第百九十八話 嫌な予感
僕達は領都の前の広いスペースから雑木林の方に、一番離れた端っこで炊き出しの準備を始めていました。
邪魔にはなっていないはずだけど、衛兵はそうとう怒っているようです。
眉をつり上げて肩をいからせて近づいてきます。
「皆は離れていて下さい。――メイヤもシラタキ様もです」
僕の言葉で皆が移動を始めてくれたのですが、メイヤとシラタキ様が動こうとしないので付け足しました。
「のう、嬢ちゃんや」
僕の後ろにある雑木林の、草の茂みからお婆さんが出てきました。
お婆さんは、野良仕事用の服を着て背中にカゴを背負っています。
「はい」
「ここで炊き出しをしてくれるのかえ?」
「ええ、そうです。そのつもりなのですが」
僕は視線を近づいて来る衛兵に向けました。
林からお婆さんが次々出て来ます。
「のう嬢ちゃんや、この野草も使ってくれんかのう」
「雑草ですか?」
僕はお婆さんの背中のカゴの中を見て、つい口がすべりました。
「ひゃあぁーはっはっはっ、ふひひひっ……ふぐっ!」
お婆さんは大きな口を開けて笑うと、その形のまま動きを止めて涙を流しはじめました。
「ど、どうなされましたか?」
「いやあ、すまん。すまんのう。雑草はよかった。大うけじゃ。これは雑草なんじゃが、薬草にもなる食べられる野草じゃ。もっとお腹にたまる物を持って来たいのじゃが、こんな物しか取ってこられん。じゃが、多少は腹の足しにはなるじゃろう。ほれ、このまま使える。湧き水で洗っておいた。もらっておくれ」
「よろしいのですか? 全部もらってしまって?」
「ふふふ、嬢ちゃんや、よく見てみれ。腰に自分の分はとっておいた。これは全部飢えた避難民達の分じゃ。腹をすかせた難民はムシャムシャそのまま食べるが、煮た方がやっぱり食べやすいでなあ。ほれっ! もらっておくれ」
僕はお婆さんの腰を見た。
腰には小さな小さな袋がぶら下がっています。
きっと、最低限だけとってあとは避難民に渡すつもりなのでしょう。
よく見ると、どのお婆さんもやせてガリガリです。
僕は、知らず知らずのうちに深く頭を下げていました。
目に涙が溜まってきました。
「お婆さん。これを! そのままでも食べられるし、お湯で戻せばスープになります」
僕は、携帯食料を差し出しました。
「ええよ。それは避難民にやっておくれ。ばばあには不要のものじゃ」
手の平を顔の前でパタパタと振ると、うれしそうな顔をしています。
まるで宝物でも、もらったような表情です。
うふふ、いいですねー。
魔人国の人の当たり前におこなう、こういう行動に僕は心の底から感動しています。
アッガーノ王国では、こうはいかないでしょう。
全員が我先に食べ物にむらがり奪い合います。
みにくい争いがおこるのです。
最低限生きられる分量という事ではなく、人より沢山とらないと損というような行動です。
僕は魔人の真面目で温かい行動にいつも感動を受け、今では魔人が大好きになっています。
まあ魔人国の権力者に多い、贅沢三昧の人達は例外です。こういう人達は、いつも好きにはなれません。
「では、ありがたくいただきます。でも、それだけではこっちの気が済みません。出来上ったスープの最初の一杯はお婆様が食べて下さい」
「ふむ、そうか。それなら、ここで待たせてもらって、いただくとするかのう。どうせ家に帰っても、なんにもすることはないのじゃから」
「ええ、そうしてください」
僕は、鏡の前で練習した一番の笑顔をした。
「うおっ!! 美しいのう、女神様のようじゃ!」
「やいやい!! ババアー!! じゃまだー! どけーいぃ!!!!」
衛兵が到着しました。
一番偉そうな衛兵が言いました。隊長でしょうか。
「なんじゃー!! きさまらはー! ババアとはなんじゃー!!」
「うるせーんだよ!! ババアはどいていろ!! おい小娘!! ここで何をしている!! ここをどこと心得ておる、ここは天下の魔王国の首都、ゲドル大将軍の領都の門前である。許可も受けずに勝手に何をしているのだぁーー!!」
隊長は手に持つ棒でお婆さん達を乱暴に押しのけます。
「いだだ!」
一人のお婆さんが尻もちをつきました。
「何をするのですか!!」
僕は尻もちをついたお婆さんにかけ寄り助け上げます。
そして、目をつり上げて衛兵達をにらみ付けました。
「ひゃははは!! 『何をするのですか!!』だとよ!!」
「かっ、かわいい!!」
「ふむ、めちゃめちゃ美少女だ!」
「かわええーー!!」
隊長の後ろに付いてきた衛兵が赤い顔をして同時に何かを言っています。
みんなで同時に言ったら何を言ったのかうまく聞き取れません。
かわいいとか言っているのでしょうか。
残念ですが僕は可愛いとか言われても全くうれしくはありません。
「おい!! 小娘!! なめとるのかーあぁーっ!! 俺様は何をしているのかと聞いているのだ! あぁーっ!!」
隊長が顔を近付けて言いました。
僕は魔人が好きになっていますが、やっぱり同じ魔人でもこういう人は好きになれないかなあ。
――んっ?
