第二百七十四話 惜別
翌日、岩倉城は三郎の指揮のもと、包囲のための柵の工事が始まりました。
すでに岩倉の城下町は住民を避難させ、城下町全体を燃やし終わっています。
おかげで岩倉城のまわりは焼け野原になっています。
とうぜん、乱取りはしていませんし、町の人はちゃんと保護しています。
その焼け野原に、何重にも柵がはりめぐらされています。
完成すれば、岩倉城は孤立無援となるでしょう。
織田伊勢守信賢様はおそらく、美濃斎藤家、駿河今川家に援軍を要請していると思いますが、今のところ援軍が来そうな気配はありません。
「カツトシ、川並衆がこっちについとるかぎり、義龍は尾張を攻められん。船が今は、尾張側にしかにゃあからなあ!! ぎゃははは!!」
「なっ!?」
三郎はいたずら小僧のような顔をして、馬の上から言いました。
なんでわかったのー! も、だけど。
いつの間にわたくしの横にいたんですかー!
「五郎左! このいくさ、おみゃあなら、どの位で終わらせる?」
わたくしのまわりには、小牧衆が集っています。
全員焼け野原で柵作りに汗を流しています。
とうぜん、五郎左さんと藤吉郎と小六さんと、ダニーさんとズラーさんとデェスちゃんもいます。
「はっ! 10日ほど」
五郎左さんは、言い終わってから三郎の顔を見ました。
その瞬間、数センチ飛び上がります。
そうです、三郎が鬼の様な顔をしているからです。
でも、違いますよ、その顔はぜんぜん怒っていません。
現に、五郎左さんが飛び上がったときから、手綱をにぎる手がプルプルふるえています。
「い、いえ、3日! 3日にございます」
五郎左さんは慌てて、言い直しました。
「ふむ」
三郎は、納得した表情をしました。
手綱をもつ手は、まだプルプルしています。
五郎左さんの答えはまちがっていますね。
「はーっ」
それを見て五郎左さんは、ため息をつくと、ほっと胸をなでおろしました。
「藤吉郎! おみゃあはどうじゃ」
「ふふふ、2ヶ月です」
藤吉郎は得意そうに言いました。
五郎左さんが、藤吉郎の顔を驚いた表情で見ました。
「むっ!」
三郎は、また鬼の形相になり藤吉郎をにらみつけました。
あー、答えは合っていますね。
得意そうにした、藤吉郎が気に入らなかったのでしょうか。
五郎左さんが、そらみたことかという表情です。
「ひっ」
三郎の顔を見た藤吉郎は、頭をかかえて小さく悲鳴を上げました。
「藤吉郎!! カツトシと五郎左、それと小六と協力して三ヶ月以上に引き延ばせ!!」
「ははっ!」
「ただし、今川にはさとられるな!!」
「心得ております」
三郎が悪い表情でニヤリと笑います。
それを見て、藤吉郎も同じような表情でわらいました。
二人の後ろにどす黒いモヤのような物が見えてきました。
「この柵は、横に動かせるように、おいて置くだけでよい!!」
藤吉郎は、岩倉城の北に来てから若い衆に命じます。
わたくしと、藤吉郎はボロを着た最下層足軽ですが、ここにいる者達の大半はわたくしの道場の弟子ですし、藤吉郎がガキ大将だった時の子分です。
「わかりました」
ちゃんと、言う事を聞いてくれます。
岩倉城の北側は、生駒家の小折城のある方です。
ここからなら、小折城へはゆっくり歩いても1時間はかからず行く事ができます。
藤吉郎は、どうするつもりなのでしょうか。
その日は、柵の指示をすると小折城の、わたくしの実家に帰りました。
ふふふ、小折のボロ小屋のことです。
帰ると、藤吉郎と小六さんと五郎左さんは、わたくしに待っているように言って出て行きました。
「カツトシさん、起きて下さい!! 行きますよ!!」
深夜、3人がやって来ました。
外には、荷車が何台も並んでいます。
「こ、これは??」
「補給物資ですよ。ささ、ダニーさん達も運ぶのを手伝ってください」
藤吉郎が言いました。
荷駄隊が、小折城の南門を出ます。
「これを、どうするのですか?」
わたくしは意味がわかりません。
藤吉郎に質問しました。
「内緒で岩倉城に運び込むのです」
「えっ? だ。だって、それは」
それは岩倉城に味方をするということです。
