第64話:百目鬼の頭領
連れてこられた場所は、町の外れにある廃墟と化した屋敷だった。
夕陽に照らされて寂しく佇んでおり、上空では鴉が鳴いている。
屋敷の入り口の前まで着くと、ギリアムが言った。
「ちょっと待ってろ」
そうしてギリアムは取り巻きと一緒に屋敷の中へと入っていく。
「気味の悪い場所ね……」
「私たち、大丈夫でしょうか……」
女性陣は不安そうに辺りを見回している。
「ちょっと話を聞くだけだ、平気だろ。それに、もし何かしてこようものなら……」
「ああ、対処は任せたまえ」
俺はシュラグと頷き合った。
本当に頼もしい男だ。彼になら、安心して任せられる……そんな気がしていた。
少しして、ギリアムが一人で戻ってきた。
「よう、待たせたな。ボスがお待ちだ、入んな」
俺たちは意を決して中へ。
屋敷は、廃墟だというのに存外に明るかった。
蝋燭の明かりが各所でぼんやりと焚かれているおかげだ。
ギリアムの先導の元、屋敷の奥へと進んでいく。
「ボス、連れてきました」
「ご苦労」
半開きになった扉から、男の声が漏れる。
低く、冷たく、感情を感じさせない声だ。
ギリアムが扉を開くと、中には傭兵たちが勢揃いしていた。
その数、三十二人。ギリアムを入れて、この前『椚亭』に注文していた人数とぴったり合致する。
中心で豪奢な椅子に座る男が一人。
見た目から推測できる年齢は三十代中盤ほど……だろうか。
紫紺色の長髪を頭の後ろで纏め、左目には眼帯を付けている。
残った右目は切れ長で、冬の夜空を連想させる冷たい藍色の瞳。
鼻筋は高く、唇は薄く真一文字に引き締められている。
怜悧で冷徹な男──それが素直な俺の第一印象だ。
「まずは強引に連れてきてしまったことを謝罪しよう、不死の男とその仲間たち」
「……何故お前がそれを」
男は立ち上がり、俺の前までやってくると肩に手を置いてきた。
「情報というのは、全てにおいて最も重要なものだ」
「…………」
そうして部屋の中心に戻り、くるりとこちらを振り返る。
「私の名はコルヴス・ディステリオ、この傭兵団『百目鬼』の頭領だ」
コルヴスは片手を腹の前に置いて、俺たちに向かって一礼した。
その様子を見て、俺は直感する。
この男──かなり強い。
「それで、ここに連れてきた目的は何だ」
「理由を言えば、単純に興味が湧いた。聞けば、逢魔の森の魔獣討伐も、千剣の迷宮の異変を解決したのも、君たちだとか」
こいつ……どこまで知ってやがるんだ?
目の前の男に得体の知れない気味の悪さを感じながら、俺は更に問う。
「だったら何だ?」
「単刀直入に言おう。全員まとめて、私たちの仲間にならないか?」
コルヴスは至極真面目な顔でそう言ってきた。
「それについての返答は既にしたはずだ。俺はお前らの仲間になる気はない」
「では、君たちはどうかね?」
「死んでもお断りさせてもらうわ」
「私も同じです。私が仲間と呼ぶのは、ヴァニさんたちだけですから」
「私は既に従う男を決めている。残念だが、断らせていただこう」
「……そうか、残念だ」
コルヴスがそう言った途端、背後にぞろぞろと立っていた男の一人が色めき立つ。
「テメェら立場分かってんのか! 俺らがその気になりゃ、テメェらなんぞこの場で八つ裂きに──」
「メネンデス」
「……っ、す、すいやせんボス」
ひと睨みされただけで、メネンデスという男は深く頭を下げて元の位置に戻る。
恐ろしく主従関係がはっきりしているようだ。
それだけコルヴスにカリスマ性があるのか、あるいは……。
「ではこうしないか? 平和的に協力関係を結びたい」
「協力関係だと?」
「君たちには一度きり……一度きり我々が助力を求めた時に、力を貸してほしい。その代わり──」
「その代わり、なんだ」
「我々は君たちが求める情報を提供しよう。例えばそこのエルフの彼──シュラグ君が追っている者たちの情報など、ね」
「…………貴様……ッ!」
瞬間、シュラグの全身から殺気が迸る。
目は見開かれ、握りしめた拳には爪が食い込んでいる。
俺と対話した時もそうだった。
彼は奥さん──シオンのことになると冷静さを欠いてしまうようだ。
だが、このままでは戦闘になる。
俺はシュラグの肩に手を置き、彼に向かって首を横に振って見せた。
「……すまない」
