85 水盆
◯ 85 水盆
驚いた事に、カジュラの事まで綺麗に忘れていた倉沢さんは、カジュラに初めましてと挨拶したらしい。
「いや、いつの間にやらおかしな事になっていて、どうしたら良いのか久々に悩みました……」
頭を掻きながらカジュラは参ったと言った表情だった。まだ皆に業を教えていたらしく、倉沢さんには教えた事も全部綺麗に忘れられてしまってがっくり来たらしい。
「そうだね、ビックリするよね? カジュラなんてまだ良いよ、僕なんて空気になっちゃったよ」
「はあ、それも聞きましたが……いやはや、人間とは面白いですね」
どうやら今日は倉沢さんの事で毒気を抜かれたのか素のようだ。うん、言葉もこのくらいが良いよ。
「それで、今日もダンジョンの素材集めだよ?」
それと資金の調達だ。今日は第八フィールドの森のダンジョンに来ている。
「はい。お供致します!」
「こっちはダラシィーだよ」
「よろしくお願い致します!」
カジュラは丁寧に挨拶している。ぬいぐるみの実力を分かったので冒険者らしくぜひとも剣のご教授をとか言っている。ダラシィーは確かに剣を持っている。レイピアとか言う細い剣だ。カウボーイハットにブーツのウエスタンな衣装なのに剣装備だ。
「銃じゃないんだね」
「ここに合わせておきました。衣装はぬいぐるみなので創作として許容範囲です」
「そうなんだ。ガリルが許可したんだ」
そう言えば獅座達も着物を着ていたと思い出した。
「当然です」
ベストの後ろに朱金の羽根の刺繍がされている。翼の生えた猫は何となく分かる、多分そういう意味だろう。
「じゃあ、頑張って行こう!」
この日は緑の毛の狼だとか、水玉模様の熊が出てきたり、にゅるにゅるとした触手の魔物が出てきた。普通に森の動物達もいたのでそれは放置して進んだ。
奥には巨大蜘蛛が出てきたり、蛾の大群に襲われたり、眠気を誘う胞子を飛ばしてくるきのこの化け物が出たりした。眠りの耐性があってよかったよ。カジュラが突然倒れるし、僕も欠伸が止まらないからスフォラが気が付いて、ダラシィーに胞子を焼かせてなんとか事無きを得た。
その後のきのこ狩りは楽しかったかも知れない。勝手に笑ったり変な幻覚が出たりとずっと笑いっぱなしだった。カジュラは何故か謝ってばかりだったけど、ちっとも気にならなかった。
これは後でマシュさんが調べたら大量のきのこの一部は麻薬の一種だと判明した。薬作りに良い物を持ってきたと褒められたが、また採取してこいと言われた時は断りたかった。何か反動で気分が悪かったからだ。
森の少し奥の紫の梟は魔核を落とす魔物だった。鳥のくせに魔法で氷の矢を飛ばしてくるなんて変だとは思っていた。
この森のダンジョンはかなり深くまであって、余り奥の捜索はされてなかった。確かにここのエネルギーは澱んでいる。それも一番大きい澱みがあるので警戒地区だ。次がオレンジの湿地帯だ。
きっとあそこ並みに変になっているに違いない。
そんな感じでこの日の採取が終った。いや、ちゃんと依頼の強力な接着剤になるにゅるにゅる触手は提出したし、その他も取りすぎた物はギルドに売り払ったので良い金額になった。
「今度は泊まりだね……ダンジョンで眠るのってどうするの?」
「ここのダンジョンで泊まりは……かなりの強者でないと難しいです」
少し考えている。もっと調査しないと困るしな……。
「そっか。カエルの湿地帯もあの奥を調べてないし、色々探検しないとデータが揃わないし、穴があいてるよりは良いからね」
最奥に行っている冒険者は出ていないのでどんな様子かを見るだけで良いのだ。悪魔がいましたとかだと笑えない。
「最悪はぬいぐるみ達を集めてのパーティーも良いけど、ここの人達のトップも見てみたいし、洞窟のダンジョンも本当は三日ぐらい賭けて潜るんだって聞いてるよ」
