20.異世界に転生したら彼女とのイチャイチャ尽くしだった件④
「ごめん、ちょっと名前が出てこなくて。にしても二人とも満喫してんな」
「ねぇ怒らせたいの?」
智弘と、その彼女の和泉沙夜。
二人とも冒険者風のコスプレをしていて、一瞬誰か分からなかった。名前を忘れていたわけじゃないぞ。友達の彼女の名前を忘れたりなんかしな……ごめんなさい和泉さん。
「いやさ、コスプレ衣装を借りて『ミノタウロスの檻』で遊んでたらこいつが『行きましょうか、ホームグラウン……ってーなおい!」
顔に手を翳しながらそう語る智弘の脛に和泉さんの蹴りが炸裂した。智弘は痛がりながらも話し続ける。
「って言ってたからさ、連れて来たんだよ」
「私そんなカッコつけてなかったじゃん」
「ホームグラウンド……フフッ」
「ミノタウロスの檻」というのは、VRで敵が出てくるダンジョン型のアトラクションだ。ダンジョンに佇む和泉さんが中二病を罹患している姿を想像してしまい、思わず吹き出してしまった。和泉さんにめっちゃ睨まれたので慌てて表情を戻す。
ふん、と鼻を鳴らした後に睨みが解除された。よかった、許されたみたい。
ようやくにこやかな雰囲気を取り戻した和泉さんが、俺の後方を見つめながら口を開いた。
「で? そっちにいるのがマッキーの彼女さん?」
「は、はい。水谷栞っていいます。よろしくお願いします」
ひょこ、と俺の背後から出てきた栞が、和泉さんに向かってお辞儀をした。
「初めまして、私は和泉沙夜。トモくんの彼女やってます。よろしくね!」
智弘の衣装の裾を掴み、和泉さんも挨拶を返す。
「栞ごめんな、内輪ノリ始めちゃって」
なんか今日謝ってばっかだな。
「いえ、楽しそうで何よりでしたよ」
「へぇ、そういうとこに気付けるんだ」
「なんか言ったか?」
「別にー。マッキーが変わったとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかったなーって言っただけだよ」
「長くなってんじゃん」
まぁ確かに、以前は気にしたことがなかったな。栞のおかげでどんどん視界が開きはじめている気がする。
「まぁいいや。しおりんって呼んでいい? 私のことは沙夜で構わないからさ」
「大丈夫です、沙夜さん」
「ううん、沙夜ちゃん」
「沙夜ちゃん」
「そう、沙夜ちゃん」
「沙夜ちゃん」
「うんうん、かわいい!」
「おい俺の彼女で遊ぶな」
和泉さんのやつ、持ち前のフレンドリーさで栞まで手込めにしようとしてんじゃん。
慌てて止めに入ると、和泉さんの睨みが復活してしまった。さすがは冒険者。一度倒しただけじゃへこたれないか。
「嫉妬してるの? 私の名前忘れてたクセに」
「それはごめんって。あと別に嫉妬してないし」
和泉さんが栞を籠絡しようとしてたから止めただけ……うーん、それって結局嫉妬なのかも。
嫉妬ってこういうことなのか? 分からなくなってきた。
「心配しなくても、私は巻斗くんから離れませんよー」
満面の笑みで俺の腕を抱き、頬擦りしてくる栞。何が嬉しかったんだろう。
「嫉妬する必要ないんじゃない? しおりんデレデレなんだし」
「だから嫉妬してないって」
両者譲らないなか、智弘が割って入る。
「てかさ、何でそれ取ろうとしてたんだ?」
智弘の指の先には、俺が今しがたプレイしていたクレーンゲーム。
「いや未稀がさ」
「どう見ても未稀ちゃんの趣味じゃないだろ」
未稀は八歳で女児向けを卒業していて、今はもう十四歳。くそぅ、ませやがって。
「色々あって、どうしてもあれが欲しかったんだよ」
「その色々が知りたいんだが……」
横を見ると栞もこくこくと頷いている。その栞に気を取られているうちに、和泉さんが視界から消えた。
「クレーンゲームね! 私に任せなさい!」
そう言いながら既にクレーンゲームの前に陣取っている和泉さん。
「あっ、俺が取ろうと……おおっ!」
俺が言い終わらないうちに、クレーンゲームの爪がぬいぐるみに襲いかかる。
その爪を扱う和泉さんは、まさに職人といった目つき。一瞬の狂いをも見逃さない目つきでボタンを操作する。
そのおかげで、ぬいぐるみはあっという間に穴へと落下していった。
「沙夜、ほんとこういうの得意だよな」
「こーゆーのは愚直に本体を狙ったりしちゃ取れないんだよねー、はい」
「あ、ありがと……お礼はいくらにすれば……」
そうして取ったぬいぐるみを、俺に渡す。全然取れなかったものを取ってくれたので、その分のお返しはしたい。
「別にいいよ、でも、どうしてもお礼がしたいって言うなら……」
「別にそこまでは言ってないけど」