三郎を裏切る行為ではありませんか。
「まったく、いいですか、岩倉城はこのままでは、すぐに降伏してしまいます。ですから延命させるのです。三郎様はこの先なるべく長く岩倉城が籠城することを望んでいます。そして、延命させていることを今川に悟られるなと指示をされたのです」
荷物を運びながら、藤吉郎は説明してくれました。
荷車が包囲する柵に近づくと、柵が横に移動します。
信長軍の包囲はすんなり通れます。
岩倉城が直前に迫ってきました。
岩倉城は厳戒態勢のため、かがり火がたかれ門がオレンジ色に浮かび上がっています。
マキが燃え、あたりに煙が充満して白くけぶっています。
その煙が鼻から入り、むせそうになりました。
城門につくと藤吉郎がわたくしの脇腹を肘でつっつきます。
「カツトシさん出番です」
「えっ??」
「何者じゃ!?」
門番が言いました。
「えっ、ええーとっ」
わたくしがなんの事かわからずモジモジしていると。
「おおっ、あなたは生駒家の」
「あっはい」
そういえば、わたくしは何度かおキツ様のお供で岩倉城には来ています。
憶えている人がいてくれたみたいです。
「おキツ様は美人だからのう、あんたの顔もついでに覚えてしまった。なんの用じゃ」
「はい、生駒様からの物資をもって参りました」
藤吉郎がわたくしの横で言いました。
「なっ、なに!? し、しばしまたれよ」
「な、何をしている!! はやく門を開けよ!!」
岩倉城の重臣でしょうか、真面目そうなおじさんが現れました。
「ははっ!!」
「ささっ、信長軍にバレないうちにはよう」
「猪之助殿、心配ありません。信長の守備隊には銭をたんまり渡してあります」
小六さんが言いました。
「おおっ!! 小六殿!!」
小六さんは岩倉城に出入りしていましたから、顔見知りのようです。
「伊勢守家にはお世話になりましたからなあ、こんな時ぐらい恩返しを」
「おお、ありがたい」
猪之助さんは目に涙をためて、小六さんの手を取りました。
「生駒殿にもよろしくお伝えくだされ」
「もちろんです! 又来ます。その時は糞尿も運び出します。からの桶を持って来ました。ためておいてください」
「おおっ!! 何から何まで、ありがとうございます」
猪之助さんは、本当に心から感謝をしています。
わたくしの心に刺さったトゲがまたチクチク痛みます。
わたくしはこういう策略にはむかないのかもしれません。
「あ、あの、脱出したい方がいたら助けます。女性や子供は逃げてください。ちゃんと保護します。安心してください」
わたくしは罪の意識からか、つい申し出ました。
「しばし、お待ち下さい」
猪之助さんは城内に戻ると、大勢の城内に残っていた婦人や子供を連れて来ました。
急に、柵を作り出したので逃げる暇が無かったのでしょう。
思ったより大勢います。
「父上、兄上、私も残ります」
「だめじゃ。一豊!! お主はまだ子供じゃ!! 小六殿お願いいたします」
一豊と呼ばれた少年は涙を流して、別れを惜しみます。
「吉助、よね、ごう。お前たちも達者でな」
一豊と呼ばれた少年の弟と妹達でしょうか、父との別れを惜しんでいます。
最後は奥さんと抱き合って別れを惜しんでいます。
――まさか!!
いいえ、まちがいありません。
この猪之助さんとお兄さんは、城と運命を共にするつもりのようです。
至る所で、家族の別れを惜しむ声とすすり泣きが聞こえます。
そのすすり泣きの声を聞くと、私の目からも涙がこぼれます。
真夜中の岩倉城の至る所ですすり泣きの声が響くと、まるで岩倉城そのものがすすり泣いているように感じます。
わたくし達は、岩倉城から女性や子供達をつれて、小牧の道場に向かいます。
小折城は、自由に出来るのがボロ小屋だけです。
小牧の道場なら、全員が休むことができるので、少し遠いですが小牧の道場に案内しました。
翌朝、食事を配ろうと思ったら、すでに全員いなくなっていました。
まあ、地元なので頼る先はそれぞれあるのでしょう。
わたくしたちは、岩倉城から食事を用意する煙が出なくなると、食料を運び込みました。




