返す相手 ❖第14話辺り~第15話のエーヴァルト視点【ラフ画付き】
本編『AIと一緒に異世界で薬膳喫茶をオープンしてみました』第14話辺り~第15話のエーヴァルト視点です。
が、本編 第17話「広がるもの 下」までを先に読まれるのがオススメです(*´ω`*)
瑞果の日の午前中―― (※ 5番目の曜日)
工房の裏手には、乾いた木の匂いと削り屑の香りが漂っていた。
俺は図面を広げたまま、請け負っている仕事の進捗を確認していた。
今月は住宅の修繕が3件、納屋の増築が1件。それから職人街外れの店舗改装が1件。
どれも大きな遅れはない。
この調子なら予定通り進むだろう。
図面へ書き込んだ数字を見直していた時だった。
「おはよう、エーヴァルト。今、いいかい?」
久しぶりに聞く、覚えのある女性の声がして顔を上げれば、工房の入口からマルダさんがこちらに向かって歩いてきていた。
表側では兄貴――ハーゲンが豪快に鉋をかけている。
当然、まず兄貴の姿が目に入ったはずだが、挨拶だけ交わして真っ直ぐこちらへ来たらしい。
「マルダさん」
軽く会釈を返し、考えられる要件を思い浮かべる。
さて、何だろう。
ヴォルクさんとマルダさんの家は、まだ建てて十年も経っていないが、何か不具合でも出たか。
そう考えながら立ち上がった。
「どうしました?」
「棚をちょいと見てほしくてね」
棚。それなら大した話ではなさそうだ。
「分かりました。一度見に行きましょう」
図面を片付け始めると、マルダさんが苦笑した。
「見てもらいたいのはウチじゃあないんだよ」
「……?」
手が止まる。
ならどこだ。
職人街の誰かか。
そう思った時だった。
マルダさんが少しだけ周囲を見回し、声を落とした。
「炉端亭だよ」
思わず眉をひそめた。
――炉端亭。
ゲンラートさんの酒場だ。
ゲンラートさんが、息子のレグナスとその子どもに会いに、帰ってこれるかも分からない旅に出て半年以上――ずっと閉まったままの店。
「……ゲンラートさんが帰ってきたんですか?」
尋ねながらも、どこか違和感があった。
もし本人が戻ったなら、自分で来るはずだ。
わざわざマルダさんを寄越したりしない。
案の定、マルダさんは首を横に振った。
「いや」
短い返答。
その一言で理解する。
胸の奥が少しだけ重くなった。
そうか。
戻らなかったのか。
離島へ向かう話を聞いた時には止めもした。
だが、あの人は頑固だった。
結局行ってしまった。
そして――戻らなかった。
しばらく黙り込んだ俺へ、マルダさんが続ける。
「ちょっと事情があってね」
事情。
酒場の修繕。
店主不在。
そこで一つの考えが浮かんだ。
「……血縁者ですか」
マルダさんの目が少しだけ丸くなる。
「察しが良いねぇ」
当たったらしい。
俺は小さく息を吐いた。
ゲンラートさんとの付き合いは長かった。
炉端亭周辺の職人なら誰でもそうだろう。
仕事を終えた後、騒がしい連中が帰り、店内が静かになった頃……
酒を飲みながら他愛のない話をする――
そんな時間が、俺は嫌いではなかった。
兄貴みたいに騒ぐ方じゃない。
だから余計に。
あの静かな時間は心地良かった。
ある時、ゲンラートさんが嬉しそうに手紙を見せてきたことがある――
『息子からだ』
そう言って、渡してきた手紙。
数度しか顔を合わせたことのない、15歳で護道に飛び込んだゲンラートさんの息子。
海の街で暮らしているらしい。
伴侶を見つけたらしい。
子供も生まれるらしい。
文面は酷かった。
落ち着きがなく、誤字も多い。
嬉しさがそのまま滲み出ていたその手紙を見ながら、ゲンラートさんと、奥さんのエリアナさんと三人で笑った。
穏やかな時間だった。
「――その子かもしれないんですか」
工房を出た後、歩きながら尋ねる。
「本当のところは分からないよ」
マルダさんはそう言った。
「だけど、あたしはそうだと思ってる」
「理由は?」
「食べ物の好みがゲンさんそっくり」
思わず笑いそうになる。
確かに妙な判断基準だ。
「あと、小柄でね」
マルダさんは続けた。
「年齢よりずいぶん若く見える」
エリアナさん似か。
そんなことを考える。
久しぶりに歩く道だった。
炉端亭へ向かう道。
――半年。
たった半年。
だが妙に長く感じる。
見慣れた看板が見えた時、少しだけ懐かしさを覚えた。
その瞬間だった。
「あっ!」
隣のマルダさんが声を上げる。
視線を向ければ、戸口に黒髪の男が立っていた。
いや。立っていた、ではない。
崩れるように座り込んだ。
「おい、」
マルダさんが駆け出す。
俺も足を速めた。
近付いてみると若い。
二十代前半くらいか。
顔色がかなり悪い。
「とりあえず、中入った方がいいんじゃねぇのか」
そう言うとマルダさんも頷いた。
「ああ、そうだね!」
酒場へ入り、マルダさんがその男をカウンターの椅子へ座らせる。
少しして呼吸が落ち着いてきたようだ。
マルダさんが心配そうに尋ねる。
「……ハルヤ、大丈夫かい?」
「あ、はい……大丈夫です、すみません」
男――ハルヤはそう言うが、声に覇気がなく、顔色も良くない。
「何があったんだい?」
マルダさんは、椅子に座るハルヤの隣にしゃがみ込み尋ねた。
初対面の俺ですら心配になる顔色だ。
マルダさんは気が気じゃないのだろう。
ハルヤは困ったように笑い、少しずつ話す。
騎士を見た。
近くで見た。
怖かった。
緊張した。
気が抜けた。
そんな説明だった。
嘘をついているようには見えない。
実際、騎士団は独特だ。
慣れていない者なら圧倒される。
俺も若い頃はそうだった。
「なんだ、そんなことかい!」
マルダさんがカラッと笑う。
「そんなことって……」
ハルヤは戸惑った様子だった。
確かに、マルダさんにとっては“そんなこと”かもしれない。
だが、“そうじゃない人”もいる。
彼はそっちなのだろう――
マルダさんや俺との会話で、ハルヤも少し安心したようだった。
なるほど。
まだこの街にも、この国にも慣れていないらしい。
「――、俺たち国民を宝として扱う国だからな、何も心配はいらん」
「ありがとうございます……」
俺の言った言葉に対してなのか、ハルヤが礼を言う。
ハルヤが少しだけ表情を和らげた。
それから不意にこちらを見る。
「あの……大工さんの……」
ああ、名乗っていなかったな。
「ツヴァイベルク木工工房のエーヴァルトだ」
「あ、ハルヤです」
立ち上がろうとして、ふらついた。
――危ない!
