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2、師弟と警備隊長 その1



 薬局の朝は早い。


 朝市から届いた新鮮な薬草類を、丁寧に選別するところから始まる。これは主に、ノスリの仕事だ。私も手伝っていたのだが、そうするとノスリの半分の時間で済んでしまい、彼の訓練にならない。私は、薬草を眼にするだけで、それが良いのか悪いのかすぐに分かってしまうのだ。

 ノスリが薬草を仕分ける間に、朝分の魔法薬を精製する。

 基本的に私の魔法は、薬草の中の成分を抽出、人体に吸収させやすい形に精製、そして瓶などに詰めて封をするまで、ワンアクションで終わる。材料をすべて並べておけば、ひょいひょい手を振るだけで、おおかたの事は終わる。

 ぱんぱん、と手を二度打つと、あたり一面の材料達が動きだし、所狭しと浮かんだ魔法陣の上で次々と魔法薬へと姿を変えていく。出来あがる魔法薬を次々と拾い集め、箱詰めをしているのは使い魔のネズミ達だ。銀色のふわふわの毛並みをなびかせて、彼らは手慣れた様子で緩衝材を敷いた木の箱にそれらを入れていく。


 私の魔法薬の強みは、即効性だ。

 この世界の魔法では、『人体に吸収させやすい形にする』、という工程が弱い。そのため、成分はしっかり出ているが、体に上手く吸収されず効き目も遅くなっている。

 対して私の作る魔法薬は、この世界のものと成分こそ同じだが、吸収率が数十倍は高い。同じ成分でも、体内にすばやく吸収されるから効き目も段違いだ。最終的な効果は同じでも、かけた直後に効果がでるものと、かけて数十分はたたないと効果が出ないものでは、早い方を選ぶに決まっている。


 回復魔法があったとしても、なるほどその使い手の数が希少なこの世界で、魔法薬の存在意義は大きい。

 とある縁からこの即効性が広まって、大口契約様が多々いらっしゃる御蔭で、この店は細々とながら営業できている。


「邪魔するぞ」


 傲岸不遜な声質で、入口の戸の上につけたベルの音色も荒々しく、その大口契約様がいらっしゃった。室内のありとあらゆる壁にへばりつき、全力で発動まっただ中な魔法陣にも、その鋭い目つきはピクリとも揺らがない。

 あとはほっといても作業が終わる為、薬草の選別が終わっていないノスリに代わり、対応する。


「いらっしゃいまし、アドルド殿」

「相変わらずな店だな」

「それはアドルド殿のような方々が、こうして日夜数多の注文をお寄せくださるおかげですよ」


 終わりを知らせる拍手を二つ。ネズミ達が木の箱を押し合いへしあい持ってきたので、、指を鳴らして軽く積み上げる。


「はいこちら、ご注文の4級回復魔法薬30本セット、5箱揃えてお持ちいたしました。荷物持ちは必要ですかな?」


 尋ねると、眉をやや顰めたアドルド殿が、要らないと首を横に振る。まあいつものことなので、特別気にはしない。

 このアドルド殿は、私の魔法薬の効果を、いち早く体験された御方だ。


 晴天抱きし白亜の都、ヴォートを警備する警備隊。

 11人いる長の一角に収まるのが、彼、アドルド殿である。あどるどどの、なんて舌を噛みそうだが、慣れれば何と言うことはない。鋭利な刃物の様な見た目によく合う氷属性の魔法の達人で、その手が振るう両刃の剣に切られれば、氷の彫像となってしまう。

 蒼穹の美しい青い髪と、琥珀の目も麗しき美男子。ファンも多く、隊員達は彼をたいへんに慕っている。


 そんな彼が郊外に出没した魔物を倒しに出た際に、思わぬ傷を受けた。希少な回復魔法の使い手も居ない、小規模の遠征。思った以上の深手に立ち往生する彼とその部下の前に、現われてしまった我ら師弟。仲間を全て失った過去のせいか、アドルド殿を見捨てられなかったノスリの手で、私の魔法薬はアドルド殿へと使われた。


