1、トリップ女子、職業:魔女
ふと思い立って書いてしまいました。
力士とアメフト選手が最強の魔法兵団の世界から、イケメンであるほど魔力の高い世界へ来てしまったかんじ。
ことことと、何かが煮える音がする。寝心地の良いソファから身を起こすと、すでに西日も陰り、夜の気配が漂っていた。
キッチンで飛び交う鍋と、火。私が起きた気配に気づいてか、くるりと振り返る影。
「師匠、もうじき晩飯なんすけど」
「ああごめんノスリ……しっかり寝てしまった」
「別にいいッすよ」
ソファから降りて、体の上にかかっていた白衣をぱんぱんと叩く。ハンガーにかけてから、薄手のカーディガンを羽織った。テーブルの上に、近所で有名な食パンと、カラフルな野菜サラダが並んでいる。鍋で煮えているのは、匂い的に牛肉とトマトの何からしい。
「あんだけドンチャン騒ぎ起きて、疲れない方がおかしいですってば」
「ノスリは疲れてないの?」
「魔法連発した師匠に比べたら、疲れてないっすよ」
やや呆れたような弟子のノスリに、私は確かにそうだと思う。
首筋に、大きなやけどの跡がある彼。元はダンジョンに潜る盗賊だったノスリは、怪我と共に仲間を失った。安定した生活を求めた彼は、私のもとに来たのだ。
虹水晶薬局は、私が経営する小さな薬局。薬師ギルドの徒弟制度を活用して、弟子として住み込みをする彼は、その粗野な口調と外見に反してよく働くし真面目である。手先も器用で、私が作る薬のレシピを覚えるのも早い。
「それで師匠」
「うん」
「寝てる間、畜生めって寝言言ってました」
「……言うかもしれない」
酷く納得して頷いた私に、ノスリは首をひねる。
「そんなに納得いかない夢だったんすか」
「納得いかないさ。……私が《転移者》だという話はしてあるよね」
その言葉に、ノスリは色々と悟ってくれたらしい。
《転移者》。そう、私は、厳密に言えばノスリと同じ世界に生まれたわけではない。
異世界トリップから始まるラブロマンスは、古今東西色々とあると思う。
その色々に当てはめれば、あの時私はきっとヒロインで、これからめくるめく出会いがあってもおかしくない。そんな状況だった。
さっきまで見ていた夢は、その時のことだ。
濃い緑に包まれて、あの日の私は呆然と立ち尽くしていた。
「なんてベタなの」
あまりの展開に、私は呆然と呟く。まさか家の階段を下りる最中に、突如としてどこかも分からない山中に放り出されるなんて。
「特級魔法師の肩書きが号泣ものじゃない!」
どこから。一体どこから、この転移魔法は発動していたんだろう。現場に残された魔力の残滓に干渉、解析を実行。数秒もせずに終わったそれに、私は呆然とした。解析しようがなかったからだ。
「うそでしょ……自然発生型のイレギュラー転移? まさかの異世界トリップ!?」
悲鳴をあげて頭を抱える。体を揺すると肉が揺れるけど、そんなこと気にしている場合じゃない。
解析魔法は、私の得意分野では無い。こんな自然に出来た魔力だまり同士による、一瞬の世界の境界面接触による転移なんて、解析しきれるはずもない。
事態を理解したら、立ち尽くすほかない。
まずい、非常にまずい。多重に重なり合う世界同士が接触する、その一瞬。そこに巻き込まれて転移してしまったという事例を、読んだことが無いわけじゃない。けれどその時に転移に巻き込まれたのは。時空解析を専門とする、次元系統の魔法師。だからなんとか帰還できたし、救難信号を送ることもできた。
けれど私の専門分野は、薬品だ。
その道ではかなりのエキスパートだと自負はあるけれど、かわりに専門外の分野にはとことん弱い。簡単なものは真似出来ても、それ以上のことは不可能だ。
「帰還、遭難信号、どれも通用しそうにない……うわぁ、まずい。非常にまずいわ」
一縷の望みは、次元系統の魔法師の探索によって、運よく私のログが元の世界と他の世界の隙間に見つかることだ。そうすれば、そこから帰還も可能だろう。
ただ問題なのは、それがほぼ天文学的な確立の上に成り立っている、ということだ。
次元系統の魔法師は、とかく数が少ない。私の知り合いにも居ないことはないが……、まさか私を探す為にあの膨大な量の次元系魔法を行使することはないだろう。あまりにも莫大な魔力を消費するので、発動する時は国の許可が必要になる、それが次元系魔法だ。魔法師本人が死ぬ可能性もあるし、一人を救うために発動させるかどうかというのは、実にシビアなところだ。
「……最初からフラグばっきばきね、本当」
これが、召喚だったらよかったというのに。そしたら少しは、安心できたのに。
「こんな山の中からスタートとか、本当。最強系のトリップものみたい」
私は思わずそう呟いて笑ったと、洒落にならないと身震いする。
そうだ、洒落にならない。本当に。