咄嗟に肩を支える。
支えた体は驚くほど軽かった。
職人街の男達とはまるで違う。
「まだ座っていた方が良さそうだな」
再び椅子へ座らせる。
ハルヤは申し訳なさそうに頭を下げた。
ハルヤを休ませている間、棚を見る。
問題はすぐに分かった。
釘の打ち込み位置と角度が悪く、棚の重みもあって釘が抜けかかっていた。
板自体は生きていて問題ない。
始めのうちはよくても、打ち方が悪けりゃ狂いが出る。
年数が長ければ尚更だ。
幸い、今回は打ち直すだけで済む。
大事にはなっていない。
打ち直せば済むことを伝えると、二人ともほっとした顔をした。
「棚以外に気になるところはないか」
帰ろうとした時、なんとなく聞いた。
店を受け継ぐなら。
多少の改装も視野に入れるべきだろう。
するとハルヤが迷い始めた。
何かあるようだ。
「あるんだな」
「いや、でも……」
遠慮しているのか、それとも言い辛いことなのか。
ハルヤはすぐに話そうとしない。
「いいから言ってみろ」
促し、しばらくして出てきた答えは意外だった。
「窓を……付けたいです」
――窓。
俺は位置を考える。
採光。
それから換気。
そう思ったが違った。
話を聞いているうちに分かったのは、席から外を見たいというもの。
なるほど。
それは悪くない。
だが、防犯面は考えなければならない。
酒場は現金も扱う。
二階が居住スペースにもなっていたはず。
不用意な窓は危険だ。
「鍛冶屋にも声を掛けて格子を付けるか」
自然と口から出た。
格子と、補強金具も必要になるな。
それから石工。
マルダさんのところに付けた突上げ窓は、確か硝子を使っていたはず。
念の為ハルヤに確認を取るが、ぽかんとしている。
何が起きたのか分からないといった様子だ。
「ハルヤ?」
もう一度呼びかければ、ハッとしたように返事がくる。
やはり硝子を付けたいようだ。
となると、硝子はラーグさんだな。
頭の中で施工手順を組み立てる。
声を掛ける職人をマルダさんに伝える。
本来ならハルヤに言うべきだが……
会ったことも聞いたこともない職人の名前を言ったところで、判断は難しいだろう。
マルダさんは安心したように頷く。
当然だ、この職人街の各分野でトップの腕を争う連中だ。
ふと視線を向けると、ハルヤは若干眉を寄せ、首を傾げていた。
やはり、よく分からないようだ。
ハルヤの様子を見たマルダさんが吹き出す。
俺も少しだけ笑った。
表情がよく変わる。
分かりやすい子だ。
酒場を出てそれぞれ目的の場所へ向かう。
マルダさんとハルヤは昼食の準備。
俺はあいつらへの声掛け。
向かう先はブルーノの工房だ。
ブルーノ――こいつが居れば、石を扱う現場で事故は起きない。
それに、俺と同じでゲンラートさんに世話になったんだ。
ハルヤがゲンラートさんの孫だと伝えれば、断らんだろう。
硝子職人のラーグさんと鍛冶職人のアベルは、俺等ほどじゃないが、炉端亭に行っていた。
が、この二人は馴染みとか恩とかよりも、面白そうな仕事を伝えればやってくる。
歩きながら考える。
ゲンラートさんには返せなくなった。
――もういない。
だから恩返しも何もない。
だが、俺は確かにあの酒場で多くの時間を受け取った。
静かな夜。
温かい料理。
気の抜ける会話。
酒の味。
あれは確かに俺の人生の一部だった。
なら――
その店を受け継いだあの子へ返せばいい。
それで帳尻は合うだろう。
――たぶん、そういうものだろうと思っている。
光の刻の陽射しが石畳を照らしていた。
俺はブルーノの工房へ向かう速度を少しだけ上げた。
あの頑固者なら、きっとまた文句を言いながら力を貸してくれるだろうから――
エーヴァルトのラフ画を描いてみたけど、改めて見るとなんか違う…!
顎のシャープさが足らなかったかな!?
ちょっと出直してきます……。