 効果は、覿面だった。

 通常の数十倍の速度で治癒は進み、その勢いは希少な回復魔法を凌駕しかねない。

 ノスリは多大に感謝され、私の店は潤った。ただ私への感謝は、微塵も無かった。そんなものだ、この世界など。


 やさぐれかけた気持ちを立て直したところへ、ノスリが来た。薬草鑑定の確認を頼みに来たようだ。

 青いラインの入った白衣は、免許を取得した薬師のみが着ることを許される。ノスリはまだ見習いの立場である為、私が作った白シャツと、黒く長いエプロンを身につけている。首元に揺れるのは、この店の由来でもある虹水晶というただ綺麗なだけの石だ。弟子と成った、その証である。


「ししょ……アドルド様、おはようございます、いらっしゃいませ」


 冒険者時代に取得したという、営業スマイルを披露して、ノスリは籠一杯の薬草を机に置く。後はノスリに任せておこう、とすっぱり切り替えて、薬草のチェックを開始した。ふむふむ、段々と精度も上がっているようだ。10本に9本は正解、といったところだろうか。


「ノスリ、またそんな量をやらされているのか」

「え? あ、ああ、薬草ですか? 修行ですし……」

「修行にも限度はつきものだろう」

「はぁ、そう、でしょうか?」


 よく似ているから混ぜておいた毒草も、しっかり抜いてある。感心感心、この前教えたのを、ちゃんと覚えているというわけだ。

 ……などという現実逃避は、そろそろやめにしよう。間違っていた薬草を省き、別の箱に納める。そして、張りつけた笑顔の裏で呪詛を吐いていそうなノスリへ、声をかけた。


「よくできている。ノスリ、これはお前が扱いなさい」

「本当ですか? がんばります!」


 営業スマイルを崩さないノスリに、つい拍手を送りたくなる。その背後で、凍てついた瞳をさらに鋭くしたアドルド殿がいるが、気にしてはいけない。

 毎度毎度、大量に購入頂いて有りがたい限りだ。


「それでは会計はいつもの口座に。まだなにか御入り用ですかな、アドルド殿」


 箱を抱えて嬉しそうに作業部屋へと消えていくノスリを、名残惜しそうに見つめるアドルド殿。分かっている、よくよく分かっている。貴方が何を言いたいのか、おおよそはとりあえず、察しているから、だから。

 ぱちり、と指を鳴らして、積み上げた箱を全て抱えあげられるゴーレムを喚ぶ。アドルド殿がハッとして私を睨んできたが、あんまり怖くはない。サシでやりたいなら、全力で迎え撃たせて頂くが。


「またどうぞ。ご注文の追加は、お早めに」


 そうどこか皮肉に告げると、色々と勘違いしてくだすったアドルド殿は、ゴーレムを連れて足早に店を出ていく。そうだ、さっさと行ってしまえ。


「いきましたか?」

「いったよ」

「遠くへ?」

「次の受け取りまでは、この店には来ないと思うよ」


 作業部屋からひそやかに出てきたノスリが、ため息をつく。


「あれ絶対、俺狙いっすよね」

「そうだねぇ」

「師匠、なんとかならないっすか」

「年齢と恋人いない歴が同じ私に、何故アドバイスが出来ると思っているんだい?」


 至極真面目に答えると、ノスリは何とも言えない寂しそうな顔をした。


 ノスリは、かつて盗賊だった。ダンジョンに潜る盗賊で、共にダンジョンに潜っていた仲間を、罠と凶悪な魔物で失った。彼の体に残るやけどは、そのときの跡。

 彼はそこで、結婚を誓い合い、唯一無二の相棒であった剣士を、失った。無論男である。

 未亡人かつその貞操を一人に捧げる、軽薄な言葉づかいとのギャップも大きな、一途で純情なプラトニックラブな奴なのだ。


 まあそんな奴だから、一度の助けで言いよってくるアドルド殿が、気に入らないのだろう。片時も外さない指輪を見ても諦めてもらえないから、余計にいらついているらしい。彼に機嫌を損ねられたら、私の店が回らなくなる。

 ……まさかあの人、これが初恋じゃないだろうな。

 そう思ったら余計に頭痛がしてきたので、考えるのをやめた。


「大口のお客様だから、まあがんばっておくれ」

「……はぁ、分かりましたよ」

「すまないね」


 色々と本当にめんどくさい。そんな感想を師弟で抱え、諦めじみたため息を二人でつく。

 そうしてなんとか気持ちを切り替え、残る開店準備にかかるのだった。


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