用件はもちろん主にマルガレーテの訓練である。
しかしこの人は、その美しいご尊顔を毎日のように拝めるようになった侍女や使用人の人たちが大喜びをしているのを知っているのだろうか。
しかし物心ついた時から「美しい」とされる「レイテの魔女」たちに囲まれて育ったマルガレーテには、どうも容姿の美しさに対しては耐性があるようでしかも毎日見ているとそこそこ慣れるのである。
なんだか後光が差しているようなオーラを放つイグナーツ先生の笑顔にぽーっとなったり中には立ちくらみを起こすような侍女や使用人たちを、妙に冷静に眺めるマルガレーテだった。
「マルガレーテ様もとてもお綺麗ですけど、イグナーツ先生の美しさはまた格別ですよね……!」
などとリズもうっとりと語るのだから、それはもう最近の離宮の中が妙にそわそわと活気づいているのだった。
しかしイグナーツ先生は、見かけによらず結構中身は俗物である。間違っても見かけ通りの天使ではない。
なにかとマルガレーテがここまでしていただいていいのでしょうか、などと懸念を口にするたびに、
「大丈夫ですよ、ちゃんとお手当をいただいていますから」
そう言いつつ満面の笑みとともに小さく手でお金のマークをかたどるイグナーツ先生の笑顔はいつも輝いていた。