身を翻し、顔だけこっちを向く和泉さん。
「今度、四人でダブルデートしようよ」
そう言い残し、颯爽と去っていく。
ダブルデートか……確かに楽しそうだな。一度はやってみたいことの一つだ。
「勝手にどっか行くな!」
智弘も慌てて追随した。
と思ったら、和泉さんの足が床のコードに引っかかってしまい、躓いて前につんのめっていた。なんとか智弘が間に合ったおかげで何事もなかったが。
よほど恥ずかしかったのか、智弘に何か言われながら早足で出口へ向かっていった。
せっかく格好よかったのになぁ……。
「行っちゃいましたね……」
急に去っていったので、俺も栞も呆然としてしまった。
俺の手に残ったのは、ぬいぐるみが一つ。
俺が取ったわけじゃないが、まぁ結果オーライか。
「栞、これもらってくれ。結局和泉さんに取って貰っちゃったんだけど」
「え、私が貰っていいんですか? せっかく手に入れたのに」
「栞にあげようと思ってやってたんだよ。そうじゃなきゃあんなに粘るわけない」
このぬいぐるみは、栞のメッセージアプリのアイコンと同じキャラのものだ。取ったら喜んでくれるだろうと思うと、百円玉を入れる手が止まらなくなってしまった。
「私のために……巻斗くんが……」
ぬいぐるみを受け取った栞は、それをぎゅーっと抱きしめた。
「ありがとうございます、額縁に入れて飾りますね」
「それはどうかと思うけど……まぁ自由にしてくれ」
そもそも和泉さんのおかげだし。
「この子、ちょうど私の好きなキャラなんです。それを巻斗くんが取ろうとしてくれたなんて奇跡ですね」
「やっぱり? そうじゃないかなーって思ってた」
「え!? 巻斗くんって人の好みとかも感覚で分かっちゃうんですね、さすがです!」
そういうことにしておこう。目をキラキラさせてるのがかわいいし。
◆
ゲーセンを出ると、冒険者の二人組が俺たちを待ち伏せしていた。
「もう遅い!」
「お前ら、なんでここで待ってるんだよ。どっか行ったんじゃなかったのか?」
和泉さんと智弘だ。なんでキレられなきゃいけないんだ。
「こいつがさ、やっぱりあの二人と回りたいって言い出したんだよ」
「だってしおりんと仲良くなりたいじゃん!」
「智弘、お前大変だな……」
「わかってくれるか、マッキーよ……」
俺は構わないが、栞は二人とあまり親交がない。
「栞がいいならいいけど。どう思う?」
「はい、大丈夫です。巻斗くんの友達なら、私も少しは話せた方がいいかな、って思うので」
「和泉さんは別に友達じゃないけど」
「友達ですー! ひどいじゃんマッキー!」
俺友達が二人もいたのか。知らなかった。
「四人で回るってことでいいよね? よし、けってーい! じゃあさじゃあさ、お菓子の家行っていい?」
◆
ヴァルトガルドの中にある、お菓子の家。ヘンゼルとグレーテルに出てくるあの家を想像するといいだろう。目の前にあるのはまさにそれだ。板チョコの扉にクッキーの壁。煙突も棒状のウエハースが担っている。しかし、注意! 食べられません。
家の中には、お菓子のバイキングと洋菓子専門店がある。
「ここだよここ! ワンパに来たらここは外せないよね!」
「沙夜、何が欲しい?」
「これとー、それとー、あれと、あれと……」
「全部の棚指そうとするな」
和泉さんのテンションは最高潮だ。
智弘が払うらしいが、破産しないといいな。
「んじゃお土産でも見てくか……」
家族にはチョコチップクッキーでも買っていけば確実だろう。おじさんには……うーん、悩むな。
「よいしょ、と」
栞の方は小さめの限定お菓子をカゴに詰めこんでいる。
「……結構買うね」
こっちにも破産しそうな人がいた。
「巻斗くんがあれだけ頑張って取ろうとしてくれたので、ケーキなどを作ってお返ししなきゃいけないな、と。その飾り付けに使えそうなのを探してるんです」
「量おかしいよな?」
「少なすぎって意味ですよね?」
「絶対違うな」
母さん、俺当分夕食いらないかも。
「気持ちは嬉しいけど程々にな」
一応そう言っておき、自分の買い物に戻る。
「……へぇ、よく出来てんな」
赤、青、黄色。色とりどりのビーンズ型ソフトキャンディーが入ったように見える透明の筒が、天井から伸びているのを発見した。その先端には蛇口が付いているので、カラフルな飲み物という設定なのだろう。ビーンズはさしずめしずくといったところか。この蛇口が本物だったら面白いのにな。
「おー、ひねれるんだ」
飾りとはいえ、一応動かせはするようだ。
……ん?
「本物かよ……」
俺、また何かやっちゃいました?
某テーマパークの某魔法エリアに似たのがありますよね。ビーンズのやつ……。