「ふむ、いきなりレベルの高い所は難しいかと思われますので、比較的優しい初中級辺りから初めてはいかがでしょう? それでしたら仲間内でダンジョン内に三日間は籠って勧めると思います。ただ洞窟のダンジョンは手長ワームの巣があるのでそこさえ超えれれば後は蜘蛛と岩鼠とがいて、宝石が取れたと聞いています。その奥は荷物の関係で余り行けてませんし、報告も無いですね。更に行くと鎖でつながれた牛人間がいるとかそんな伝説はありますが、実際はだれも見てません」
牛人間……ミノタウロスとか? 違う事を祈ろう。
「蟻は出ないんだね?」
「道を変えると出ます。そっちに進むと奴らの巣に飛び込むので帰って来れません」
目を逸らしたカジュラはかなり怖がっているみたいだ。
「うわ、嫌だねそれは」
でもそっちが本道なら調べないとならない。潜ってどう出るか……蟻に囲まれるのは勘弁したい。ギルドのお金の半分をカジュラに渡して活動資金として貰う。
「そういえば、神の使いとしては印があったほうが動き易いのかな?」
「表立っては彼らがいますし、私は裏から手を回すほうが向いておりますからね……」
確かにシュウ達は有名だ。顎に手を当てて考えているみたいだ。
「そっかヴァンパイアだとずっとそうしてたんだね?」
「まあその、そうなりますね。やってきた事を考えれば下手に表に立つよりはやり易いかと。確かに憧れますが、この腕輪も印と言えば印なのです。私にはこれも誇りですので」
通信の腕輪を見せてくれた。もう、ガリルもマシュさんのおかげでかなり良くなってるし、もう少し良い物にしても良いんだけど、気に入っているのならもうしばらくそのままでも良いかな?
でもこれからは映像も撮ったほうが何かと便利だ。カジュラは神界入りになるかもしれないし慣れてもらうには考えても良いかもしれない。マシュさんに相談してグレードアップして貰おう。
「その内余裕が出来たらもっと良い物と交換するよ。それ、指輪もあるからもし、カジュラが仲間に入れたい人がいるなら渡すよ?」
指輪があれば、仲間内で連絡が取れる説明をした。
「そのように信頼をして頂ける等嬉しい限りです。このご恩は決して忘れません。…………そうですねハイエルフの族長とは冒険者として一緒になって色々やっておりまして、本人に聞いてみます。あの神域を感じれば否やは無いと思います」
「族長なんて良いの?」
時々会っているとは聞いているけど、冒険者なんだ。
「三人いますね。三人が議論で決める事が多いですかね。エルフの里ではずっとそうしていると聞きます。力と知識、見識のある者がやるべきだと決まっております。仲の良い一人がそろそろ後輩に譲ると言っておりましたから、暇になると思います。老後の楽しみにと誘ってみようかと」
世代交代なのかな?
「老後……。まあ良いか。エルフとは余り接触がないからフォローしてね?」
「勿論です。彼らは精霊魔法を時折使っておりますが、昔程は精霊の力が無いと言っていました。そしてこの何十年と力が使えずにとうとう里を捨てることにまでなり、嘆いておりました。ここが元に戻るというのならと……しかしあそこの瘴気に正直躊躇しております」
少し眉をひそめて戻って来れるのか疑わしい様な事をにおわせている。
「そうだね、気に敏感だって聞いてるから、まだ難しそうかな。もう少し経ってからの方が良さそうだね……」
「視察には今度来てくれますので、あの神域は必ず気に入ると思います。あそこは小川の水を引いたのですか?」
「あ、うん。何となく、水と緑の精霊が多かったんじゃないかなって」
小川の水を少し地下から誘導して、建物の中央の水盤からほんの少しだけちょろちょろとだけど出る様にした。その水は水盤からこぼれた後は小川に戻る様にしてある。光の浄化を受けるので瘴気臭さは抜けてる。
「はい。あそこの建物が人族に見つからなかったのは幸いでした。あの装置を壊されてた時の族長の怒りが目に見えます……」
ブルブルと震えているカジュラは怒りを買った事があるんだろうか? 何かそんな気もしないでない。
「じゃあ、今日はありがとう。またね」
「はい。いつでも御呼び下さい」




