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paradigm  作者: 闇鍋同好会
11/16

一回限りの特別な日

それは、僕が満月の夜の日に願ったことで起きた一日だけの特別な日。

え? 普通は流れ星に願い事をするもんだって?

……そうだね、普通はそうかもしれない。でも、僕はいつ流れてくるかわからない星に願うよりも、夜に空を見上げれば大抵は見える月に願ったほうが良い気がするんだ。ほら、月は夜を照らしてくれるでしょ? それがなんだか先の見えない未来を照らしてくれるような様子と同じに思えて。

 僕が願ったことは他の人からしてみれば笑われるものかもしれない。たしかに、僕だって願って手に入るのだとしたらいろんなものが欲しい。ゲームやぬいぐるみ、漫画にそれこそお金があればすべてを手に入れられるかも!

 だけど、結局僕が願ったことは今話したものではない。僕の願い事は——



「ダイキ、そろそろ起きなさい!」

「んん……あと五分……」

「はぁ。毎日そう言って、起こす身にもなりなさいっ!」

 両手で強く押さえていた掛け布団が一瞬にして僕の体の上から無くなり、微睡みの中を漂っていた僕は一度体を起こしたが、すぐに横になって再び眠りにつこうとした。

「兄ちゃん! 早く起きて! 今日は一緒に遊んでくれるんでしょ?」

 お母さんとは違う声が横になっていた僕の耳元から大音声で聞こえ、僕の意識を無理やりに叩き起こした。

 まるで目覚まし時計のようだと僕は頭を掻きながら少し機嫌悪そうに体を起こす。だが、ベッドの横で目を輝かせながら立っていたユーリが視界に入り、僕は静かに笑みを浮かべる。

「兄ちゃんはいっつもお寝坊さんだね」

「仕方ないだろ。僕は朝が一番弱いんだから」

「さ、兄ちゃん。早く支度して朝ご飯食べて、早く遊ぼ!」

 朝からテンションの高いユーリには本当についていけない。でも、そんな弟だからこそいいのかもしれない。

「ほら、早く早く!」

「ちょっ、わかったから! あまり袖を引っ張らないで。自分で動く」

 ぐいぐい僕の袖を引っ張るユーリの手を優しくほどいて、僕は早速着替え始めた。


 朝ご飯を済ませ、僕たちは家から近い林の中へと向かっていた。本当なら、眠気もきれいさっぱり消えて気分が良いころだったのだが……。

「ごめんなさい。僕がいろいろとやっちゃったばかりに……」

「大丈夫だよ。別に僕は気にしていない。ただ、少し気持ち的に疲れただけ」

「でも、僕が兄ちゃんに迷惑をかけちゃったのは本当だから、怒っても」

「怒らないよ。むしろ、騒がしい朝で面白かったし」

 ユーリの言葉を食い気味に、僕は小さく笑い声を漏らして話した。僕はまったく怒っていないという感情表現だったが、顔を俯かせて歩くユーリの様子に僕はそっと息を吐いた。

うーん……僕が思っている以上にユーリは朝の出来事を思い詰めているのかもしれないな。

朝ご飯での出来事。ユーリが僕のスープに腕を引っ掛けて溢してしまったり、後片付けの際にユーリが少し張り切りすぎて不安定なお皿の持ち方で案の定、足を滑らせて何枚かお皿を割ってしまったりと僕はその後始末をするはめになった。でも、ユーリに怪我はなかったし、今までになかったことだったからちょっとだけ楽しかったという気持ちがなかったわけでもない。

だから、僕は別に怒ってもいないし、そこまで落ち込むこともないんだけれど……。

「やってしまったことはもうどうすることもできないし、気持ちを切り替えよう。それに今日は、ユーリがやりたかったことをするんでしょ?」

「そうだった! 兄ちゃんから魔法を教えてもらうんだった!」

 急に元気を取り戻したユーリに僕は驚いて開いた口が塞がらなかったが、ユーリのわくわくした雰囲気の前ではそんな些細なことはどうでもよくなっていた。


 魔法を使うことは僕が知る限りではだれでもできることだった。一つ言うこととしては、魔法の力や扱える種類に差が出るだけで、僕はあまり魔法を扱うのが上手くないほうだ。

 そんななかで、ユーリは魔法がまったく使えなかった。下手だとか、苦手だとかではなく文字通りの意味だ。もっとも、ユーリ自身は魔法が使えないことをあまり気にしているわけではなさそうだけど。それどころか、「教えてもらえれば僕も使えるかも」なんて言って今日に至っているわけだし。

「それにしても、兄ちゃん。わざわざ林まで来る必要はなかったんじゃないの?」

「いや、林だと魔法で狙える的がたくさんあるから練習にはちょうどいいよ」

 本当の理由は母さんに魔法を使っているところを見られたくないのと間違って家に魔法が飛んでしまったなんてことがあったらと思うと……そんな理由なんだけど。ユーリには言わなくていいだろう。

「よし、それじゃあ始めるか。……とはいえ、僕は教えるほどに魔法を扱うのが上手くないけれど、そこは許してな」

「うん! 僕は兄ちゃんが教えてくれるだけでとっても嬉しいよ!」

 ユーリのあどけない笑顔につられて、僕も笑顔を溢す。ここは兄としての威厳を——なんてことは特段思うことなく、でも、僕ができうることをユーリに教えられたら良いなってくらいに思いながら、僕は魔法を教え始めることにした。



