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第二十二話:鬼の撹乱

第二十二話

 吸血鬼は身体が頑丈で、たとえミサイルの直撃を受けてもへっちゃらである。

 由乃から聞いた話だ。俺は吸血鬼にミサイルが直撃したところを見た事がない。子の話については何とも言えない。

 幽霊とか、自分の目で見てみないと信じない派なんだよな。試しにぶつけてみたい気持ちもほんの少しだけあるけど大丈夫じゃなかった時を考えると試すなんて出来やしない。

 ま、とりあえず頑丈な吸血鬼も風邪はひくらしい。

「由乃ちゃんも風邪をひくんだ」

「そりゃあな、ひくだろうなぁ。五月と言えど、風呂上がりにいっつもあんな恰好をしていたら」

 幽霊がいると言う事を信じる切っ掛けになった、ユウカと一緒にコーヒーを口にする。幽霊も飲み物飲めるのかよという突っ込みはこの際、無しだ。

「本当、凄いプロポーションだよね。胸なんてぼいーんだし、腰もきゅっとしまってる。おしりだってあれなら満足しちゃうよね?」

「誰に同意を求めているのかしらんが……まぁ、そうだな」

 風呂上がりは下着でうろうろする。疲れて帰ってきたらそのままソファーでパンツ丸出しで寝る、休みは前全開のシャツで朝起きてくるなど……俺の存在にも完全に慣れてしまったようで注意してばっかりだ。

「何よ、あんたはもう家族みたいなもんでしょ?」

「それは嬉しいが、ちゃんと服は着なさいっ」

「わかったわよっ」

 目に毒である。性質が悪い事にテレビをそのまま見るときは俺の隣にやってくるから気になって仕方がない。

 わざとやってんのかよと思う時もあるけれど、そうではないらしい。朱音さんに言わせるならそれだけの信頼を由乃からしてもらっているそうだ。つまり、下心をもって由乃に接すると嫌われること間違いなしだな。

「わたしお見舞いの品買ってくる。冬治君は先にお見舞いに行ってて」

「あ、おい……お見舞いって」

 二階に寝ているだけだぜ?

 病院に入院しているのならお見舞いも必要だろうけどさ、一つ屋根の下なら別にいいのではないだろうか。

 そこまで重症ってわけでもないし、ご飯を食べるときは自室から出てくる。

「……しょうがない、行くか」

 朱音さんは既に仕事(NKKなのか民間企業かは知らない)に行っており、まだ学園に向かうには余裕のある時間だ。

 由乃の部屋の前に立ち、扉をノックする。

 少し待つが、返事はなかった。

「由乃、入るぞ」

 寝ているのかもしれないが、もしかしたら布団を蹴飛ばしているかもしれないので勝手に入る事にする。

「……お邪魔しまーす」

 扉を少しだけ開けて、身体を滑り込ませた。

 部屋の中はいたって普通の女の子……ではなく、数台のパソコンにファイリングされた資料が本棚にひしめき合っていた。

 他にはこれと言って家具が置いてない。実質剛健という四文字熟語が右から左へ流れていく。

「およそ花も恥じらう乙女の部屋とは思えないってやつか」

 ベッドの方へと向かう。吸血鬼だからと言って棺桶があるわけではなく(NKKの中には雰囲気を大切にしたいと言う吸血鬼がいてその人は棺桶で寝ているらしい)、普通のベッドだった。