遠い目から戻ってきた私を、ノスリが整えたシチューが出迎える。トマトと牛肉がベースの、ビーフストロガノフみたいなシチューみたいな、煮込み料理。こちらを窺うようなノスリの眼差しに、ああ、と笑みを作る。
「大丈夫、ただの夢で現実だから」
「まあ、そうなんですが。……あ、スプーンどうぞ」
「ありがとう。それじゃ、いただきます」
「いただきます」
ぺこりと頭を下げ合って、私たちは夕食を取り始める。それなりに広いここは、店舗の二階にある居住スペースだ。《転移者》であるということを含め、私の腕を買ってくれた薬師ギルドの長の紹介で得た、かなりの良物件である。
転移の衝撃からなんとか脱した私は、自分の魔力を使いきる覚悟で、安心して暮らせる場所を得ることに全てをかけた。聖女とか神子みたいな状態でもなければ、どこぞの貴族の前に放り出された訳でもないので、情報は自分で入手しなくちゃいけない。
しかし、私の体格や顔面が、ハンデになってしまった。
端的に言うと、私の体格は女性としてはデブの一言であり、顔面はブスの一言なのである。
元の世界なら、これは魔力が極端に多いことを示していた。ぶっちゃけ魔法はエネルギー勝負、みたいなところが結構あって、力のある魔法使いはカロリーの蓄えが多いデブか、大量のカロリー消費に耐えられるアスリートばかりだ。
アスリート方面だったとしても、マラソン選手とか陸上のスタイリッシュさより、ラグビーやアメフトやレスリングみたいな体格のほうが強い。つまるところ、女子だろうと骨太かつムキムキなのが良かった。
このむっちり体格と丸顔は、ある種ステータスだったのだ。
ちなみに世界屈指の魔法兵団として名高かった日本の力士は、この世界には影も形も無い。魔法を扱う源である、魔力量をしめす基準が、まるで違うし文化も違うので当然だ。
いや、魔法があるということそのものに、感謝すべきだったのだ。
そう分かったのは、目に見える金の流通がある、ある程度大きな街に辿りついた時だ。
「なんでこんなイケメンだらけなんだ……」
魔法による入国審査を終えた私の一言目が、それだった。道行く連中が、ことごとく男なのだ。しかも、何故か、妙に、顔が良い。
この街に辿りつくまで一カ月ほどサバイバル生活をしていたとはいえ、デブス系統であることに変化はなかった私からすれば、立ち止まってしまうほどのイケメン大洪水だった。おかしい、途中立ち寄った村々では、女性も少ないとはいえ存在していた。どういうことだ。
果てしない疑問を胸に道を歩くが、彼らの反応は悪い方向に微妙なものだったのを、今でも覚えている。なんだあのブス感が、わりとにじみ出ている。
色々と思うところはあるが、元の世界と美醜の判断はそうずれていないらしい。元の世界でも、魔法師同士の結婚が一般的だった。まあブスとブスでブスみたいな、そんなあれだ。もちろん美女とブスもあれば、ブスと美男もあったが。
デブの部類に入る女性魔法師でも、大方は問題なく結婚できる。
ただ早くから才能を発揮してしまった魔法師の大半は、色んなものをこじらせたまま独身を貫くことが多い。私はこの、こじらせ勢に入っていた。
魔法薬の作成において、早くから才能を発揮していた私は、ほぼ学校に通っていない。魔法師の為の学校は数多あるが、私の才能はそこに適応できなかった。端的に言えば、多数の中で上手くやるということが出来ない、性格的に難ありな性質だった。
けれどそれほどの才能だったからこそ、この異世界でも通用できたとも思う。
「薬師ギルドはどちらに?」
この異世界で、魔法薬を専門に作る魔法師は、薬師と呼ばれているとは分かっていた。それをまとめるギルドのような、商売組織があるはずだと踏んでの問いかけだ。
入国監査の魔法師は、特別驚いていない。
「ございますよ。この道を曲がって、この通りをまっすぐ御進みください」
地図を片手に説明を受けて、私は雑踏を通って行く。時折視線が絡むが、それ以上のことはない。
けれど本当に、男ばかりだ。
ほどなくついた薬師ギルドの中にも、女性の姿は見当たらない。妙なものを感じながら、受付のカウンターへと向かう。
「ここは薬師ギルドですか?」
「ええ、そうです。登録ですか?」
「ああ。ただ、ちょっと田舎の方から来たんで、ここでも同じ仕組みか分からなくて」
そう問いかけると、受付の男性が頷く。
「分かりました。当ギルドは、オルバーン国薬師ギルド南方支部です。登録の際には、薬師としての国家資格所持を証明するもの。もしくは、登録試験を受けて頂くことで登録が可能です」
「登録試験?」
「ええ。貴方の様に、田舎から来た、という薬師の方の中には、師匠に直接従事することで薬師としての技術を身につけている方もいます。そういった方の為に、国家試験と同等の登録試験を受けて頂くのです」
ほう、と私は頷いた。
「ではその登録試験を受験させてください」