「いいや、大丈夫だ。お前は何も悪くない。……で、コルヴスさんよ。『平和的に』と言っておきながら人の神経を逆撫でするとは、どういうつもりだ?」
「いや失敬、そんなつもりはなかったんだ。純粋に役に立てるかと思っての発言だったのだが……伝え方を誤ってしまったようだね」
シュラグは短く息を吐き、一歩前に出る。
「……答えろ。貴様らは、シオンを殺した犯人を知っているのか?」
「知っている。交渉の秘訣は、相手が望むこと以上の物を用意することだ。そして、我々にかかればその程度は造作もない」
「………………ヴァニ」
そう言って俺を見る彼の目は、懇願しているようだった。
それはそうだ。ずっと探し追い求めてきた仇の情報が、目の前に餌としてぶら下げられているんだから。
もし俺がシュラグと同じ立場だったら、同じ行動を取ったはずだ。
それでも俺の判断を仰ごうとしているのは、彼の誠実さ故だろう。
……してやられたな。
「分かった、協力関係を呑もうじゃないか」
「素晴らしい返事だ」
「最低です……!」
「…………チッ」
ノエルとセスカが非難する。
その気持ちは痛いほどに分かる。他人の弱みに付け込んで、自分の要求を通そうとすることの何が交渉だ。
「だが……一つだけ聞かせろ」
「ああ、何でも聞いてくれ」
「お前たちに、本当に助力が必要なのか? そうだとして、お前たちは何を追っている?」
そう問いかけると、コルヴスはくつくつと笑った。
「質問は一つだけ、ではなかったか? まぁいい、答えよう」
そう言って、奴は椅子に腰かけると片足を膝の上に乗せる。
「とある男を追っている」
「…………」
「その男の名は、ジャスパー・リーディン。かつて我々の同胞だった人間だ」
「一体何をやらかしたんだ、そいつは?」
「四年前のメルディア焼失事件、聞いたことは?」
「まさか……」
言って、ノエルが口元を抑えた。
メルディア焼失事件──確かに聞いたことはある。
四年前、メルディアという大きな街があった。
流通に富み、交易拠点としても盛んであったその街はある日、一晩の内に全てが燃えた。
死者の数は計り知れず、未だに行方不明の者も数多くいるという。
焼失した理由は現在でも不明。
噂では、商人が密かに運び入れた禁忌の魔石が暴走したとも、魔人が襲撃したとも言われているが……真偽は定かではない。
「正直に言おう。メルディアが燃え尽きたのは──ジャスパーの仕業なんだ」
「……何?」
「奴は魔法に長けていた。類稀なる才能を持ち、しかし驕ることなく我々のために実に尽くしてくれていた。だが──」
コルヴスは脚の上に肘を突き、組んだ手の上に顎を乗せて言う。
「魅入られてしまったんだよ、禁忌の魔法に。そしてそれを唆したのは君たちもご存じの通り、【終末の使者】と名乗る集団だよ」
またしても出てきた、奴らの名前。
そんな昔から暗躍していたとは、全く気付けなかった。
「確かに我々は傭兵だ。金次第で大義のない殺しも略奪もする。だが、規律なきテロリストどもとは違う。それだけは守らなくてはならないんだ」
そう言うコルヴスからは、強い信念のようなものを感じた。
「つまり、お前たちはジャスパーを追ってる内に【終末の使者】に辿り着き、そして俺たちの狙いやシュラグの復讐の相手の情報も得た、ってことか」
「その通りだ」
ここまでの話……正直、あまりにも情報量が多すぎてついていけない部分がある。
頭を整理したいが、急ぎ確認しなければならないことがある。
「大体の事情は分かった。それで、早速情報を貰おうか。シュラグの奥さん──シオンさんを殺した犯人は、誰だ?」
「実行犯については居場所が割れている。奴らはロウェラ森林の中にある廃墟にずっと潜伏して、そこを根城にしているようだ」
「……待て、実行犯だと? それでは、この計画を裏で操っていた者がいるということかね?」
「ああ。だが、これに関しては知らない方がいいだろう。君は妻の殺害を実行した者を見つけ出し、そこで復讐を終えた方がいい」
「……ふざけるな、それで赦せるはずがないだろう」
シュラグが怒りに震えた声を絞り出し、コルヴスを睨む。
コルヴスはその視線を正面から受け止め、そして申し訳なさそうに目を伏せ。
「犯人は……君の身近にいる人物だ」
ただ短く、それだけを言った。