「はぁ……はぁ……」

 パステルブルーの掛け布団から顔だけ出して苦しそうに喘いでいた。

 これ本当に風邪か? 吸血鬼が苦しむなんてどれだけやばい風邪だよ。さっきご飯を食べたときは何とも無さそうにしていたけれど、やっぱりきついんだろうな。

「由乃、大丈夫か?」

「冬治? だるいんだから起こさないでよ……」

「悪い。何か欲しいものはないか?」

 飲み物だろうか。それならすぐ近くに行けば買える。もしかしたらユウカが買ってくるかもしれない。

 眼を開けて由乃は言った。

「血が、欲しい」

 普段は黒い瞳をしている由乃が、今では瞳を真っ赤に染めていた。月光を浴びたり、血が足りなくなると目が赤くなると由乃から教えてもらった事がある。

「そうか、それじゃあ飲んでくれよ」

 そういって俺は由乃が身体を起こすのを待つが、一向に上半身を起こさない。

「由乃?」

「ちょっと、身体を起こすのは無理」

「本当に大丈夫なのか」

「何とか」

 身体を起こすのも難しいとかこれ、どう考えても風邪じゃないだろう。それとも、吸血鬼の風邪ってここまで酷い症状が出るのか。

 由乃の口元へ自分の首をもって行くけれど、それでも駄目らしい。

「どうすりゃいいんだ? 注射器で血を抜いて渡すか?」

 この部屋にも注射器はあるかもしれないので探すが、見当たらなかった。吸血鬼の中には持っている奴もいるという話を聞いたので思い出したが無駄足のようだな。

 机の上にはパソコンと風邪を引く前に撮った朱音さん、俺、ユウカ、そして由乃が写った写真が置いてあった。今の由乃とは別人みたいだ。

「ベッドの中に入って来て……」

「……マジかよ」

 添い寝するような感じで俺はベッドの中に入り、何かが引っかかった。

「ん? ブラジャー……?」

 そのまま静かに掛け布団を捲っていき、途中で、戻した。

 由乃、お前……素っ裸で寝ているのかっ。

 この状態で一緒に入っていいのかよっ。ぐえっへっへっ、それじゃあ遠慮なくいただきますっ……。

 と、いう心境になるわけもない。何せ、由乃は風邪をひいているのだから。

「ほら、これでいいのか?」

「……うん」

 俺の首元によわよわしい力で噛みつき、傷を作る。傷は血を飲み終えれば完璧にふさがるんだから不思議なものだ。

 それからたっぷりと時間をかけて血を吸い続ける。そろそろ、俺の意識も遠のき始めたところで由乃は目を開けてこっちを見た。

「だいぶ、よくなったわ」

「そうか、そりゃあ、よかった。他に俺が何かできることはないか」

「じゃあ……って」

「え? 聞きとれなかったぞ」

 声はいつもの調子に戻ってはいない。ところどころ聞きづらい所がある。

「早く、この部屋から出て行って」

 はっきりと拒絶の意思が込められた言葉だ。顔は先ほどよりも赤くなっていた。

 せっかく血を飲ませてやったのに用事がすんだら出て行けだなんて酷い奴だ……と、少しは思う。でも、また熱が出てきたようだし、顔も赤くてつらそうだ。

「ああ、出て行くよ。邪魔したな」

 由乃は病人だ。そして、すっぽんぽんだ。意識がある程度戻り、自分が裸であると言う事を思い出したのだろう。

 こんなところ誰かに見られたら大事である。それに、俺が動く事の出来ない由乃でお楽しみしようとしていると思われかねないからな。

 部屋を出たところでユウカに出くわした。

「由乃ちゃんは?」

「俺の血を吸ってある程度回復したみたいだよ」

「そっか、さすが吸血鬼」

 にこにことユウカが笑っている。手にはジェル状のドリンク剤が握られていた。他にも風邪に役立ちそうな何かが色々と入っているようでネギまで入っていた。

「それ、飲ませてやってくれよ……ところで、そのネギはおかゆにでも使うのか?」

「ん、これ? さすの」

「さす?」

 刺す? 一体、どこに刺すのだろう。

「よくわからないけどあまりあいつを驚かすなよ。最近じゃ、ユウカにも慣れたみたいで驚かなくなったけど今は病人だからな」

「はいはい了解。ところで、冬治君。その手にあるブラジャーはどうしたの?」

「ああ、これか……これは……ブラジャー?」

 由乃のだ。しまった、普通に掴んでそのまま持ってきてしまった。完全に、引かれるだろう。

 だったら、言葉は決まっている。

「俺のだ」

「ええっ?」

「……というのは、冗談だ。血で汚れていたから洗濯機に持って行こうと思ってな」

 精一杯の嘘である。

 そんな俺を見てユウカは悩んでいるようだ。これは苦しい判定だろうか。

「うーん、冬治君」

「何だ」

 内心、びくびくしっぱなし。

「たとえ由乃ちゃんの身体に慣れてしまった……下着姿も見あきたなんて思ってはいけないよ。そうやって無造作に下着を掴んで扱っちゃうところみたら由乃ちゃんが傷つくよ」

 そうだろうか? その程度で傷つくほどあいつは柔じゃないだろう。

 俺はユウカに由乃を看病するよう告げて学園へと向かうのだった。

 学園から帰ってくると、その日の晩には復活していた。

 お帰りと言われて以降、一切話をしてくれなかったのは俺がブラジャーを部屋から無断で持ち出したからだと思いたい。


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