結論から言えば、試験に難なく合格した私は、薬師ギルドの長に眼をつけられた。私の魔法薬の製法は、元の世界の製法だ。そのやり方に感じるものがあり、長は私に《転移者》の存在を教えてくれたのだ。
つまり、一定数、私と同じように他の世界から来た者がいるということだ。
「どうして魔法薬の製造を元の世界の方法で行ったんだ? 隠す必要もあったんじゃないか?」
「賭けです。私と似た境遇の人がいると、認識されている世界なのかどうか、確かめてみたくて」
長にその答えが気に入られて、私はこの世界のことを色々と教えてもらえた。
男だらけになったのは、ここ200年前後のことだ。女性だけがかかる奇病が流行り、女性の人口は激減。結果として、9割に近い女性が亡くなり、国の存亡にすら関わった。その中で、男同士でも子供を産む技術が開発された。
すると驚いたことに、男女のカップルから生まれた子供より、遥かに能力の高い子供が生まれてきたという。
女性が全くいなくなった地域だって珍しくないほど、女性の減った世界。
抵抗の無い者は殆ど、男性同士での子作りに励んだ。やがて人口は回復したが、男女比率は9:1の状態。それどころか、男女で子供を作らない限り女が生まれなくなってしまったので、男性が増える一方となった。
そしてこの世界では、魔力が高いほど魅力的というか、いわゆる美形になるという。
なるほど、私が妙な者を見る目で見られる訳だ。この顔では、よほど魔力の無いものに思われたに違いない。もう数も少ない女性であれば、なおさらだ。この調子で行けば、この世界から女性と言う性別は、自然淘汰されるだろう。
そんな場所で、薬師ギルドの長の紹介もあって、私はなんとか自らの店を持つに至った。魔法薬の品質に関しては、自信がある。あるのだが、不細工な女のやっている店というだけで、客足が遠のいた。
魔力が低い証なのだから、効果が薄いと思われたのだろう。魔法薬の品質には、製作者の魔力が関わるケースもある。ならば魔力が高い、つまりイケメンがやってる店に行くのがベストという訳だ。
「どうにかイケメンのアルバイトを雇いたいんです」
「はっきり言って、女性経営者の店は評判悪ぞ? ヒガミ、妬みが凄いからって、勝手に想像されて敬遠される。それでも募集かけてみるか?」
薬師ギルド長の言葉は、正しかった。
最終的にアルバイトなど一人も来なかった私は、徒弟制度を使うことを勧められた。徒弟制度とは、薬師を志す若者を弟子として雇い、働いてもらいながら教える制度だ。ここでも、私のもとには全くと言っていいほど、立候補者が居なかった。
最終的に、どこにも雇ってもらえなかったノスリが、我が店へ来たわけだ。
ノスリは才能がある。才能はあるが、その首筋についた巨大なやけどの跡が原因で、どこにも雇ってもらえなかった。
最初は、私の様な不細工の弟子と成って、さぞかし不服だったのだろう。言うことの半分も聞き入れない始末だったが、ある時私が失敗作だからと放置していた簡単な回復薬を見つけて、卒倒した。あんなに綺麗に人が倒れるところを、私は初めて見た。
気つけの魔法をかけて回復した彼は、食い入るように私に尋ねてきた。
「し、師匠、これが失敗作!?」
「新しい方法を試してみただけだ。まともなもんじゃない」
「馬鹿言わないでください! これ、普通の店ならうちの一番安い奴の倍出して置きますよ!」
マジか。
驚愕した私は、ノスリに全部の商品を見てもらった。ノスリは驚き青ざめ、疲れ果てて、最終的に土下座した。
「お願いします、俺に、俺にもう一度チャンスを下さい!」
ノスリの中で私は完全に、隠れた凄腕薬師になっていた。落ちつかせたノスリに、追い出すつもりなど微塵も無いことを伝え、私の方法での薬が作れるかを試してもらったりなんだりして、現在に至る。
殆ど上の空でもぐもぐと煮込みを頬張っていた私に、ノスリは心配そうに顔を覗き込んできた。
「師匠、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ノスリが土下座してきた時のこと思い出してただけ」
答えると、忘れてくださいよぉ、とノスリが言う。分かった努める、とだけ言っておいた。
「まあ、とりあえず今日は早く寝ようか」
ふふふふ。
含み笑いをしながら、私はぼんやりと考える。
男だらけの世界と知って、実は一瞬だけ胸がときめいた。もしかしたら、こんな不器用な、そもそも伝え方すら知らない私に、恋なんて言う響きを教える出会いがあるのではないかと。
もっともそれは、まさに夢幻であったわけだが。
ロマンスの神様などいないこの世界で、私は明日の為に金を稼ぐ。ある程度稼ぎ、ある程度裕福に、ある程度害無く死にそして。いつの日か、元の世界に戻れそうな予感を捨てずに生きておこう。
これは、そんな私と弟子のノスリが営む、虹水晶薬局でのお話。
なんてね。