この隊長「あぁーっ!!」のあとに、滅茶苦茶小さい声で「かわいい」といいました。
だから、うれしくないってーの。
「はい、すみません。飢えている避難民の方に食べてもらおうと、炊き出しを始めました」
「はーーっ!! 『始めました』じゃねぇーんだよ!! 勝手にそんなことを始めていいと思っているのかよ!! だいたい、食料は全部領主様のもんだ。勝手におめえたちが、使っていいもんじゃねえんだよ!!」
「ここで用意するのは、全部僕が用意したものです」
「そうか、てめーのものか。それなら余計にダメだ!! 毒でも入っていたら危険だ。安全が確保出来ねえ!! 衛兵として許可ができねえな!!」
「なんだよ!! だまって聞いていたらいい気になりゃあがってー!! ここにいる避難民は全員、腹ペコなんだよ。飢えているんだよ。毒が入っていても、最後の食事で腹が一杯になれば、最高に幸せに死ねるってもんだ!! 全員笑顔で死ねるんだよ。嬢ちゃん、構わないよ。このババが許す。やっておくれ!!」
お婆さん達が全員で、衛兵から僕を守るように囲んでくれました。
「うふふ、お婆様、そうはまいりません。それに毒も入っていません。間違っているのは僕の方でした」
僕は膝を地面につけて座り込み、ひたいを地面に擦りつけました。
そして続けます。
「申し訳ありませんでした。どうかお願いします。避難民に食事を提供する許可をください。どうか、どうか、お願いいたします」
「嬢ちゃん! あんたって子は!! そんな事までしてくれるのかい。いいよ! やったらいいさ! 餓死寸前の避難民達のためだ。人助けだ。許可なんていらないよ!」
お婆さん達が震える声で言ってくれました。
「ぺっ!! だめだね!! 許さねえ!! 毒の入っていねえ食料なら、前線で戦う兵士に送った方がこの国のためになる。ぜってーゆるさねーー!!」
僕の頭に何かが落ちる感覚がありました。
隊長はもはや意地でもひきさがらないようです。
どうしようかなあ。
「きさま」
メイヤの静かな声が聞こえました。
足音が近づいて来ます。
「あああーーっ!! た、隊長!! くっ、黒い執事です。そして美少女です」
「本当だ。黒い執事と美少女です」
「領主代行から、黒い執事と美少女は好きにさせろと言われています」
やれやれです。
領主代行とは、コウさんでしょうか。
ちゃんと許可をしてくれていたようです。
「バカめ!! よく見ろあれを!!」
「ああっ!! 白いメイドだ!!」
「ふふふ、領主代行から言われたのは、黒い執事と美少女だ。だがこいつらは違う。黒い執事と白いメイド、そして超絶美少女だ!! まっかな偽物だ!!」
「なるほど、本当です。まっかな偽物です」
衛兵達は隊長の言うことに納得したようです。
本物なのですけどねえ。
「魔人国が大恩をうけた黒い執事と美少女をかたるまっかな偽物だ。これは重罪だ。国家反逆罪だ。殺してもかまわん! ひっとらえろーー!!」
衛兵達が僕を捕まえようとします。
――やばい!
僕の前にいる隊長の所からキンという金属音がしました。
嫌な予感しかしません。
僕は顔をゆっくり動かしました。
少しだけ顔を上げて隊長を見ました。
そこには驚きの光景がありました。




