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永遠の春  作者: 真魚
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第二十五章 毘盧遮那

 叔母は二月に死んだ。

 野辺の空へと雲雀のあがる、麗々(うらうら)と明るい春だった。


 同じ春の末、古麻呂が遣唐副使に任じられた。

 河内守から転じて衛門督を務めていた古慈悲の邸で餞別の宴が催されたが、私は服喪のために欠席した。

 後日、族人の村上(むらかみ)清継(きよつぐ)が連れ立って邸を訪れ、多治比鷹主が賓客として招かれていたと報せていった。



 この春の遣唐大使は藤原北家の四男の清河大夫だったため、紫微少弼と中衛少将を兼ねる高麗福信が、藤原の大后の勅を受けて難波まで見送りに出た。

 目庇つきの冑を被って黒革の甲を着けた二十騎の中衛舎人が馬を連ねて朱雀大路を下ってゆく様を京人が遠巻きに眺めていた。

 同じ頃、黄金を貢ぐために介を務める陸奥からひととき帰京していた佐伯全成が訪ねてきた。

 

「久しいなあ佐伯の若子よ。陸奥はどんな具合だ? 要るだけの黄金が集まりそうか?」

 軽い挨拶のつもりで訊ねると、全成は表情を曇らせた。

「正直、ごく穏やか――とはいえぬ」

「蝦夷と諍いでもあるのか?」

「その通りだ」

 全成は短い溜息を吐き、ふと眼を反らして訊ねてきた。「ところで、大人は五月の毘盧遮那の開眼供養には列なられるのか?」

「むろん。そなたも列なるのだろう?」

「ああ」

全成が曖昧な声音で応え、腹を決めたように正面から私を見据えてきた。「実はな、造東大寺司の長官(かみ)から御前で久米舞(くめまい)を演ずるようにと命ぜられているのだ」

「市原王から?」

「ああ」

 全成が苛立ちとも戸惑いともつかない表情を浮かべて頷いた。


 上代に倭に棲んでいた蛮族の土蜘蛛を切り伏せた闘いを模した久米舞は佐伯の氏が伝えるものであり、舞に合わせる歌と琴は大伴の氏上の家が代々伝えてきた。


「琴は大伴の伯麻呂(おじまろ)が奏するそうだ。大人とはどのような所縁だ?」

「伯麻呂か? 祖父の父の同母弟から分かれた家の者だ。あれ父の道足大夫はよくこの邸に拝賀に来ていたものだが、子のほうとはもうずいぶん会っておらぬなあ」

「では大人が選んだ奏者ではないのだな」

「ああ」私は砂を噛むような心地で頷いた。「――久米舞のための大和琴はもともと家に伝わっていたが、筑紫の頃に亡き父が房前卿に贈ったのだ」

「――(そち)大納言(だいなごん)が北家の長にか?」

「ああ」

 私は全成と眼を合わせないまま頷き、声が掠れるのを堪えて付け加えた。「長屋の大臣の討たれたすぐ後にな」

 告げるなり全成は目を見開き、泣くとも笑うともつかない表情を浮かべた。

「そうか――」



 ――あの春、長屋の大臣が討たれることを、父はおそらく初めから知っていたのだろう。父は戦わぬ道を選んだ。一族を永らえさせるために。


 そして哀しい抜殻のようになって佐保へと帰りついたのだ。



 ――懐かしい筑紫の春よ。

 輝かしい幼い春よ。

 その輝きの内にさえ涕が潜んでいた。


 此岸(このきし)はつねに哀しみに満ちている。

 麗云々と明るい春の陽のなかにさえ、果てしない哀しみが充ちている。


 この悲しみから逃れるためには――仏の道が教えるように、此岸(このきし)のすべてを仮初(かりそめ)の色と思えばいいのだろうか?


 

 ――五月の九日、未だ鍍金の仕上がらない盧遮那仏の開眼供養が催された。


 日頃は薬師寺に籠りがちな君もこの日ばかりはお出ましになり、五色の幡のひらめく大仏殿の前に礼服を纏った百官の居並ぶ様を桟敷から眺めていらせられた。

天竺渡りの婆羅門僧正が梯子に上って仏の瞼の隙間に墨で眸を点じたあとで五節の舞や盾布の舞や童子たちの踏歌が催された。

 全成を頭にした佐伯の若子たちが披露した久米舞は見事な出来だった。

左手の朱の幕のなかで、浅い緋の袍を纏って菖蒲の鬘を被った伯麻呂が六弦の琴を奏していた。私は居並ぶ百官の一人としてそれを見ていた。


 毘盧遮那仏。

 輝きわたるもの。

 遍く此岸を照らされて衆生を救う仏。


 私はその巨大な何かにいっそひれ伏したかった。

 ひれ伏して随喜の涙を流せば、この果てしない寂しさから救われるような気がしていた。



 長い法会は陽が落ちるころにようやく果てた。

 君は再び薬師寺へ戻られ、女帝は宮へはお戻りにならず、藤原の大后とともに、二条四坊の仲麻呂卿の邸へと御輿を進められた。

 この日から田村の(だい)は名実ともに「宮」となったのだった。


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