 ユーリと二人きりで魔法の練習をしていたが、気づけばあっという間に辺りが橙色に染まっていた。

「もう夕方か……結局、ユーリは一回も魔法を出すことができなかったな」

「ごめんなさい。せっかく教えてくれたのに……」

「謝る必要はないよ。僕の教え方が悪かっただけだ」

 ユーリの頭をポンポンと優しく叩きながら、僕は微笑む。ユーリはあまり納得していなさそうな表情を浮かべていたけれど、もう時間だ。

「さぁ、帰ろう」

 そう言って、僕は少し気を落としているユーリの手を握り、並んで家路についた。


 夕ご飯のときも部屋で遊んでいるときも、ユーリは変わらず浮かない顔をしていた。

「どうして、そんなに浮かない顔をしているんだ?」

「……だって、兄ちゃんが一生懸命に教えてくれたのに、僕は魔法を使うことができなかった。せめて、一回だけでも僕が魔法を使えたところを兄ちゃんに見せたかったのに……」

 また、明日頑張ってみよう——とは言えなかった。なぜなら、もうタイムリミットが近づいていたから。

「今日はありがとう。僕、人に教えるなんてことがなかったから良い機会になったと思う」

 違う、本当はそんなことが言いたいんじゃない。なんで最後の最後で他人行儀な言い方になってるんだ。

「僕はユーリが大好きだよ。二人でいるときが何より楽しいなんてことを今日知れたわけだし」

「兄ちゃん……?」

 違う違う違う!! 僕が本当に伝えたいことは——

「……一緒にいてくれてありがとう。ずっとこのままの生活が続いていけば良かったのにね」

 僕の言いたかったことをユーリが目から涙を流しながら言葉にしていた。

「……どうして、どうして、ユーリが泣いてるんだよ……」

「兄ちゃんだって、泣いてるじゃん。最後は、笑ってバイバイしようと思ってたのに」

「僕だって同じことを思ってたよ……」

 涙で視界がぼやける。目の前にはユーリがいるのに、それが本当かどうかさえ今では思い始めている。それはもはや、一種の魔法が解け始めている証拠だった。

「もう、時間がないや。……ねぇ、兄ちゃん。最後に僕の頭を撫でながら優しく抱きしめてくれないかな? 僕からの最後のお願い」

「もちろんだ、いくらでも撫でてあげるし抱きしめてあげる」

 ユーリの頭を撫でる。さらさらな髪質ときれいな真っ白の髪は僕とは真逆で全然似ていなかった。兄弟なのにこんなにも違くなるものなのか。そのまま僕はユーリの顔をゆっくりと僕のほうに抱き寄せる。どくんどくんとユーリの心臓の鼓動が体を通して伝わってくる。そして何より温かい。今ここに生きていると実感する、そのはずなのに。

「……ありがとう兄ちゃん。僕を呼んでくれて」

「だって……僕は、ユーリと今日のようなことを毎日していたいとずっと強く願っていたんだよ。なのにっ!」

 すっと、僕の唇にユーリが人差し指を添えた。そして、ユーリは一度目を閉じた後、にっこりと笑って口を開いた。

「それ以上は言わなくてもわかってるよ。だって、兄弟なんだもん。残り少ないこの時間くらいはせめて笑って話していよう?」

「……あぁ、そうだな」

 僕も泣きながらだったけど笑って返事をした。

 残り少ない時間という言い方は実際のところ、言葉の通りに時間がないわけではなかった。けれど、本当はあっという間に過ぎていってしまったから適切な言葉だったのかもしれない。



「ダイキ! 起きなさい!」

 いつものように母さんの声が聞こえ、その声を遮るように僕は掛け布団を頭の上まで引っ張る——今までなら。

「あーはいはい、起きますから」

「あら、すんなり起きるなんて今日は珍しいじゃない。どうしたの?」

「ん? いや別に。それよりもユーリは?」

 寝ぼけていたのか、僕は無意識にそう話していた。それに気づいたのは、母さんの少し黙ってしまった様子を見てからだった。

「……ダイキ」

「あ、あぁ、気にしないで! 別に深い意味はないから!」

 必死に取り繕う僕を母さんは心配そうに見ていたが、やがて、何かを言うこともなく母さんは僕の部屋から出て行った。

「はぁー……そうか、昨日の出来事は僕だけが覚えていることなんだね」

 ユーリに起こされたこと、朝ご飯と夕ご飯を一緒に食べたこと、林に行って魔法の練習をしたこと、そして夜に二人きりで寄り添って話したこと。こんなにも忘れられない思い出があるのに、母さんはすべて僕一人でしてきたことのように覚えているはずだ。

 願った人だけがすべてを覚えている。そう、僕が願ったことは『もう一度、ユーリに会えますように』だ。僕だけが覚えている記憶は時間が経つにつれ、それが本当にあったことなのかと疑ってしまう日が来るのかもしれないけれど、ユーリと過ごしたあの特別な一日は決して何十年経とうとも忘れないし、本当にあったことだと信じ続ける。

 ありがとう、そしてさようなら、ユーリ。また会う日まで僕は頑張るよ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。再び異なった作者が描く物語をお楽しみください。

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