色彩
筆者:人詠
綺麗な色、穢い色、人々は区別を付けられているようだ。僕はどうだろうか。人々が綺麗と言っている色は白と灰色、穢いと言っている色は黒だ。また別の物で綺麗と言っている色は黒、穢いと言っている色は白と灰色だった。その違いが僕にはちっとも理解できない。僕の世界では白と黒に違いなどなく、ただ形を分けるためだけに存在しているものだと思っていた。そして、今日も白いキャンバスを前に動けずにいた。
「はあ、今日も全く描けそうにないな」
今日も諦めて帰ろうとすると後ろから少女が話しかけてきた。
「君は毎日キャンバスの前で何も描かずに何をしているの?」
僕は動揺した。描けない姿を見られていたと思うと驚かずにはいられなかった。
「別に、どんなに考えても思うような色が出せないから描けていないだけだ」
無愛想にそう答えたが、彼女は引くことなく、近くにあった椅子を開いたままのパレットの前まで持ってきて、座った。
「私が教えてあげる」
僕は美術部ですらない彼女が教えられるわけがないと馬鹿にしていた。彼女は徐に僕の筆を持ち上げ、そっとキャンバスに色を付けた。
「どう? これが赤よ」
彼女が自慢気に見せてきたがどっからどう見ても白っぽい色だった。僕は溜息を吐いて、
「あまり揶揄わないでくれないかな?」
と、冷たい目で彼女のことを見ていた。彼女はその様子を見て慌てた。
「ご、ごめん。次いくね。これが青よ」
僕の目には灰色にしか映っていない。
「もういいよ」
僕のそんな言葉を無視して彼女はどんどんキャンバスに色を満遍なく塗っていった。
「これが緑、これが紫、これが朱、これが藍」
彼女の一生懸命な姿に半ば呆れていた。
「こんな色の何が良いんだろうか……」
そう呟くと僕は1つの色に目が留まった。黒にしか見えないが、なぜかその色がしっくりとくる色だった。僕の好きな絵にも使われている色なのだろうか。
「あら? その色に興味があった? それは黒よ」
そう言われて僕ははっとした。この色は黒く見えるのではなく、黒そのものだったのだ。
「じゃあ、これはどう?」
そう言って彼女は白っぽい色をキャンバスに塗った。
「これは白よ」
まただ。僕の見ている世界は色のない世界ではない。僕が色を見ようとしなかっただけの世界だったのかもしれない。
その日から自分の世界に色が付いてきた。黄、赤紫、シアンの絵具の三原色から赤、青、緑、の混色までも見えてきた。僕は彼女の色もわかるようになった。とても綺麗な色だった。
「ねえ、来週にでもどっか遊びに行かない?」
僕はただもっと知りたかった。絵のこと、色のこと、彼女のこと全てを知りたかった。
「ごめんね、彼との約束があるから行けないんだ」
そう言ったときの彼女の視線は窓の外にあった。そこには誰もが帰った後でも、一人懸命に練習をする男子生徒の影があった。彼の色はとても眩しかった。僕が好まない色のはずだが、僕ですら一目惚れをするくらい綺麗な色をしていた。確かにこの教室からであれば彼の姿をずっと見ることができる。きっと彼女は僕がいないときも彼の姿をずっとここから見ていたのだろう。彼女の方に視線を戻すと、彼を見る彼女の目もまた、とても綺麗な色をしていた。あの彼の色と彼女の色、混ぜるとどのような色をするのだろう。僕はそれが気になって仕方がなくなっていた。
「彼のところに行ってきなよ」
彼女は顔を赤らめた。少し戸惑っていたが、気持ちを落ち着かせ、笑顔で
「うん、わかった。行ってくるよ」
と言い、彼女は教室を出て、校庭へと走って行った。彼の前で立ち止まり、何か話していた。何を伝えたか聞こえはしなかったが、彼女と彼の色が変わったのを見るときっと上手くいったのだろう。彼女たちの色が更に綺麗に輝いていた。初めて見る美しい色だった。
その次の日、彼女は部室に来なかった。きっと彼と上手くやっているだろう。彼女が来なくとも彼女が色づけた僕の世界は何も変わらない。だから、僕は今日も一人、白いキャンバスの前にパレットを広げ、ただ座っている。ちょっとした僕の願いが叶わずとも、彼女から与えられたものがある。僕がずっと悩んでいたものを与えてくれた。『色』を教えてくれた。
「今日はこの色を使おう……」
僕は絵具をパレットに出し、筆の先に色を付けた。そして、ずっと真っ白だったキャンバスに今日の色を付け足した。
こんにちは、人詠です。今回は少々スランプ気味でしたので投稿が遅くなってしまったうえに短いものとなってしまいました。今回は「色」をテーマにしたものを書いてみました。自分の色の世界は人によって違うでしょうが、生まれてからずっと同じ色だって人は少ないことでしょう。皆さんは何色の世界を見ているのでしょうか。




